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リポート

復興への知恵を多くの人に役立てていただくために、講演やトークセッションの模様をテキストで公開しています。

地域ミーティング みんなで"働く場"を作ろう
~岩手・大槌町 吉里吉里地区~

  • 開催日時:2011年11月23日(水)
  • 開催場所:岩手県大槌町 吉里吉里小学校
  • 放送日:【Eテレ】2011年12月17日(土)午後4時00分~4時59分

地域ミーティング第1回は、岩手県大槌町吉里吉里地区で開催しました。会場となったのは高台にあって津波の難を逃れた吉里吉里小学校。参加者は地元で復旧・復興に汗を流している40名の皆さん。議論のテーマは、吉里吉里地区の主産業であった漁業を復活させるにはどうしたら良いのか、また、吉里吉里で始まっている「働く場づくり」の試みをより安定したものにするには、どんな知恵があるか。復興サポーターの民俗研究家・結城登美雄さんと共に考えました。

復興サポーター:結城登美雄(民俗研究家)
番組ナビゲーター・語り:迫田朋子(NHKディレクター)

今回の復興サポーターの結城登美雄さんは、仙台市に住み、長年、東北の農村や漁村を歩き、地域おこしに関わってきました。「(ここで話すのは)僕の知恵じゃないんだ。東北の農山村漁村を生きてきたおじいちゃん、おばあちゃんたちの知恵を、僕が学んでお伝えするみたいなもんかもしれない」。結城さんは、その土地を生かす知恵はその土地にあると考えているので、地元の人との交流を大切にします。今回も、地域ミーティングを始める前に、復興の現場を訪ねて、地元の人々と対話を重ねました。
そして当日も、「オレが一方的にしゃべるのもおかしいから、時々、オッ!って手を挙げて『おかしいじゃねえか、おめえ』とか『聞きてえことあるんだよ』というふうにどんどん言ってください」と会場の参加者に呼びかけて、地域ミーティングを始めました。
今回、取り上げる復興の課題は3つあります。

■復興の課題

  • 1)漁業の復活をどうするのか
  • 2)女性が働く場の確保
  • 3)新しい産業・林業で安定した収入を

1)漁業の復活をどうするのか。

 吉里吉里地区では、300あった漁船のほとんどが流され、海に出ることができない漁師さんが大勢います。ワカメやホタテ、カキの養殖施設や加工場も壊滅的な被害を受けました。養殖を再開する漁師もいますが、せっかくワカメなどを作っても、加工場や水産関係の会社が大きな被害を受けている中、出荷できるのかどうか、不安を抱えています。

 結城さんは、漁業の復活について、宮城県唐桑半島での経験をもとに語り始めました。20年前、結城さんは中古の保冷車を150万円で購入し、新鮮な魚を、獲れたその日のうちに消費者に届ける直販の流通ネット「唐桑おさかなクラブ」を立ち上げました。月2回で5000円の会費で年間6万円、300世帯以上が会員になりました。結城さんは、仙台を中心とする消費者に向けて、「(沿岸の漁業を復活させるために)あなたの食べる力を貸してほしい」と働きかけました。
 浜ではいろいろな種類の魚が水揚げの中に混じります。それらは量が少なくて市場に出すことができず、近所に配るなどの活用方法しかありませんでした。それらを寄せ集めて、少量多品種の商品として直販を始めたのです。日本は、単一のものをたくさん販売することを前提に流通機構ができています。そのために、生産地では無駄にされている少量多品種の食材がたくさんあります。それらを活かしていこうという試みです。

 会場に来ていたワカメ養殖を行っている倉本修一さんは提案に賛同しながらも、「市場や漁協に下ろすのに比べて、小口に対応する手間が大変だ」という懸念を示しました。しかし、結城さんは、漁師が事務仕事までやるのではなく、それらは別の若者たちのための新たな雇用だと考えれば良いとアドバイスしました。

2)女性が働く場の確保

 吉里吉里地区には、プレハブの小さな食堂「よってったんせぇ」がオープンしています。始めたのは津波で流された水産加工場に勤めていた女性たちです。ここで働く女性は6人。もともと勤めていた工場は、津波で全壊し、再開のめどは立っていません。
食堂のメインのメニューはラーメンとカレーライスなど。ボランティアや仮設住宅に暮らす地元の人たちに大人気です。働く場をなくした女性たちにとって、食堂での仕事は、収入の面だけではなく、気持ちの上でも大きな張り合いになっています。10月の下旬には地元の鮭とイクラを使った「鮭子(おやこ)やきそば」を新メニューに加えました。

 しかし、ここで働く芳賀カンナさんは、現在の小さな食堂の運営だけでは、吉里吉里地区の女性の働く場を十分確保したとは言えないと考えています。「水産加工の会社で働いていた方は、500人と言われています。現在その方々は仕事をしていないと思うのですけど、40代、50代のまだまだ働ける年代の方たちがたくさんいるので、そういう方たちが働ける場所とか、力を出せる場所がまだ欲しい・・・・」

 この悩みに対して、結城さんは宮城県宮崎町の「食の文化祭」の例を紹介しました。宮崎町で「食の文化祭」をやるにあたって、地元の各家庭にお総菜を一品持ち寄って欲しいと頼むと800世帯が応じてくれたといいます。ひとつひとつは、なんてことのない餃子だったり、にんじんの炒め物だったりしますが、800品集まると大迫力。評判となって、2年目には1200品、3年目には1300品が集まり、宮崎町の「食の文化祭」には1万2千人が訪れるまでになりました。
結城さんのメッセージは、「都会の仙台や隣町と比べて、ここにはあれがない、これがない」などと文句ばかり言っていないで、「身近にあるよいものを探せ」ということです。「“ないものねだり”をやめ、“あるもの探し”をしよう!」そして、「食は人と人とをつなげる力がある」ので、地域おこしの核となる重要な要素だと強調します。
他にも、結城さんは、そのような家庭のお総菜を活かした食堂の例として青森県弘前市の「がんばっ亭」をあげました。バイキング形式で、地元のお総菜が大皿にいくつも盛ってあって、好きに選ぶことができる方式。人気が集まり、売り上げは年間7千万円にまでなったといいます。

 家族にとっては「あたりまえの料理だ」と言われる地元産の食材で作った日々のお総菜が、他の土地から来たお客さんにとっては、すごく魅力的なことがあります。結城さんは、家庭の主婦が毎日毎日、家族のために何千回何万回と繰り返した総菜づくりの知恵や技術を、「台所の力」と表現しています。吉里吉里地区には新鮮なワカメ、カキ、ホタテのような魅力ある食材があるのだから、ぜひ地元の「台所の力」を生かし、食堂や直売所などを作って、無理なく女性の職場を広げて欲しいと提案しました。

3)新しい産業・林業で安定した収入を

 吉里吉里では、海に出ることができなくなった漁師さんなど、およそ20人が新たに林業に取り組み始めました。豊かな海に囲まれた吉里吉里では、震災まで山は見向きもされませんでしたが、新たな働く場として、山の価値を見直すことになったのです。慣れない林業に取り組む吉里吉里地区には、全国から応援が来ています。高知県のNPO「土佐の森・救援隊」は、たびたび現地を訪れて、手取足取り指導しています。

 新たに林業に取組む芳賀正彦さんは、この新しい仕事に希望を見いだしています。「何もかも失くした。職場も失くした。物も失くした。神様、仏様は俺らのことを見捨てたのか、切り捨てたのかと思いますけど、津波の日から、毎日毎日こうして活動していれば、拾う神が必ず出てきてくれる。もう実際そうですね」
 11月中には、どうにか材木を出荷する準備が整いました。しかし、必死の思いで伐採した材木ですが、価格の低迷から1本1000円にしもなりません。さらに短かったり、曲がったりした規格外の木材は、1トン1000円にしかなりません。芳賀正彦さんは、安定した収入を得るために、「知恵を授かりたいんです」と、結城さんに訴えました。

 林業の課題に応えるために、結城さんは、小道具をミーティング会場に持ち込みました。無用としか思えない、汚れた丸太の切れ端を机の上に置きます。「これいくら?」と会場に尋ねると、「100円?」「値段はつけられない」という戸惑いの声が上がります。そして、その後に、少しきれいな同じような丸太の切れ端を手に持って、同じように「これいくら?」と尋ねます。すると、今度は「300円」という声が上がりました。少し値段が上がりましたが、会場の参加者には質問の意図はすぐにはわかりません。
 そして、結城さんは、種明かしをするかのように、後から出したきれいな木をポンと叩くと、ロシアのおもちゃ、マトリョーシカのように、中から木の植木鉢をいくつも引き出しました。さらに、それに漆を塗ったものも並べます。「これならいくら」と」尋ねると、「3000円!」という元気な声が会場から上がりました。
 何の役に立たないように見えた丸木の切れ端が、少し木工の手を加えるだけで、価値あるものに変わっていたのです。結城さんは、木の植木鉢だけではなく、器や皿やヘラなどの見本を会場に回しました。このような加工に使う電動のろくろは、1台85万円。それをみんなでローテーションを組んで、活用すればいいと、アドバイスしました。

 会場では、林業を始めた男性たちからだけではなく、皆から木工品への感想がもれました。「お茶菓子入れにいい」「刺身皿にいい」。まだ誰も木工を始めるとは正式には表明していませんが、食堂で働く笹谷ヒロ子さんからは、「ワカメの南蛮漬けを混ぜるに、ヘラの柄はもう少し長くしてほしい」と具体的な注文まで出ました。そして、同じく食堂で働く芳賀カンナさんからも、「3月になったらワカメが採れるから、ワカメ三昧の定食を季節限定で、この皿を使ってやりたい」という前向きの提案がありました。新しい産業をおこそうと、林業の話を始めるうちに、どんどん話は広がっていきました。
林業で安定した収入を得られるだろうかと不安を抱いていた芳賀正彦さんは、「漁業と山の手入れと、あとは食堂の仕事をするおばちゃんたちと、みんなきちんと手を組みさえすれば、本当にいい吉里吉里の町が自然と作り上げられていくのではないかと思います」と、話し、会場から大きな拍手を送られました。
 地元に住む芳賀廣喜さんは、「震災は悲しいことだけれど、これを契機に前を向くっていう。今回の話で一番私が感じたのは、上からじゃないんですよね。俗に言う行政とかそういう方からの指導ではなく、本当に自分たちが目の前のやれるものを一歩一歩前に。そういう気持ちを持つことが復興の第一歩だと思います。いい意味でカルチャーショックを受けました。」とミーティング全体への感想を述べていました。

まとめ 柳田國男の言葉

3つの課題についてのさまざまな提案を受けて、会場の参加者が口々に将来への希望を語り始めると、結城さんは、昭和4年に民俗学者の柳田國男が語ったとされる言葉を紹介しました。

美しい村など、
はじめからあったわけではない。
美しく暮らそうという
村人がいて、
美しい村になるのである。

柳田國男

「予算があったら、お金があったら、行政がしっかりしていたら、と復興の条件をあげる人が多いが、美しい村は美しくしようとする村人がいなければ、美しくはならない」と、結城さんは柳田國男の言葉を繰り返しました。
そして、「美しい村でも、楽しい村でも、儲かる村でも、おいしい村でも、何でもいいから、吉里吉里の皆さんが、こうしたい!という村をぜひ実現してほしい。」とエールを送り、第1回の地域ミーティングの幕は閉じました。

岩手・大槌町

人口15277人(2010年国勢調査)
今回の震災による死者 802人 行方不明者 520人(11月10日現在 岩手県総合防災室まとめ)

結城登美雄さんプロフィール

結城登美雄(ゆうき・とみお)フリーライター、民俗研究家。

1945年旧満州(現・中国東北部)生まれ。山形大学人文学部卒業。宮城教育大学、東北大学大学院非常勤講師。

仙台で広告会社経営に携わったのち、東北各地をフィールドワークし、農山漁村の食の担い手と地域のあり方について考察を深めている。

「地元学」の提唱や「食の文化祭」などさまざまな地域づくりの活動に対し、1998年「NHK東北ふるさと賞」、2005年「芸術選奨芸術振興部門賞」を受賞。

現在は活動を全国に広げ、都市と生産者を結びつける農家支援のための生産方式の実践など、人と人、地域と地域を結ぶ地域おこしを目指している。

著書に『山に暮らす 海に生きる』、『地元学からの出発』、『東北を歩く』などがある。

大槌町吉里吉里地区を訪ねた
結城登美雄さん