
視聴者から寄せられた反響。最も多かったのが、「家族のことを考えた」という声でした。
「これまでの自分を振り返ってみると、忙しさにかまけて、祖父のことを置き去りにしてしまった気がする。祖父には、本当に寂しい思いをさせてしまっている」

この感想を寄せてくれたのは、札幌市の田村英樹さん、24歳。出身は大阪ですが、弁護士を目指して、札幌の大学院に通っています。田村さんが見たのは、シリーズの1回目。団地でひとりで暮らす人たちの孤独や不安を伝えた回でした。田村さんは、大阪でひとりで暮らす祖父の姿を重ね合わせたと言います。

2歳の時に、父親を亡くした田村さん。
父親に代わって育ててくれたのが、祖父の弘さんでした。
それまで、自分の勉強のことで、頭がいっぱいだった田村さん。祖父からたびたび送られてくる手紙を面倒に感じ、封を切らずに置いておくこともありました。

田村さんは、番組を見て、手紙を読み返しました。
一生懸命やるのもいいが、ストレスを抜くのも大事ですよ。
できることは、何でもしてあげるからね。
学校は大変だろうが、がんばってください。
なおざりにしてきた祖父の優しさに改めて気づいたと言います。
「やっぱり、家族に最後は頼る、励ましてもらう。そういうのが一番なんだなって思いました。電話をするとか、手紙が来たら、たまに返事を書いて出すとか、そういうつながりをずっと持っていくというのができること」

視聴者からの感想の中には、「自分も無縁社会にいる」という切実な声もありました。
大阪に住む森川裕子さん(仮名、35歳)。森川さんが共感したのは、「働き盛りのひきこもり」を伝えた回でした。会社の第一線で働く人が、過労や配置転換のストレスなどで、突然ひきこもり、社会との接点を失ってしまうことを描きました。
森川さんは、番組を見て、「わたしも似たような状態です」と書いていました。
「生きづらさといったものを、感じていらっしゃる方が、わたし自身のほかにもおられるんだなっていうことに、ちょっと言葉はおかしいんですけど、うれしいと思いました」

大学卒業後、営業や事務の仕事を続けてきた森川さん。人と会って話をするのが好きだったと言います。
生活が一変するきっかけは、勤め先を変えたことでした。母親を介護するため、自宅でできる、インターネットのホームページを作る仕事につきました。いつも部屋の中で1人、パソコンに向き合うだけの日々。上司や同僚とのやりとりも、メールやチャットがほとんどでした。

送られてくるのは、用件だけを伝える、そっけない文章ばかり。精神的に追い詰められ、2か月前に仕事を辞めました。森川さんは今、人とのつながりを取り戻したいと、考え始めています。カウンセリングに通いながら、新しい仕事を探しています。
「つながりがなくなっていくと、人の体温を感じていないと、どんどんおかしくなっていくんだと思います。時々、不安になることがありますけれども、前を向いて、つながりを作っていこうと思います」

無縁社会を食い止めるヒント
取り組みを紹介してくれた小川敬子さん。横浜市内のマンションで暮らしています。小川さんは、同じマンションに住む人たちと「園芸部」を立ち上げました。月に2度集まって、中庭に花を植えたり、雑草を取り除いたりする作業をしています。小川さんは、番組への感想の中で、無縁社会を感じた出来事を記していました。
数年前、近所に住む女性が「孤独死」。視聴者からの会釈を交わすだけの関係だったことを悔やんだと言います。

何かひとつのことを一緒にやれば、住民どうしのつながりが生まれるのはないか。小川さんは、そんな思いで活動を始めました。参加しているのは、ひとり暮らしで閉じこもりがちだったというお年寄りや転勤を繰り返して知り合いがいなかったという人など、さまざまです。

参加している住人の1人、滝沢秀安さん、58歳です。
学習塾で、英語の講師をしている滝沢さん。これまで結婚はせず、このマンションで、10年以上、ひとり暮らしを続けています。人とのつきあいが苦手でしたが、熱心に誘われ、園芸部の活動に顔を出したと言います。
あと2年で60歳になり、退職する滝沢さん。地域とのつながりを持ちたいという思いが大きくなっていると言います。
「会社との縁というのは、60で切れると思います。そうすると、わたしの生活の基盤というのは、このマンションであり、この地域なんですよ。園芸部が自分のつながりの中の基盤ですよね。それを通して、関係っているものが、どんどん伸びていけたら、すばらしいなと感じています」





