雄勝の硯職人 遠藤弘行さん
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遠藤弘行さん
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600年の伝統誇る雄勝硯を守り続ける

600年の伝統を誇る、雄勝硯

豊かな海と山に恵まれた宮城県石巻市雄勝町。硯の材料となる良質の「玄昌石(げんしょうせき)」が産出され、室町時代から600年以上つづく硯の名産地として知られています。しかし、時代とともに硯の需要は減少し、戦前までは300人以上いたという硯職人も、2010年頃にはわずか7~8人にまで減っていました。そして2011年、東日本大震災による津波で雄勝は大きく被災。いま「雄勝硯」の伝統は存続の危機に直面しています。

父から受け継いだ石を見る目

遠藤弘行さんは、雄勝で硯を作り続けている数少ない職人の1人。東京でデザインを学び、広告会社に勤めていましたが、23歳のときに父親の盛行さんが彫った独創的な硯に魅了されて弟子入りしました。盛行さんは、代々続く採石業を継ぎ、雄勝の玄昌石を知りつくしたうえで、石にとことんこだわった硯作りを追求すべく50歳で職人に転じた人。平成11年に78歳で亡くなるまで、書家が高く評価する硯を数々製作しました。「“硯”は石を見ると書くんです。硯にもっとも適した石を探さなくちゃならない」と言う弘行さん。父、盛行さんの元で、硬さや模様など様々ある玄昌石を見分ける目を鍛え、硯作りのすべてを習得しました。
岩場で切りだされる原石は、ひとつひとつ大きさ、形、模様が違います。それぞれの特性を生かして彫り進められる硯に、2つと同じものはありません。弘行さんは、あえて彫るのが大変な硬い石を選び、ノミを肩に当てて全身の力を込めて彫りあげていきます。硬い石の方が滑らかに墨をすることができ墨本来の色を出せるうえ、硯が擦り減りにくく長持ちする。これも父親の盛行さんから受け継いだこだわりです。

これからも 雄勝で

2011年3月11日、弘行さんは自宅と店を兼ねていた工房を津波で流されました。硯を彫る道具も、500近くあった作品も失い、絶望の淵に立たされたといいます。しかし翌日、ガレキの中から父、盛行さんの硯がみつかります。そのとき、「すぐやらなくちゃだめだ」と思った弘行さん。
役場の臨時職員として復興業務に携わるかたわら、知人からもらった物置を改造して自力で工房を再建しはじめます。ノミなどの硯を彫る道具は引退した職人が譲ってくれました。2か月後、約4坪の小さな工房で硯作りを再開。日中は役場の仕事をして、夜、懐中電灯の明かりで硯を彫ったといいます。すると地元の人から注文が入るようになります。「復興には程遠いのになぜ?」と尋ねると、「支援してくれた人に、お礼に雄勝硯を贈りたい」、「雄勝はまだ在る。その象徴に硯を選んだ」という答えが返ってきました。
“使う人に喜んでもらえる硯を、雄勝で作り続けたい” ― 弘行さんはそんな思いで日々石と向き合っています。いまの夢は書家それぞれが好んで使う墨に合う石を厳選し、素晴らしい書を生み出す硯作りを追求することだそうです。
遠藤弘行さん
宮城県石巻市雄勝町

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雄勝の硯
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1分版雄勝の硯
力をくれた 父の硯
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雄勝 硯に託した思い
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5分版雄勝 硯に託した思い
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