明日へ つなげよう 総合 毎週日曜 午前10時05分~10時53分

これまでの放送

総合2013年3月17日(日)放送

証言記録 東日本大震災 福島県葛尾村 ~全村避難を決断した村~

東京電力福島第一原発から20キロ~30キロ圏内に位置する福島県葛尾村。地震の被害はほとんどなく、また、国からも県からも避難指示は出されていなかった。にもかかわらず、地震からわずか3日後に、全村避難を決定する。それは、原発事故を重くみた村による独自の判断だった。14日夜9時過ぎ、村は全戸に避難を呼び掛け、あわただしく村を離れた。しかし村には、その後も50人ほどが残った。その多くは畜産農家だった。手塩にかけて育ててきた牛をどうするのか、国からも県からもはっきりとした方針が示されず、畜産農家は追い詰められていく。絶望し、自ら牛を殺処分した農家、最後まで殺処分に抵抗した農家。全ての村人が村を離れたのは、およそ3か月後だった。全村避難した小さな村で何があったのか。その決断と苦悩を伝える。

総合2013年3月10日(日)・11日(月)放送

東日本大震災から2年 特集 明日へ ―支えあおう― 

3月10日と11日は、岩手県大槌町をキーステーションに2日間にわたる生放送の特集番組です。
また、メールやファックスも募集し、被災地の生の声や応援メッセージを伝えていきます。

総合2013年3月3日(日)放送

復興サポート “みんなの公営住宅”を作ろう

全国から知恵ある専門家を被災地に招き、住民と話し合いの場を設けて、復興への道筋を探る「復興サポート」。今回のテーマは、“公営住宅”。現在、岩手・宮城では2万戸以上の「災害公営住宅」が計画され、どのようなものにしていくか、課題となっている。
今回の復興サポーターは、阪神・淡路大震災で、孤独死のない公営住宅づくりに取り組んだ、NPO法人・まちの縁側育み隊の延藤安弘氏。延藤氏は、共同食堂を作ったり、仕切りの無い続きバルコニーの公営住宅を手がけ、コミュニティづくりと孤独死の防止に成果を上げた。
会場は、NHKのイベント「公開復興サポート 明日へ」が開かれた東北大学の教室。そこに、公営住宅の建設が始まろうとしている、宮城県山元町、岩手県大船渡市などの住民に集まって頂き、“住民が主人公となる公営住宅づくり”について語り合う。

総合2013年2月24日(日)放送

復興サポート “家族や仲間とつながっていたい” ~高齢者が挑むインターネット~

新しい東北を作るために学びあい、語りあうための「復興サポート」。2月は、被災地の高齢者を対象にした“インターネット教室”を開催。
「仮設住宅に暮らしていて孤立しがち、もっと人と話したい――」番組では被災地の皆さんに「Facebook」を使ってみることを提案。インターネット上でのコミュニティを作り、いつでもどこでも友達や仲間とのやりとりを、高齢者を対象にインターネットのいろはから伝授。参加者には復興サポーターと一緒にパソコンに向かって実践してもらった。
一人一人の“やりたいこと”を実現するために、どう使えばいいのか、詳しく伝えていく。

総合2013年2月17日(日)放送

証言記録 東日本大震災 宮城県南三陸町 ~高台の学校を襲った津波~

2011年3月11日、宮城県南三陸町を襲った津波は、800人を越える人の命を奪った。志津川湾の南西に位置する戸倉地区には、20mを超える津波が襲い75%の家屋を水没させた。20mの高台にあり震災時の指定避難場所だった戸倉中学校の校庭にも津波は押し寄せた。
中学校の校庭には学校の災害マニュアルに従って集まった生徒たちとともに近隣の住民が大勢避難していた。生徒60人を含む200人は思いもよらない津波に逃げ惑った。教師の菊田浩文さん(50)は同僚と共に老夫婦を救おうとして波に飲まれ、一人だけ生き残った。生徒たちは、水に沈む生存者を即席ロープで助けようとしたり、低体温症で生死をさ迷う男性に抱きついて温めたりして必死に救助活動を行なった。同僚を失い生きる気力を失いかけた菊田教諭は、教え子たちの姿が心の支えとなって、少しずつ生きる力を取り戻していく。
安全と思われた戸倉中学校を襲った大津波。大きな混乱の中で教師や生徒は、何を思い、どう行動したのか。命を守るためのぎりぎりの行動とそれぞれの心の軌跡を記録した。

総合2013年2月10日(日)放送

思いのままに ~リン・チーリンと劇団うを座~

台湾出身の世界的映画女優リン・チーリンは、世界の子どもたちに手を差し伸べる児童福祉基金を創立し、会長も務めている。そんなチーリンが昨年10月気仙沼の児童劇団「うを座」を訪ねた。「うを座」は震災の辛く悲しい体験をミュージカルで表現することで、現実と向き合い乗り越えようとしていた。12月の東京公演に向け練習に励む「うを座」の子どもたちに、「心を解放すること」を説いて応援するチーリン。やがて、震災の記憶が風化することへの不安、家族を亡くした悲しみなど、子どもたちの心の内が見えてくる。「うを座」の東京公演までを追いかけた。

総合2013年2月3日(日)放送

証言記録 東日本大震災 岩手県釜石市 ~津波で孤立した港町~

岩手県南部に位置する釜石市は、製鉄所のある中心市街地の他に入り組んだ海岸線に沿って20ほどの港町が点在している。そのひとつ箱崎町は高さ11メートルの津波におそわれ、町に通じる道路が通行不能となり陸の孤島となってしまった。
外部からの救援が期待できない中、箱崎では生き残った住民たちが力をあわせて対応した。住民たちは津波の翌日から重機を使ってがれきを撤去し道路の復旧を始めた。また、がれきの中から見つかる遺体の収容も住民たちが自ら行った。それは皆、昨日まで一緒に暮らしていた仲間だった。自衛隊が本格的な捜索を始めた後も住民の代表が立ち会い遺体の身元確認を手伝った。立ち会いをした植田秀実さん(59)は「箱崎の犠牲者をすべて弔うまでは復興は始まらないと思い取り組んだ」と語る。
津波で孤立する中、亡くなった人を家族の元に帰すために力を尽くした箱崎の住民たちの証言を紹介する。

総合2013年1月27日(日)放送

復興サポート 故郷のため 自分たちで出来ること ~岩手・大槌町~

被災地に全国から知恵ある人を招き、復興への道筋を探る「復興サポート」。今回の舞台は、街の中心部が丸ごと流され、役場も被災した岩手県大槌町。テーマは、復興が思うように進まない中、住民自身に何が出来るか。阪神淡路大震災の被災住民の一人として、様々なボランティア活動を立ち上げ復興の担い手となった、NPO法人代表の中村順子さんを招き、ふるさとに安心して暮らし続けるために住民に出来ることは何か、話し合う。

総合2013年1月20日(日)放送

往診先生の挑戦 ~被災地に広がる在宅医療~

宮城県石巻市で在宅医療に取り組む医師・武藤真祐さん。東大医学部卒業、宮内庁の侍医から大手コンサルタント会社に転職し、在宅医療の道に進んだ異色の医師。武藤さんは震災後の石巻の状況を目の当たりにして開業を決意。石巻では病院や介護施設が不足する中、環境の変化で体調を崩す人も多い。被災地の厳しい状況に日本の超高齢化社会の未来をみる武藤さんは、地域の医療・福祉・介護をどう立て直すかにも知恵を絞る。在宅医療に奔走する武藤さんの姿、その取り組みを見つめる。

総合2013年1月13日(日)放送

復興サポート “地域の心”をつなぎたい ~岩手・釜石市~

東北には「神楽」、「虎舞」「鹿踊」など、それぞれの地域の暮らしを反映した、特色のある郷土芸能が受け継がれています。郷土芸能は地元の人たちにとって“地域のアイデンティティ”そのものであり、コミュニティを保ち、親から受け継がれてきた暮らし・土地への愛着を確認する貴重なものでもありました。しかし、震災で必要な道具や練習場が失われ、住民が離れ離れになった今、その多くが存続の危機にさらされています。目に見えるインフラだけではない、地域が大切に育んできた文化に根付いた町の復興を目指すため、何ができるのか――番組では、郷土芸能の復興に向け奮闘している釜石市の人々と共に、郷土芸能の継承と新しい町づくりについて考えます。
復興サポーターは、橋本裕之さん(追手門学院大学社会学部教授)、筧裕介さん(hakuhodo i+d代表・CommunityTravelGuide編集長)、北川フラムさん(アートディレクター)ほか。

総合2012年12月16日(日)放送

証言記録 東日本大震災 福島県浪江町 ~大津波と原発事故に引き裂かれた町~

東日本大震災によって、184人の死者・行方不明者を出した浪江町。請戸地区を中心とする沿岸部は、津波によって住民の1割が亡くなった。余震が続く3月12日早朝、福島第一原発から10km圏内に避難指示が出される。それは被災者に、家族の安否が分からないまま逃げなければいけないという、酷な選択を迫るものだった。
町民の必死の訴えによってようやく捜索が始まったのは、震災から一か月後の4月14日。長く放置された遺体は変わり果て、家族にも判別が困難な状態だった。遺族たちは、今も肉親を残して避難したことへの自責の念に苦しんでいる。これまでに例のない巨大津波と原発事故の二重災害に見舞われた浪江町の人々。その壮絶な体験を、証言によって記録する。

総合2012年12月9日(日)放送

涙の数だけ元気になる ~心のケアに挑む学生たち~ “東北発☆未来塾”より

津波で家や家族を失った人たちに心のケアを行っている、宮城県名取市の心療内科医・桑山紀彦さん。心に受けた傷を放置しておくと、PTSDなど後遺症となり、社会生活に支障をきたす可能性があると警鐘を鳴らしています。どうすれば傷ついた人の心に寄り添う事ができるのか?臨床心理士や看護師を目指すなど、未来の東北を支える若者たちに桑山さんがノウハウを伝えます。被災地で心のケアに挑む桑山さんと学生たちのドキュメントです。

総合2012年12月2日(日)放送

証言記録 東日本大震災 宮城県気仙沼市 ~津波火災と闘った島~

リアス式特有の海岸と美しい砂浜で知られ、「緑の真珠」と例えられてきた気仙沼大島。東日本大震災のとき、重油が流れ出した気仙沼湾の火災が大島にも燃え移り大規模な山火事に発展した。津波で本土との連絡手段のほとんどを失った島の人々は、鎮火まで4日半にわたる孤独な闘いを強いられた。消防士も消防団も疲労困ぱいする中、300人以上の住民たちが立ち上がり、スコップや杉の板で火をたたき消したり、可燃物を取り除き防火帯を作ったりして、消火作業に協力した。これまで全く想定されていなかった複合災害に、島民はどう立ち向かったのか。島を守り通した人々の7日間を記録する。

総合2012年11月18日(日)放送

復興サポート みんなで話して決めていく ~宮城・岩沼市玉浦の集団移転~

集団移転事業が最も進んでいる地域のひとつ宮城県岩沼市。その特徴は「住民の合意」を大切にすることにある。どのように道路や住宅、公園や商店、公営住宅を配置していくか、住民は去年11月から議論を始め、市の職員や有識者と激しい議論を重ねた末、今年9月、およそ1000人が暮らす「新しい街の計画図」がまとまった。番組では、その過程をつぶさに見つめ、住民の描く理想の街を実現するために大切なものは何か考えていく。

総合2012年11月11日(日)放送

第6仮設住宅の人々

いつものベンチに老人たちが集まってくる。冬の寒い日も、夏の暑い日も。全員が原発事故で飯舘村を追われた避難者だ。福島県相馬市大野台にある「第6応急仮設住宅」。飯舘村では除染が始まろうとしているが、老人たちのなかに生きて村に帰れると思っている人は少ない。一人が自嘲気味につぶやいた・・・「ここに一番必要なのは火葬場だべ」。
原発事故で故郷を奪われ、仮設住宅での生活を余儀なくされた飯舘村の人たち。その喜怒哀楽、希望と諦めのあいだで揺れ動く思いを長期取材によって記録したドキュメンタリー番組。

総合2012年11月4日(日)放送

未来への手紙 ~子どもたちが見た被災地~

大震災から半年経った昨年秋、被災地に暮らす100人の子どもたちにカメラを預け、彼らがどんなことを思い、どう生きているのか、子どもたち自身の声でビデオレターを作ってもらった。そこには自分たちが伝えたい心からのメッセージがつづられていた。今回、1年前のビデオレターを手がかりに、それぞれの記憶をどう心に刻みこみながら生きているのか、あの日から500日経った子どもたちの今を彼ら自身の声で再びたどる。

総合2012年10月28日(日)放送

証言記録 東日本大震災 岩手県宮古市 ~三陸鉄道を襲った大津波~

岩手県の海岸に沿っておよそ100kmを走る三陸鉄道。通称“さんてつ”の名で親しまれ、昭和59年の開業以来28年にわたって地元の人々の足として活躍してきた。
3月11日、大津波は鉄路や駅舎を破壊した。しかし、宮古市にある“さんてつ”の本社は一日も早い運行再開を決意、震災翌々日から復旧に動き出す。職員たちは不眠不休で工事計画を立て、修復材の手配を行い、再開前には壊れた踏切には職員が信号の代わりに立って安全を確認した。そして3月20日、震災後はじめての列車が宮古駅を出発した。
被災直後の混乱の中、市民の足を守るために格闘した鉄道マンたちの思いを描く。

総合2012年10月21日(日)放送

復興サポート 観光客でにぎわうまちへ ~茨城・北茨城市~

被災地の復興のために、みんなで知恵を出し合い学び合う『復興サポート』。今回の舞台は、津波による被害や原発事故の影響で観光客が震災前の半数以下にまで落ち込み、未だ回復の兆しが見えない茨城県北茨城市。ここに「観光のプロ」たちが集結し、観光客を引きつけるための斬新なアイディアを伝授。より魅力的な観光地として生まれ変わる道筋を考える。復興サポーターは、星野佳路さん(星野リゾート代表取締役社長)、角田周さん(津軽地吹雪会代表)、筧裕介さん(博報堂クリエイティブディレクター)、伊藤勝康さん(ソウルオブ東北シェフ)。

総合2012年10月14日(日)放送

カレンの復興カレンダースペシャル

NHKのポータルサイト「明日へ-支えあおう-」の中にある「現地発 明日へブログ」。被災地に暮らす人たち約20人が、写真と文章で日々の暮らしをつづっています。仙台出身で、自らも被災したAKB48の岩田華怜さんをナビゲーターに、「カレンの復興カレンダー」という番組でブログを紹介していますが、今回は、そのスペシャル版です。岩田さんが、ブログを書いている方々の暮らしを訪ね、復興を目指す日常の中での喜び・楽しみ・かなしみなどを共にし、その思いを伝えます。

総合2012年10月7日(日)放送

きみに託す 医のバトン ~陸前高田の医師たち~

大津波の直撃を受けた岩手県立高田病院。最愛の妻を失った石木幹人院長(65)は、震災直後に駆けつけた娘の医師・愛子さん(28)に支えられながら、病院再建に向けて走り続けてきた。
定年退職が半年後に迫った石木院長は、陸前高田で高齢者医療に取り組んでくれる後継者を捜している。愛子さんをはじめ、若手医師の多くが都市部の大病院で専門医になることを目指している中、「医のバトン」を託せる医師は現れるのか。

総合2012年9月30日(日)放送

証言記録 東日本大震災 福島県三春町 ~ヨウ素剤・決断に至る4日間~

東京電力福島第一原発から西に50kmに位置する福島県三春町。原子力災害とは無縁だったこの町で、震災4日後の3月15日、安定ヨウ素剤が住民に配られ服用が促された。この薬は放射性ヨウ素から体を守る効果を持つ重要な薬であったが、服用には国もしくは県の指示が必要とされていた。情報が錯そうする中、三春町の職員たちは独自に調査を行い、独自の判断で服用の指示を決意する。その葛藤から決断にいたる4日間の証言を伝える。

総合2012年9月23日(日)放送

復興サポート 漁業から町は生まれ変わる ~岩手・陸前高田市広田町Part2~

全国から知恵ある人を被災地に招き、復興への道筋を探る「復興サポート」。今回は、4月に放送した漁業の町、陸前高田市広田町のその後の復興リポートと、更なる飛躍を求めて2回目のミーティングでお送りする。復興サポーターは、三重大学の勝川俊雄准教授と、長崎県五島列島の小値賀(おぢか)島で「民泊」という新しいツーリズムに成果を上げている高砂樹史さん。地域の「普段の暮らし」の魅力で観光客を呼び込む術を学ぶ。

総合2012年9月16日(日)放送

証言記録 東日本大震災 宮城県山元町 ~“ベッドタウン”を襲った津波~

宮城県南部にある山元町は、震災でおよそ4割が浸水し、600人余りの人々が命を失った。もともと農業が中心の町だったが、仙台駅まで鉄道で40分あまりの距離にあることから、都市部に通う人たちの多い、いわゆる“ベッドタウン”となっていた。働き盛りの人たちが町の外に働きに出ていた金曜日の昼下がりに襲った大震災。町に残っていた人たちの多くはお年寄りや子どもたちだった。そうした中で、懸命に命を守ろうとした人々の証言を記録する。

総合2012年9月9日(日)放送

明日へ ―支えあおう― ~被災地はいま・東日本大震災から1年半~

今回は、時間を拡大し、東日本大震災から1年半たった被災地の「今」を生放送で伝えます。震災前の“日常”を取り戻しつつある地域がある一方で、仕事を失った上に失業給付切れとなる人も現れるなど、被災地の復興は、まだまだ十分には進んでいません。
福島をキーステーションに、午前は原発避難者や風評被害の現状、その中で前向きに生きる人々や新たな取り組みをご紹介します。また、午後は宮城・岩手と中継で結び、長期化する避難生活での新たな問題をお伝えします。
ゲストは、医師の鎌田實さん、女優の三船美佳さん、そして、福島県出身・クリエイティブディレクターの箭内道彦さんほか。キャスターは、三宅民夫アナウンサーと伊東敏恵アナウンサーです。

総合2012年9月2日(日)放送

証言記録 東日本大震災 岩手県山田町 ~それでも海に生きる~

岩手県山田町は、カキやホタテの養殖に力を入れてきた漁業の町である。なかでも殻がついたままで出荷する大粒のカキは全国一の生産量を誇っていた。あの日の大津波で船や養殖のいかだなど漁業が受けた被害は2百億円をこえ、山田湾では漁船の8割近くが失われた。船が助かった漁師たちの中には、収入の柱であった養殖の代わりに、当面漁で生計をたてる人もいる。海がもつ怖さを知り、傷つきながら、それでも海とともに生きていこうとする人々の証言を記録する。

総合2012年8月26日(日)放送

復興サポート ソーシャルメディアで育む“地域再生”の力 ~宮城県 山元町~

昨年の震災では、フェイスブックやツイッターなどの、インターネットを介した情報発信が初動の救援活動から大きな役割を果たしてきました。自発的な情報発信が多くの人を助け、また各地で立ち上がったプロジェクトが、インターネットを通じて被災者と支援者を瞬く間につないでいくなど、ソーシャルメディアの利用で、かつてない形での復興が進められています。
一方で、インターネットの利用率の低い地域では、充分な情報や支援が得られないといった「情報格差」の問題も生じています。番組では、ソーシャルメディアを介した復興支援のあり方を考える専門家とともに、私たちに何ができるのか、語り合います。
ゲストは佐々木俊尚さん(作家・ジャーナリスト)、西條剛央さん(ふんばろう東日本支援プロジェクト代表)。

総合2012年7月22日(日)放送

復興サポート ふるさとの未来を描こう ~福島・浪江町~

全国から知恵ある専門家を被災地に招き、復興への道筋を探る「復興サポート」。今回は、原発事故によって住民21000人余りが、全国45都道府県に避難している福島県浪江町。町民が久しぶりに福島に集まり、早く帰りたいという人も、もう帰れないという人も、心を一つにして、かけがえのない「ふるさと浪江の未来」を描くために、自分たちに今何が出来るかを語り合う。復興サポーターは、浪江から避難した人々の心に寄り添ってきた高崎経済大学の櫻井常矢准教授と、同じように長期避難を強いられたネットワーク三宅島代表の宮下加奈さん。

総合2012年7月15日(日)放送

声から見える被災地の今

被災した方への質問はただひとつ。「今、一番伝えたいことは何ですか?」その答えをスケッチブックに書き、小さなカメラに向かって訴えてもらいます。NHK仙台放送局で震災直後から、被災地に赴き、東北6県向けに「被災地からの声」という番組を放送し続けています。これまでに聞き取った声は、1300人以上にのぼります。
今回はその中から、最近取材した「声」に耳を傾け、ゲストの相田翔子さん(女優)、名越康文さん(精神科医)とともに、被災地の今の実情を見つめます。

総合2012年7月8日(日)放送

Together ~被災地によりそう世界の人々~

東日本大震災直後から、海外から日本へ様々な形の支援の手が差し伸べられた。実際に被災地を訪れその状況を自らの目で見つめた外国人も多い。アメリカの歌手のシンディ・ローパー、ブラジルの壁画作家のチチ・フリーク、ジャズピアニストのボブ・ジェームスなど。様々なジャンルで世界的な活動を行う人々も多い。彼らは、被災地の人と触れ合い、ともに歌ったり、語り合ったりしながら交流を深めた。そうした外国の著名人と被災地の交流を紹介する。

総合2012年7月1日(日)放送

証言記録 東日本大震災 福島県大熊町 ~1万1千人が消えた町~

東京電力福島第一原子力発電所が立地する、福島県大熊町。かつては産業に乏しく、出稼ぎが人々の暮らしを支えていた。41年前営業運転を始めた原発は雇用を生み、町は大きく発展してきた。長年にわたって“安全神話”が信じられ、住民の二世帯に一人は原発関係で働く原発城下町だった。その原発が巨大地震と津波に襲われ、制御不能に陥った原発は炉心溶融し、水素爆発を起こした。
相次ぐ爆発と放射能の恐怖に住民たちは何を考え、どう行動したのか。原発とともに歩み、原発に故郷を奪われた人々の証言を記録する。

総合2012年6月24日(日)放送

復興サポート 地域の“セーフティーネット”を作ろう ~岩手・釜石市~

全国から知恵ある専門家を被災地に招き、住民との話し合いの場を設けて、復興への道筋を探る「復興サポート」。今回は、多くの人々が仕事や家を失う中、うつ、アルコール依存、ドメスティック・バイオレンス、孤独死などに、地域はどう取り組んでいけばよいか、「セーフティーネット作り」がテーマ。復興サポーターは、長年貧困問題に取り組んできた元内閣府参与の湯浅誠さん。番組では、釜石市の仮設に暮らす住民と、被災者の支援に携わる連絡員、相談員、保健師などが集まって、湯浅さんとミーティングを開催。これまで見落とされがちだった人々をサポートする手だてを考え、活気ある街づくりにつながることを学んでいく。

総合2012年6月17日(日)放送

私たちが1年かけて、決めたこと ~福島在住・若者たちの日々~

「不安なこと話し合いませんか?」去年6月、郡山市在住の関根妙子さんの呼びかけから始まった“迷える若者たち”の集まり『福島リアル』。当初4人で始まった会は、口コミで広がり、人数も増え、活動内容も広げてきた。震災で式を挙げられなかったカップルのための結婚式に奔走する関根さん、子どもたちに「今、福島で感じていること」を残そうとネット配信を始めた伊藤さん。活動を開始して1年、彼らが混乱と戸惑いの中から“小さな希望”を見つけていく様を追った。

総合2012年6月3日(日)放送

きみは確かに、そこにいた。 ~歯科医師たちの身元確認~

あの日から1年、東日本大震災で伝えられなかった現場がある。それは犠牲者の“身元確認の現場”だ。「一日でも早く、一人でも多く、犠牲者を家族のもとに返したい」という一念で、懸命に遺体の身元確認を続けていたのが、多くの歯科医師たちだった。残された遺族たちの「心の復興」とは、どこから始まるのか。混乱を極めた現場で、歯科医師たちは何を見たのか。たった一本の歯を通してつながる歯科医師と遺族。あの日から同じ時間を過ごしてきた2つの目線を通して身元確認の真実を描く。

総合2012年5月27日(日)放送

希望の灯り ~神戸と東北 遺族の交流~

今、東日本大震災の遺族と、阪神・淡路大震災の遺族の間での交流が進もうとしています。息子を亡くし、自殺も考えたという神戸の70歳の父親が他の遺族と話をし、「悲しみを分かち合うことで、初めて前を向いて歩き出すことができた」という自らの経験をもとに始まりました。岩手県陸前高田市で家族5人を亡くし、ただ一人生き残った37歳の男性は神戸に招かれ、遺族同士が支えあう姿を見て、いつか自分もこのようになれるのではないかと希望を抱き始めています。遺族が一歩前に歩み出そうとするには何が必要なのか、神戸と東北の人々の交流を見つめます。

総合2012年5月20日(日)放送

証言記録 東日本大震災 宮城県石巻市 ~北上川を遡った大津波~

岩手県を源流に石巻市内を流れ、追波湾へと注ぎ込む北上川。かつては河口から十数キロに渡り、かやぶきに使われるヨシ原が広がり、シジミやカキの養殖でも有名だった。あの日、津波は、大きく蛇行する北上川に、数回に渡って押し寄せ、河川沿いのほとんどの集落を飲み込んでいった。地震直後、河口の長面(ながつら)地区の人々は山へと避難を始めたが、真っ黒な巨大津波は取り残された老人たちを瞬く間に押し流した。命からがら山へ逃げた人も、四方を海に囲まれ、3日間にわたり孤立した。北上川を遡上した大津波におそわれた人々の証言を記録する。

総合2012年5月13日(日)放送

復興サポート 福島発!エネルギーシフト

今、福島県では、原発に代わって、風、太陽、地熱、水などの再生可能エネルギーによる新たな産業を育てようという動きが始まっています。福島沖に「海に浮かぶ風車」を並べる洋上風力発電や、沿岸の農地を活用したソーラー発電、土湯温泉の豊富な湯を利用したバイナリー発電など注目のプロジェクトが続々登場!漁業や農業とも連携した新しいビジネスモデルを生み出そうとしています。“原発後”の未来をどう作っていくのか?最新の事例を紹介しながら、第一線でとりくむ専門家や地域の人々が語りあいます。

総合2012年5月6日(日)放送

南相馬 大町病院 ~原発事故と闘う看護師たち~

原発事故によって地域医療が崩壊の危機に直面している。 福島県南相馬市の大町病院は事故直後、医師や看護師が次々と避難。病院を去った看護師は、放射線への不安から1年以上たった今も戻れずにいる。一方、入院患者は増え続け、病院は深刻な人手不足だ。地域医療を守るため、看護師集めに奔走する看護部長に密着。原発事故の影響と闘う看護師たちの姿を見つめる。

総合2012年4月29日(日)放送

証言記録 東日本大震災 岩手県大槌町 ~津波と火災におそわれた町~

岩手県大槌町は巨大津波の直後から猛火にもおそわれ、多くの犠牲を生んだ。大槌町の死者・行方不明者は千二百人をこえている。そのおよそ半数を檀家にもつお寺がある。この江岸寺は、町の津波避難所に指定されていた。震災当日、津波は山すその寺にまで達し、避難してきていた人々をのみこみ、本堂や庫裏を破壊した。自らも津波におそわれ、かろうじて救われた江岸寺の住職は、家族が行方不明のまま、親戚の寺に間借りして、犠牲者の供養を続けた。震災から一年がたち、プレハブの仮本堂で寺は新たな歩みを始め、津波で失った本尊も檀家といっしょに作り直すことになった。津波と火災におそわれた町で、寺を中心に助けあった人々の証言を記録する。

総合2012年4月22日(日)放送

復興サポート 三陸から漁業は生まれ変わる ~岩手・陸前高田市広田町~

被災地に全国から知恵ある人を招き、住民と共に復興への道筋を探る「復興サポート」。新年度の第一回は、漁業が壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市広田地区。今三陸の浜では、若い漁業者を中心に、特産のかきの流通を大胆に見直した殻付きのかきが食べられる「かき小屋」や、漁業体験型のツアーなど、新しい漁業への模索が始まっている。番組では「三陸から新しい水産モデルを」と唱える三重大学の勝川俊雄・准教授を現地に招き、「持続可能で儲かる漁業」の実現の道を探る。

総合2012年4月15日(日)放送

渡辺謙 “僕に、できること” 第2回 ただひたすら被災地へ

“復興”で大切にすべきことは何か…。そんな疑問を胸に、渡辺さんは、被災地で多くの人に会い、対話を重ねる。気仙沼では、海の男たちと酒を酌み交わしながら本音トークを展開。また陸前高田では、避難所で会った夫婦を再訪、ここには秘められたストーリーがあった。さらに全村避難している福島の葛尾村を訪ね、住民たちの思いを聞く。
国際共同制作:バン・シンガポール、ディスカバリーチャンネル

総合2012年4月8日(日)放送

渡辺謙 “僕に、できること” 第1回 世界に震災を伝える

11月にニューヨークで行われた被災地支援オークションで朗読した英語版「雨ニモマケズ」。1月のダボス会議で語った渾身のスピーチ(NHK独占映像)。そして3月に、世界169の国と地域で放送された震災のリポート番組。「僕に、できること」を模索し、世界に震災を伝える活動をしてきた渡辺謙さんの姿を、半年間に渡り密着取材。
国際共同制作:バン・シンガポール、ディスカバリーチャンネル