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映画のチカラ 第1週

2016年3月7日(月)

映画のチカラ
第1週「井筒和幸の映画塾 監督を始めた理由 教えたる!」

「井筒和幸の映画塾 監督を始めた理由 教えたる!」

今月の講師は、映画「パッチギ!」の監督・井筒和幸さん!集まった塾生は、東北大学映画部の7人、映画監督の卵たちです。これまで1人で、演出、脚本から監督までをこなしてきた塾生たちが、井筒監督指導のもと、7人で1本の映画作りに挑戦します!震災からまもなく5年。今、被災地で映画にできることとは?まずは、井筒監督の“人生を変えた映画”に迫ります。映画は知るもんじゃなく、感じるもんや!熱血映画塾、スタートです。

仙台駅から現れた井筒和幸監督がまず向かったのは、太平洋に面した荒浜地区。今もなお、被災した家屋の基礎などが残されています。仙台市は、5年前の教訓を後世に伝えようと、この辺りを、震災遺構として保存することを決定しました。「何か訴えたいメッセージを入れながら、移りゆく被災地の思いを映像に残すことはとても大事なことだ」と語る井筒監督。気合いが入ったところで、7人の塾生が待つ、東北大学の映画部へと向かいます!

7人は今回、協力して1本の映画を作ります。共同作業は全員初めての体験です。塾生たちは、これまで震災を描きたいという思いを抱きながらも、なかなか向き合えずにきたと言います。「どう向き合ってきたかより、どう向き合っていくか」と井筒監督。これから作る映画で提言ができたらいい、と語ります。「映画は人生を変えるからね」ということで、自分自身の人生を変えた映画を見せるべく、仙台で最も古い映画館に塾生たちを案内しました。

1969年公開の映画「真夜中のカーボーイ」。それまでハリウッドで作られてきたエンターテインメント性の強い映画に対して、現実を突きつけた作品です。当時高校2年生の井筒監督は衝撃を受け、仲間たちと40分のサイレント映画を作ります。作品で表現したのは、理不尽な社会に対する“告発”。世の中に見せるには告発の精神が必要、という井筒監督から今回作る映画のテーマが発表されます。「被災地・東北を舞台にした告発映画を作れ」。

課題発表から4日後。塾生たちは、シナリオの基となる告発テーマを決めるため、井筒監督が待つ居酒屋へ。まずは、袈裟丸穂高(けさまるほたか)さん。時間をムダづかいしている「安易な方向に流される学生たち」を告発したいと意気込みますが…。井筒監督は「何の意味もない!」と一喝!「納得いかない、理不尽だ、ということに対してものを言うのが告発だ!」と熱弁します。果たして、井筒監督を納得させるシナリオは飛び出すのか?

井筒和幸さんのまとめ

「1969年、70年っていうのは、価値観の変換がなされるときですから。その激動の中にいたわけですから。だから、“おれたちはこのままでいいのか”。もう、告発したかったんですよ。「世の中に見せてみたい」というときは、告発という大層な言葉じゃないですけども、でも、なんか提言したいっていうね、それは絶えずありましたね、それこそ映画のパワーですね。そういうこと思わない映画はね、あかん!」

ゴールデンルール

「世の中に見せるには 告発の精神がなきゃあかん!」

井筒和幸さん(63歳) 映画監督

1952年12月13日、奈良県生まれ。奈良県立奈良高等学校在学中から映画制作を開始し、1981年「ガキ帝国」で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降「岸和田少年愚連隊」(96年/ブルーリボン最優秀作品賞を受賞)、「のど自慢」(98年)、「ビッグ・ショー!ハワイに唄えば」(99年)、「ゲロッパ!」(2003年)、「パッチギ!」(04年)では、05年度ブルーリボン最優秀作品賞他、多数の映画賞を総なめ獲得し、その続編「パッチギ!LOVE&PEACE」(07年)、「TO THE FUTURE」(08年)、「ヒーローショー」(10年)、「黄金を抱いて翔べ」(12年)など、さまざまな社会派エンターテインメント作品を作り続けている。

ナレーション吉本実憂のつぶやき

筒監督の関西弁がさく裂します。私も関西弁に挑戦しました!私も塾生たちと同じで、「人生を変えられた映画」という作品にはまだ出合っていません。改めて、映画って他人の人生を“ゴロっと”変えてしまうチカラがあるんだって、それは本当にすごいことだと思いました。作る側は責任があるんだって、心に留めなくてはと強く思いました。ちなみに、私が大好きな作品は、『ベイマックス』です。映画館で号泣したの初めてです!

応援団長サンドイッチマン 今回の一言

【富澤】シナリオ作りからいきなりつまずいちゃったけど、大丈夫なの?
【伊達】“告発”っていうのはね、難しいもんなんですね。次回は、シナリオ会議後半戦をお送りしま~す。