
唯一の被爆国・日本で、かつて密かに核兵器の保有が模索されていた-。ことし3月に亡くなった元外交官が生前明かしたのは、40年前、日本が核保有を求めて西ドイツと極秘協議を行っていたという事実だった。さらに政府中枢の情報機関、内閣調査室は、核兵器をつくる具体的な方法まで調査していた。非核三原則を宣言した、佐藤栄作政権時代に行われていた核保有の模索。首相の主席秘書官が残した大量の秘密資料には、佐藤首相が自らは核をもたない代わりに、アメリカの核の力に頼る、「核の傘」に入った過程が記されていた。
核廃絶を掲げながら、核の力を求め続けていた日本。この矛盾と、私たちはどう向き合ってきたのか。独自に入手した極秘文書と、当事者たちの証言から検証し、核廃絶に向けて日本の果たすべき役割を問う。





