2012.01.11

文化庁芸術祭で大賞と優秀賞を受賞しました。

 

コンクール概要

文化庁芸術祭

東京(日本) (2012年1月11日)

ETV特集 ネットワークでつくる放射能汚染地図
〜福島原発事故から2か月〜
2011年5月15日放送 89分

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テレビ・ドキュメンタリー部門

大賞

福島第一原発事故はどのような放射能災害を引き起こすのか。事故発生の4日後から現地に入り、独自に大気中と土壌の放射線量の測定を始めた。調査の協力を得たのは放射線観測の第一人者である元理化学研究所の岡野眞治博士と元放射線医学研究所の研究官・木村真三博士。
さらに京都大学、広島大学、長崎大学の科学者達のネットワークと連係し、放射能汚染地図を作成した。放射線測定機を自動車に搭載して、福島県内3000キロを走破。その結果、放射能は原発から同心円に広がるのではなく、地形や風向きに影響されてまだら状に分布していることや、原発から距離が離れていても局地的に高濃度の放射能に汚染されたホットスポットを発見していった。浪江町、飯舘村、福島市・・・調査の過程で故郷を離れられずに汚染地にとどまる人々や、農業の全滅に絶望する人々と出会う。
番組では政府から汚染情報が的確に流されない中、混乱と苦悩の極みにあった福島の人々の状況も克明に伝えた。

制作者から

NHKスペシャル
「原爆投下 活(い)かされなかった極秘情報」
2011年8月6日放送 58分

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テレビ・ドキュメンタリー部門

優秀賞

東京・杉並の老人ホームに設けられた陸軍の秘密の諜報部隊、陸軍特殊情報部。ここで、昭和20年の春ごろから米軍B29爆撃機の交信を傍受し、空襲の動きを察知しようとする活動が行われていた。同年6月には発進基地であるマリアナ諸島テニアン島で少数による秘密部隊が活動を始めたことを察知し上層部に報告した。
さらに広島に原爆が投下された8月6日には、未明から特殊任務機の動きをつかみ、上層部に報告。しかし広島の現場に情報は伝えられず、多くの市民が犠牲になった。3日後の9日には、原爆投下の5時間前に幹部まで報告されていたことが、陸軍幹部の備忘録から明らかになった。しかしまたしても情報はいかされなかった。番組では、日本軍が自らも原爆開発を目指し、米軍の「特殊任務」が原爆投下であることを認識できたはずであるのに、広島への原爆投下後も原爆であることを認めようとしなかったことや、長崎に投下されるその時にも2度目の投下はない旨幹部が発言するなど、現実に背を向けた体質も告発する。

制作者から

特集ドラマ「風をあつめて」
2011年2月11日放送 59分

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テレビ・ドラマ部門

優秀賞

熊本に暮らし、特別養護老人ホームに勤務する誠に待望の第一子が生まれるが、その子が福山型筋ジストロフィーであるとの診断が医師から下される。夫婦の遺伝子の組み合わせが原因であり、その組み合わせの場合に高い確率で福山型筋ジストロフィーの子供が生まれてくるのだと医師は言う。絶望する誠は新しいクリニックを新設する仕事へと逃避し、家で子供と向き合う妻の攝とのあいだに溝が生じ始める。交換日記がふたりの心をつなぎとめ、第二子をもとうとふたりは決意。しかし、生まれてきた二人目の子もやはり同じ病だった。誠は幼い子供の首に手をかけるところまで追いつめられるが、攝の言葉によってふたりの娘たちが自分にとってかけがえのない存在であることに思い至る。

制作者から

特集オーディオドラマ「空の防人」
2011年8月13日放送 75分

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ラジオ部門

優秀賞

真山健一は岐阜の盲学校に通う全盲の少年だった。彼は耳がよく、ピアニストになる夢を持っていた。だが盲学校では音感を養うピアノの授業も減り、教室では軍需工場に納入する部品作りが行われ、軍需工場まで出向いて「産業戦士」へのあんま奉仕が続く毎日だった。戦局が悪化する中で、兵士になれないものは役立たずとされ、健一は辛い思いをしていた。
そんなある日、盲学校の校長が東条英機首相に「盲人を聴音兵に」と嘆願書を出した。健一は「聴音兵」になることで戦争に参加できる、お国の為に役立てる、と悲しい夢を持つ。母親や友人の忠告にも耳を貸さず、ピアニストの夢も捨て、聴音兵になることだけが彼の目標となる。だが、岐阜で盲人が聴音兵に採用されることもなく、いらだちを抱えていたままの健一。昭和20年7月、B29の大編隊が岐阜にやってくる。空襲の中で彼は本当の戦争の悲惨さを知るのだった…。

制作者から