お知らせ

「現地発・明日へブログ」は、2016年5月を持って更新を終了いたします。
長い期間にわたりご愛読ありがとうございました。
ブログを書いていただいたみなさんにも現地の今を伝えていただき、ありがとうございました。
復興に向けた、喜び、悲しみ、様々な思いがよせられた貴重な記録です。

東日本大震災プロジェクト事務局

岩手県釜石市

釜石市の宿事情

震災後に「釜石に行きたい」という人たちとの出会いや
自分自身が釜石の外に行く機会が増えました。
そういった経験から釜石の魅力や課題が少し見えてきたように思います。
その中でも、「宿事情」について考える機会が最近多かったので、
まとめてみようと思います。

釜石では、
ネットによる予約サービスを行っていない宿や、
行っていてもあまり力をいれていない宿も多いようです。
ネット上では空き無しとなっていても、電話で問い合わせると部屋があったり。
電話で予約したほうがオンラインより安い値段で泊まれる場合もあります。
「電話のほうが部屋を取りやすい場合がある」というのは釜石に限った話ではないようなのですが、
釜石は特にその傾向が強いようです。
ですので、もし検索しても良い宿泊プランが見つからない時は
宿に直接電話してみることをオススメします。
ネットが使えないとなると、日本語が話せない外国人にとっては
釜石市は訪問するのが難しい場所ということになります。
逆に、旅慣れた人やあまり人に知られていない場所に行きたいと思う人にとっては
釜石は魅力的な訪問場所なのかもしれません。
震災後にボランティアで釜石に来ていたオランダ人のブライアン氏は、
「自分にとって日本は、東京からはなれるほど面白い場所が多い、釜石市もその一つ」と言っていました。


160506_o01.jpg
彼は常に世界中を旅している少し変わった人なのですが、
そんな彼を惹きつける魅力が釜石にはあるようです

釜石市はちょっと来るのは不便ですが、
もしかしたら来てみると案外良い場所かもしれません。
興味があったら是非遊びに来てみてください。

小笠原大志

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今年の定点観測

当初は「毎日24時間撮影してやる!」という意気込みで始めた定点観測でしたが
今では1年に一度のペースになってしまいました…
それでも、とりあえず続けていこうと思います。
忘れないように『明日へブログ』に写真をアップさせていただきます。


2016年3月11日の鵜住居
160505_o01.jpg

そしてこれが手元にあった2014年に撮影した鵜住居
ほぼ同じ場所が写るように撮影したのですが
いつもの撮影場所に新しい建物が出来た関係でちょっと位置が変わってます。
160505_o02.jpg
 
ぱっと見ちょっとわかりにくいですが、道路の位置が高台に移転されたり、
土地の嵩上げが進んでいます。
道路を走っていると毎日凄く変化しているのですが、
こうして高いところから見ると
「廃墟」にしか見えないのがちょっと悲しいです。

小笠原大志

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人生を楽しむ!!

熊本地震で被災された方々へ、心よりお見舞い申し上げます。
連日、テレビ等で報道を見ると、東日本大震災の時の状況を思い出してしまいます。
そして、そこからの長い日々を思い返し、今回被災された方々が同じように、
これからご苦労されるだろうことを思うと、本当に心が痛みます。
以前助けてもらった者として、何か出来る事はしたいなと思います。
早速、募金箱を見かける度に少しですが入れています。
東北も、まだまだ復興の途中です。今後もまだまだ時間とお金、そして人材が必要になるのだと思います。
いろいろと心配になるところもありますが、とにかく前に進むしかありません。

うちの息子(しげ坊)は、桜の満開と共に高校入学し新しい環境での生活がスタートです。
しげ坊が高校を受験するにあたり「なぜこの高校へ入学を希望するのか」という事を考えた時、
震災経験がだいぶ影響しているのだなと感じる節がありました。
小中学校で生徒会活動に携わる中で震災を通して沢山の出会いや学びがあったようで、
ふるさとの復興が自分の将来のビジョンにあるようです。(今のところはですが・・・)
娘(もんちゃん)が同じ高校に先輩としていますので、分からない事は聞けるというところが心強いようです。
一応、頼れるねぇちゃんです。(ちょっとトンチンカンな所もありますが・・・)


160509_s01.jpeg                  桜、新生活スタートです!

もんちゃんは、高校3年生、今後の人生を決める大きな分岐点に突入です・・・
が、まだ17年しか生きていないのだから、これからを見越せるだけの人生経験を積んでいません。
もんちゃんは、人とかかわる仕事を希望していますが、その仕事が何なのか、
また、その仕事をするためにどこへ進学すれば良いのか検討中です。
学校の先生には、大金もかかるのだから中途半端な気持ちで
進学先を選んではいけないと言われているようです。
でも、とりあえず、楽しいと思える道を選んでくれたらいいのかなと思います。
ちょっと、親として、甘いかな~?

もんちゃんは、先日、釜石高校野球部が甲子園へ行った時に
新聞等で同級生もいろいろと震災で辛い思いをして来たことを改めて知り、
「震災という辛い経験をしたけどそのために出会えた人がいたり、経験できた事があったりして、
『震災のお蔭』と思って自分を明るい方向に慰めて来たけど、
絶対に『震災が有って良かった』とは思っていけないと強く思った」と言っていました。

親しくしていた方々の死や、会社、自宅、大切にしていた思い出の品等が瓦礫となった事を目の当たりにして、
当たり前だった暮らしが本当は恵まれた生活だったことを思い知った時、
これからの生活で一番大事なのは、「楽しく生きる事」だと思いました。
くよくよ出来る種は沢山あったけど、くよくよすると自分自身が苦しくて辛いので「楽」になる道が
「前向きに楽しく暮らす」ことでした。子供達には人生を楽しんでもらいたいです。

 160509_s02.jpeg                   陶芸教室にて、人生を楽しもう!!
 160509_s03.jpeg            GW 唯一1日だけ家族一緒に陶芸教室、私は植木鉢を作りました。


子供達も、無事義務教育課程を修了しましたし、会社と自宅を再建することも出来ました。
東日本大震災から怒涛の5年間でしたが、なんとかここまでやって来ました。
本当に支えて下さった沢山の方々のお蔭だと思います。
皆さまからのお声掛けが、どんなにか力になったか分かりません。
全国のお顔の見えない方々、名前を知らない方々も含み沢山の方々から支えられてきたと思います。
そのような方々に「元気に暮らしています!」とお知らせできたらうれしいなと思いながら、
この「明日へブログ」へ参加させて頂いていました。
私としては、このブログで震災後の生活を皆様に発信しつつ、会社、
自宅の再建、そして子供たちの成長記録を残すことが出来、
本当に良い機会を頂き、貴重な経験をさせて頂いたと思います。
まだまだ、先は長いです!!頑張らなくてはいけない事が沢山ありますが、
前向きに楽しみながら一歩一歩進んで行きたいと思います。


160509_s04.jpeg
人生を楽しむ・・・手始めにガーデニングをと思い、いろいろと寄せ植えをしてみました。
小さな楽しみですが、少しずつ生活を楽しむ余裕が出来て来た今日この頃・・・。
ささやかですが、楽しみを見つけて元気に暮らしています。
今まで、支えてくださった方々、本当にありがとうございました。
そして、熊本の方々が早く心穏やかに過ごせる日がやって来ることを心から願っています。


佐藤和香子

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お葬式

今年の三月突然父が亡くなりました。
本当に突然の出来事でした。
自分の親が死ぬ可能性があることは、理屈ではわかっていましたが
いざ死なれると寂しくなってしまいます。
「心に穴が開いたよう。」「会いたくて震える。」
気持ちを文章で表そうとしても、
どこかで聞いたことがあるようなありきたりなものしか出てこないことが不思議です。

160503_o01_re.JPG親戚、知人、地域の人たち、多くの手助けのおかげで一通り葬儀を終えることができました。
父のお葬式に関わってくださったすべての人に感謝の気持ちでいっぱいです。
このブログを切っ掛けに知り合いになった方からも、とても温かなお心遣いをいただきました。
父の死はとてもつらいものでしたが、様々な形で多くの人の温かな気持ちに触れる機会でもありました。

311で犠牲になった私の親族や知人のお葬式は、
多くの制約のなかで簡素にならざるをえなかった物が多くありました。
中には遺体がみつからないまま行われたもの、
遺体は見つかったが火葬場が使えなかったため、他県や内陸地方で行われたもの、
悲しすぎて遺体をまともに見ることもままならないままで行われたもの。
「多くの犠牲者の中の一人」として扱われ、
私自身も「しかたのないことだ」と自分に言い聞かせて今まで過ごしてきたように思います。

葬儀を終え帰ってきた家は、親戚のおばさんたちにより綺麗に掃除されていました。
父がいなくなり、からっぽになったようにすら感じる家の中で
「死んだ父は我々がこんなに悲しんでいることを知っているのだろうか?」
など答えが出るはずもない自問自答を行えることはとても贅沢なことでもありました。
葬儀を手伝い、私達を励まし、葬儀の後も様子を見に家に来てくれたりする私の伯母さんたち。
彼女たちは震災で家と夫を無くしています。
とてもつらい状況を過ごしてきたはずです。
葬儀を終えても帰る場所は避難所の体育館や仮設住宅でした。
一番頼りたいはずの人が逝ってしまい帰る場所も無かったのです。
正に絶望の中を過ごしてきたはずです。震災の酷さを改めて痛感します。

震災以降、毎年3月はどういうわけか悲しいことばかり続いています
去年も一昨年もその前も3月に亡くなる知人がおり
おそらく私は一生3月がくると悲しい気持ちになる人生を歩むのだと思います。

小笠原大志

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いわてスーパーキッズ修了式と甲子園

3月21日、うちの息子(しげ坊)は、晴れて「いわてスーパーキッズ発掘・育成事業」の課程を修了し、
修了式に参加して参りました。

160418_s01.jpeg岩手県内各地より集まった修了生

160418_s02.jpeg岩手県教育長より終了証を頂くしげ坊

修了生は全員、毎年恒例のスピーチがあります。
人前で自分の意見を述べる事も、スーパーキッズのプログラムの一つです。
しげ坊は、震災後、まだ町が瓦礫だらけの中このスーパーキッズ事業にチャレンジしたことや、
まさしく今日、甲子園で試合をしている釜石高等学校に入学する事になった事、
でも野球部じゃなくバスケ部に入ります(笑)などと話していました。
このスーパーキッズ事業で身体のトレーニングだけでなく、目標設定の仕方など学んだことを、
被災した釜石の復興に将来役立てたいと話していました。
我が家にとっては、震災後の混乱の中、一つ前へ進むきっかけとなった事業です。
そして、娘(もんちゃん)もこの事業に参加していた経緯もあり、
送り迎えをする私としては6年間の責務を果たし、感慨深いものがあります。
はじめの2年間は毎日食事の記録を付けなくてはいけなかったりして、
本人も大変ですが、食事を作る私も大変でした・・・。
面倒くさかったけど、食事に対する意識付けはだいぶされたと思いますし、
今、もんちゃんのボクシング部での減量などにも役立っていると思います。

160418_s03.jpegしげ坊、スピーチ中!

160418_s04.jpeg仲間と記念写真 スーパーキッズの「S」

この日は丁度、第88回全国選抜高校野球大会に21世紀枠にて出場する事になった
釜石高校の試合の日でした。
うちの娘(もんちゃん)は全校応援のため0泊3日の旅です!!
釜石市は大いに盛り上がっております!!
選手宣誓の小豆島高校との対戦。しかも、うれしい一勝!!
やはり、スポーツは人を元気にしてくれますね。
震災の年、FIFAワールドカップで、なでしこジャパンが優勝した様子をテレビで見て、
あまりサッカーに詳しくない私でも本当にうれしくて、頑張る勇気が出たことを思い出します。

160418_s05.jpeg応援団仕様のもんちゃん
釜石高校、なんと応援団優秀賞を受賞!!


佐藤和香子

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中学3年生行事がたくさん! 卒業式編

中学生活最終学年。
いろいろな行事がたくさんありましたが、最後の行事、卒業式です。

うちの息子(しげ坊)は、釜石東中学校の全課程を修了し卒業となりました。
震災により仮設校舎入学の仮設校舎卒業です。
何かと不便な所もあったかもしれませんが、
自分たちの学校があるというのはそれだけで幸せなことだったと思います。
本当に、いろいろな支援を下さった方々に感謝です。

本校舎は、只今高台に建設中です。
釜石東中学校のこれからも続く長い歴史の中で、仮設校舎だった時期というのはほんの数年となるのでしょう。
そう考えると、その時期を過ごしたしげ坊たちは、貴重な経験をさせてもらったのだと思います。

3年生の入場を在校生が合唱で迎えるべく、練習をしているところを見ました。
風邪が流行っているのか、咳をしている生徒も沢山いました。
音楽の先生の檄が飛ぶ中、最終の練習をしていましたが、なんだか元気の無い声。
釜石東中学校と言えば、合唱!なのですが・・・。

最後の練習を終え、先生が「皆、その時にならないと分からないかもしれないけれど、
今日、3年生は3年間のいろいろな思いで満杯です。
そのパンパンに膨れた気持ちを是非、皆の合唱でパーンと弾けさせてやってください。
皆の合唱で先輩たちの顔をくしゃくしゃにさせてやってください」と話していました。

本番は、すばらしい在校生の歌声と共に、3年生の入場でした。在校生の皆さんありがとう。
3年生の合唱も流石、素晴らしかったです。
入学当時は、「あれ?大丈夫かな」と思うほど頼りない感じでしたが、
最後にはきちんと釜石東中学校の合唱になっておりました。
謝恩会にて、担任の先生が「新任で釜石東中学校に来た時、全校合唱で迎えられて、
感動してウルッと来てしまって、新任あいさつ前だったから困った~」と、
当時を思い出してお話しておりました。
ずっとその中にいるとそれが普通になってしまうので、外から見て比べると改めて思うことがありますね。

しげ坊は、最後の大仕事、「答辞」が残っておりましたが、
立派に(!?)やり遂げられたのではないかと、ホッとしています。
生徒会長という責任ある立場を任せて頂き、生徒会活動をはじめ、震災による関係者の方々との交流など、
沢山の貴重な体験をさせて頂きました。その経験から沢山の学びがあったと思います。

160404_s01.jpeg「答辞」のしげ坊

160404_s02.jpeg卒業生回れ右で「答辞」

卒業式が終わって教室で、生徒一人一人から一言ずつありましたが、
しげ坊は、何かとリーダー的役割が多かったけど、自分が困った時には皆に助けてもらったから、
どうにか務めることが出来たと、お礼をしていました。

160404_s03.jpeg教室で一言

幼稚園、小学校、中学校と長年一緒に育ってきて、あの恐ろしい津波から一緒に逃げて来たこの子達が、
義務教育課程を終えそれぞれに巣立っていきます。
バラバラになってしまうことを思うと淋しさが込み上げますが、きっと明るい未来が待っていることでしょう。
お世話になった皆さん、本当にありがとうございました。

佐藤和香子

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釜石市長杯スポーツチャンバラ大会

2月、第10回釜石市長杯スポーツチャンバラ大会がありました。

うちの家族は、震災前からスポーツチャンバラ(スポチャン)を楽しんできました。
2005年「全国スポーツ・レクリエーション祭」の開催地が岩手県で、
私たちの地元釜石市での開催競技がスポチャンだったことが、この競技を知るきっかけとなりました。
当時、幼稚園児で戦隊ヒーローや仮面ライダーが大好きだったしげ坊にうってつけのスポーツだと思い
「やってみようか」と誘うと、小学1年生だったお姉ちゃんのもんちゃんの方が意外にも臆せず
「やってみる~!!」とノリノリだったことを思い出します。

以前このブログでもお知らせしたことがありますが、このスポーツをやっていたおかげで、
全国に知り合いが出来、震災の時もいろいろと励ましてもらったりしました。
また、家族共通の話題として良いコミュニケーションにもなっていました・・・
が、震災後、いろいろと生活環境が変わってしまい、
なかなかスポチャンをやる余裕が無くなってしまいました。

その全国スポレク祭をきっかけに、毎年釜石市では、
「釜石市長杯争奪戦」と言ってスポチャンの大会があります。
うちの主人は、体育指導員をしており、いつもこの大会の実行委員として参加しています。
そして今回は、第10回目の記念すべき大会となりました。
途中、東日本大震災で甚大な被害を受けた釜石市ですが、絶やすことなく続けられてきた大会です。
震災後の大会では、支援でいらしている方や、他県警から配属になっている方など、
遠方の方も参加して下さった大会です。

160329_s01.jpeg審判長として話をする主人

160329_s02.jpeg基本動作・・・空手で言う「形」がスポチャンにもあります。
もんちゃん、しげ坊 模範演武

今回は、私も久々に選手として参加しました。
参加種目は、小太刀、長剣、得物自由(二刀)の3種目です。
3年ぶりくらいでしょうか・・・剣を振るのは・・・。びっくりするほど感覚が鈍っていることと、
思ったように体が動かず衰えを実感せざるを得ない感じです・・・。
でもでも、小太刀一回戦目の対戦相手は、くじ引きでもんちゃんと当たってしまいまして、
「娘に負けるなら本望だ・・・」と試合に挑みましたが・・・。

160329_s03.jpeg小太刀一回戦 白面)私 VS 赤面)もんちゃん
足をかわして面!! ガッカリのもんちゃんと、思わずガッツポーズの私
コート内では相手へ敬意を払いガッツポーズは駄目!!武士道です!

ボクシングをやっているもんちゃんですが、久々にスポチャンをやろうと思うと、
ボクシングの動きが邪魔してなんだかうまく動けずギクシャクした感じになってしまったようです。
小太刀、長剣はまさかの一回戦負け。得意の二刀で得物自由の部へ出たもんちゃんですが、
どうにか3位に滑り込みました・・・。

160329_s04.jpeg得物自由・・・赤面)もんちゃん 得意の二刀
左で相手の剣をよけて・・・足!!

受験生しげ坊は、部活動もしておりませんので久々のスポーツ、きっとだいぶなまっているだろうと思いきや、
得意の低い姿勢の足技が冴えていて、「えーっ、結構動けるね~。」と声を掛けると、
「中3男子、動けなかったら逆にやばくね?」と言われてしまいました。

160329_s05.jpeg長剣準決勝 白面)私 VS 黒面)しげ坊
写真もブレる瞬打で、母負け

負けましたが、「良いね~親子対決」と言われ、そうかも・・・と思う私
親子で対戦できるなんて幸せかもしれません。

160329_s06.jpegしげ坊 小太刀一般の部 優勝!!

160329_s07.jpegしげ坊が小学生の頃所属していた野球スポーツ少年団の子達も参加してくれました!!
当時は、ホームグラウンドも流失し存続が危ぶまれました・・・
震災後作った「負げねぞ」Tシャツ、しげ坊も着ていたなぁ・・・懐かしい

「希望郷いわて国体」が、岩手県の各地で開催されておりますが、
スポチャンはデモストレーション競技として10月、矢巾町で開催されます。
約50年に1回の、地元開催の国体ですから参加出来たらいいなと思いつつ、
うちに帰ってきて今回の試合をビデオで見ると、
なんとも私の動きのスローなこと・・・ガッカリでございます。

160329_s08.jpeg参加賞と入賞のバッチ 岩手のキャラクターわんこきょうだい

「わんこそば」のお椀から各地の名産がキャラクターに。
そばっち(わんこそば)、こくっち(雑穀)、とふっち(豆腐)、おもっち(ずんだ餅)、うにっち(うに丼)の兄弟です。

いわて国体の釜石市開催競技は、ラグビーフットボール、トライアスロン、
水泳(オープンウォータースイミング)です。
応援して大会を盛り上げたいと思います。スポーツの力で、町が元気に活気づくといいなぁ。

佐藤和香子

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もんちゃんのボクシング新人戦東北大会

震災より丸5年。いろいろと思うところはありますが、結果、前を向いて進むのみ!!ですね。

「一瞬でたくさんの命が失われるような大津波から逃れたのだから、
これからの大変なことはなんとか乗り越えて行けるのではないかと思って・・・」
高校入学と共にボクシング部に入ったうちの娘(もんちゃん)です。
震災を経験したことが、新しい事へチャレンジする勇気をくれたようです。

そんな高校生活も、早いもので2年を終わろうとしています。
先日、以前ブログでお話ししていました高等学校ボクシング新人東北大会へ出場しました。

前回の県大会から東北大会までの2ヶ月半の間に、もんちゃんにとってはいろいろな事がありました。
県大会の減量明けすぐに強化合宿に参加中、急性腎盂腎炎と言う病気になってしまいました。
非常に具合が悪かったようですが、しっかり練習に参加してちょっと無理をしたようです。
高熱を出しながら帰ってきましたが、本人は熱が出ている事にも気が付かず
「体中が痛かったけど、練習頑張ったから筋肉痛だなと思ってた。」とのこと・・・。
帰って来て学校を5日間も休んでしまいました。しかもテスト期間中・・・。

無事病気も治り今まで食べたかったけど我慢していた、大好きなカステラや団子をおいしく食べたり、
病み上がりに修学旅行で元気いっぱい楽しんだりして、なんと5kg近くリバウンドして太ってしまいました。
確かに修学旅行の楽しげな写真は、顔がまんまるです。
(周りの友達やうちのじいちゃん、ばあちゃんが減量終わったと思って
もんちゃんの大好物をいろいろと差し入れしてくれました!)

160309_s01.jpeg修学旅行にて 左)もんちゃん

修学旅行から帰って来てすぐ、東北大会1か月前にして、5kgの減量に挑まなくてはいけなくなりました。

160309_s02re.jpeg

大阪にて

160309_s03.jpeg左)もんちゃん ボクシング部の仲間と顧問の先生と一緒に

高校生になって試合に向けての減量は何度かしているのですが、
さすがに1か月で5kgは大丈夫だろうか・・・と、とても心配でした。
高校生というこの大事な成長期に減量したりリバウンドしたりなんて、
健康面も大丈夫だろうかと、とても心配でした。
でも、それが出来て初めてスタートラインに立つことが出来るボクシングと言う競技。奥が深い・・・です。

大会は宮城県仙台市にて行われました。
「仙台まで行って減量間に合わず失格なんて、絶対に嫌だ。」と言っていましたが、
出発当日はまだ200g位オーバーで不安が残るまま仙台市へ・・・。
現地にて対戦相手がサウスポーと分かり、先生方からアドバイスをもらいながら
初めてのサウスポー対策練習をしたようです。
その練習がハードだったのか、又は、追い込まれた精神状態のせいなのか、
大会当日には理想より痩せすぎです。調整って難しいですね。

にわかサウスポー対策も、本番では発揮する事が出来なかったようで負けてしまいました。
もんちゃんは、今まで何回もいろいろな負け試合がありましたが
一度も泣いたことがありませんでした。(勝った試合では即、泣いています!!うれし泣き。)
ボクシング試合会場で試合に負けて泣いている子をよく見かけます。
でもそんな時もんちゃんは、
「すごいなぁ。頑張って来たんだろうな。自分は泣く程頑張ってない感じだ・・・。」と、
いつも言っていました。でも、今回は泣いていました・・・。
負けて泣いている姿は初めて見ました。
小さいころからやっていたスポーツチャンバラの試合でも、中学バスケ部での試合でも、
負けて泣いたことはないと思います・・・。
今回は、もんちゃんなりに頑張ったのだと思います。

160309_s04.jpeg珍しく緊張気味の試合直前もんちゃん

160309_s05.jpeg青)もんちゃん

160309_s06.jpeg初サウスポー戦

試合前もなんだか青ざめて、緊張しているのが分かりました。いつもの笑顔がありませんでした。
試合が終わってどこかで泣いていたのでしょうか・・・、
やっと泣き顔が落ち着いてきたらしきもんちゃんが近くを通ったので、「よく頑張ったね」と声を掛けると、
またわっと泣き出してしまいました。ごめんね、また泣かせて。
帰りの車の中では、もうだいぶケロッとしていました。
「今回は、緊張した~。こんなに緊張したのはきっと勝ちたかったからなんだよね~。
勝てば全国大会だもんね~。ちょっと意識しすぎたな~。」と自己分析して言っていました。
この悔しさをバネに、また一つ成長してほしいなと思います。

佐藤和香子

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祝 釜石高校21世紀枠出場決定!!

第88回選抜高等学校野球大会に釜石高校硬式野球部、21世紀枠にて出場が決定いたしました。
まさしくうちの娘(もんちゃん)の同級生が主に出場する事となりますので、大変盛り上がっております!!

160216_s01.jpegうちの会社の入口に貼っています。

震災により、家族を亡くした部員や仮設住宅での暮らし等、大変な思いをしてきた部員たちもいます。
新聞等で大きく取り上げられていて、
「あぁそうだったんだ・・・。」と思わず涙が出てしまいそうになるような
経験や想いを持っている部員もいます。
でも、この地域に住んでいる子供たちは皆、
周りに大変な思いをしている人たちがたくさんいる事をわかっているので、
「これを言い訳に出来ない」と言う思いがあるのではないかと思います。
うちの子供達をはじめ「これが当たり前、これが普通」という感じで
「被災したから何々出来ない」というようなことは言った事がありません。
釜石高校の野球部員の晴れやかな元気な顔を見ると、とても嬉しいです!! 

対戦校の抽選は、3月11日、震災より丸5年の丁度その日です。
是非、頑張って来てほしいなと思います!!
そして、きっとその頑張る姿は、被災地の皆さんへ元気を届けてくれることと思います。
また、全国の支援してくれた方々へ元気に頑張っている姿を見せられる良い機会となるでしょう。
頑張れ!釜石高校!!

もしかして、もんちゃんも全校応援で甲子園へ行くのかな!? 
いいなぁ・・・こんな経験そうそう無いと思うので、私も行きたいな~。
(さすがに仕事を休んでは行けないかな・・・。)

160216_s02.jpeg修学旅行班行動にて  真ん中)もんちゃん 左から2番目)釜校エース岩間大くん

佐藤和香子

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中学3年生 行事がたくさん! 「連合音楽会」編

明けまして、おめでとうございます。
震災から早いもので5年の節目の年を迎えようとしています。
会社や自宅の再建など慌ただしい日々を過ごしてきた5年ですが、
会社のスタッフも家族も元気に無事新年を迎える事が出来ました。
お世話になった方々、本当にありがとうございました。
震災以降、沢山の方々に支えられて今があると実感する日々を過ごしております。
街では、復興の槌音が響いており、日々町並みの変化が見られる様になりました。
2016年は「希望郷いわて国体」と題して第71回国民体育大会の開催もありますので、
スポーツの元気な力で復興の後押しとなってくれると嬉しいなと思います。
本年も、なるべく元気な話題をお知らせできたらなと思います。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

160120_s01re.jpg会社のスタッフと
下段右から 主人、私、母、父

昨年の話題となってしまいましたが、毎年恒例の釜石学校教育文化活動連絡協議会及び
釜石地区中学文化連盟主催による「連合音楽会」がありました。
小学生の部は主に4年生が、中学生の部は主に3年生が参加します。
(人数の少ない学校は何学年か一緒に参加します。)
釜石・大槌地区の子供たちが各学校で2曲ずつ歌います。

うちの娘(もんちゃん)や息子(しげ坊)も小学4年生の時に初めて参加しましたが、
その時は震災前で釜石市民文化会館にて開催されました。
今は、文化会館が被災して無くなってしまいましたので、
さまざまな行事の度に中学校や高校の体育館をお借りして開催です。
今回は、釜石中学校の体育館にて開催されました。
2017年度、市民ホールが建設予定とか・・・。

160120_s02re.jpgこの連合音楽会は、合唱というものを初めてちゃんと練習するきっかけになる行事のような気がします。
もんちゃんが小学4年生の時、「COSMOS / 作詞・作曲 ミマス」を歌いましたが、
歌うことだけでなく、良い発声が出来るように腹筋のトレーニングも一生懸命練習しているようでした。
「この曲をみんなで練習するようになってから、メロディーや歌詞が生徒の心に影響してか、
みんなの気持ちがしっとりと落ち着くようになり、
合唱とは違う授業でも全体のまとまりが出るようになりました。」と、
当時担任の先生がおっしゃっていたことが印象的でした。
本番はとても素晴らしく感動して涙がでてしまったことを思い出します。
宇宙の静けさとそれとは相反するイメージの血の通った人間の温かさを感じるような曲で、
先生がおっしゃった言葉がなるほどなぁと思います。
今まで、私自身も学生生活の中で合唱を歌う機会もありましたが、
合唱で人を感動させるということが分からなかったので、
涙が出るくらい感動した自分にびっくりしてしまいました。(涙は年のせいでしょうか・・・。)
ちゃんとCDにもなって大事に持っていたのだけど流されてしまいました。
そのような事もあり、ミマスさんの曲は良いなと思っていました。

今回の連合音楽会で釜石東中学校は、
「木を植える / 作詩 谷川俊太郎 作曲 木下牧子」と
「いつかこの海をこえて / 作詩・作曲 ミマス」の2曲を歌いましたが、
しげ坊は「いつかこの海をこえて」の指揮をやりました。

160120_s03re.jpg文化祭の全校合唱「いつかこの海をこえて」で指揮をするしげ坊
(連合音楽会は撮影禁止の為、文化祭の時の写真を使いました。)

「いつか海をこえて」はアクアマリンのミマス様が釜石東中学校の生徒の言葉や想いを集めて
作って下さった曲です。もんちゃんは、当時中学生だったので、この曲作りに参加しています。

震災の年「釜石の第九」という音楽イベントで、
市民の皆さんと共に釜石東中学校の生徒が「第九」を歌いました。
その時合唱曲「地球星歌」も歌ったのですが、その様子がラジオFM岩手で放送され、
「地球星歌」の作者であるアクアマリンさんが聞いて下さったことから
釜石東中学校との交流が始まりました。
「いつか海をこえて」は、歌詞の頭文字をつなげると、
鵜住居(うのすまい)地区で被災した釜石東中学校の子供達へのメッセージ
「鵜住居で生きる 夢抱いて生きる」になります。
この曲が作られた当時、しげ坊はまだ小学生で、この曲が出来た経緯を直接は知りませんが、
中学3年生になった今でも、学校行事の折に歌い継がれています。
そして、合唱曲として全国各地でも歌われています。

佐藤和香子

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中学3年生 行事がたくさん! 「文化祭」編

うちの息子(しげ坊)は、釜石東中学校3年生。先日文化祭がありました。
スローガンは、「声心東一(せいしんとういつ)」です。
釜石東中学校の伝統は、あいさつ、防災、そして合唱があります。
文化祭では毎年クラス対抗の合唱コンクールがあり、
学年共通の課題曲とクラスごとの自由曲にて審査され、
金賞、銀賞、銅賞、指揮者賞があります。
入場、整列などのマナーと、女子、男子、ピアノ伴奏との調和、
その曲をどのように表現し伝えようとしているか等、総合的に審査します。
文化祭に向け、各クラスでパートリーダーを中心に練習を重ねてきているようでした。

「声心東一」:合唱は一人一人が声を出し、心を合わせなければ良い合唱にならない。
また、合唱だけでなくあらゆる場面で一人一人が自分の考えや意見を
声に出して発信し心を合わせる事で、
釜石東中学校を前進させようという思いが込められているとのことです。

151224_s_01.jpeg仮設体育館 仮設ステージにて

151224_s_02.jpeg合唱 3年A組

合唱は、やはり1年生よりは2年生、2年生よりは3年生の方がマナー、声の調和、表現など
上手だなと思いました。
1年生は経験が少ないながらに頑張っているところが好感を持てました。
いつも思います。頑張っている姿は素敵だなぁと。
下手でも、負けても一生懸命になる事が大事だなと。
中には恥ずかしいのか全然口を動かしていない子もいましたが・・・。
最後に校長先生からのお言葉で、
「やってみて失敗したとしても格好悪い事じゃない、やらなかった事が格好悪い事なのだ」
とおっしゃっていました。本当にそうだなぁと思います。

その他、各学年の総合発表や、各教室に展示してある作品など楽しく観ました。

151224_s_03.jpeg「わたしの主張」のしげ坊

151224_s_04.jpeg修学旅行で観てきた全身真っ白「ボカピープル」ならぬ東中「バカピープル」
先頭:しげ坊

バカはバカでも、本年度の生徒会スローガン「温故知新」の基本方針の一つに
バカになって作る行事というのがあり、自分の殻を破って本気になって
さまざまな行事を成功させようという思いがあるようです。

151224_s_05.jpeg空手 形演武

空手で全国大会へ出場している3年生女子1名の形の演武が披露されました。
シーンと静まり返った会場で腕や脚の素早い動きで道着のこすれる音と、
気合の掛け声が響いて素晴らしかったです。格好いい!!
(思わずスポーツチャンバラで培った武士道魂がうずいてしまいました。笑)

東日本大震災で家族や家を失った子供達も沢山います。
そんな中、それぞれ懸命に前に進んで成長した姿が感じられました。

沢山の方からご支援や励ましをいただいてきた釜石東中学校ですが、
そのことへ対する感謝の気持ちから「助けられる人から助ける人へ」をテーマに、
活動している生徒たちです。
ネパール大地震のニュースを受けた時にも、募金活動をし、集まったお金は支援活動をされている
岐阜県の丹原美穂様(釜石東中学校も震災の折お世話になっています。)に託して
ネパールへ届けて頂きました。
その丹原様が来賓で来て下さりお言葉をいただきました。
釜石東中学校が募金活動にて集めたお金は、ネパールの学校建設の資金となり、
2教室造ることが出来たとの事、その学校の校長先生が「皆さんは救いの神です。」と話してくれた事や、
釜石東中学校の名前は大理石のプレートに刻まれ、後世まで語り継がれますとのお話を聞きました。
すごいなぁと思いました。誰かの役に立つって嬉しいことですね。
しげ坊も、地域の方々や保護者の方々へ声掛けをしたり、休日に街頭に立って募金活動をした事が、
形として残り、人の役に立つことの大切さを実感したようでした。

佐藤和香子

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もんちゃんのボクシング新人戦

先日、平成27年度第56回岩手県高等学校ボクシング競技新人大会がありました。

うちの娘(もんちゃん)は、実践の部で東北大会を視野に入れ、
いつもの階級より一つ下ろして出場するべく減量も頑張ってきました。
ラスト1kgがなかなか落ちなくて心配しましたが、
計量2日前にやっと規定の体重を下回る事ができました。ホッしました。
友達や、友達のお母さんなどにダイエット方法をいろいろとアドバイスしてもらったり、
一緒にダイエットメニューに付き合ってもらったりして
皆に支えられていることを実感しながら頑張っていたようでした。
「体重、アンダーになった!」と報告すると泣いて喜んでくれた友達もいたようです。ありがたいですね。

*もんちゃんと友達とのおなかがすいて気力の無い会話*
「あ~おなかすいたね~。」
「もしこの教室が食べ物で出来ていたらどうする?」
「まず、カーテンがおいしそうだよね。」
「やっぱり、まず先にそれ食べるよね。」
「黒板が抹茶味だったら、さすがにこのサイズ食べきるのは厳しいね~。」
「あはは・・・さすがにね~。」

私も無い知恵を絞って減量メニューに励みました。
さすがに減量中の娘を尻目に母がバクバク大食いをするわけにもいかず、
お陰様で、震災太りの私も3kg位痩せる事が出来ました!!
震災直後から急激に7~8kgも太ってしまった私ですが、4年数ヶ月も月日が流れると、
震災太りと言い訳するのもはなはだしいですね。すみません、単に中年太りです・・・。

震災当日は、防災の備えはリュックに入れて自宅に備えていたのですが、
自宅に戻る余裕は無く、着の身着のまま避難しました。
避難した高台で被災しなかった家の方々の善意でお米を集めて炊いたり、おにぎりを作ったりしました。
電気、水道も使えない状態でしたが、たき火をしたり井戸水を使ったりして皆で協力して過ごしました。
沢山避難してきた人がいるので、皆の口に十分に入る食料は無く、
私が頂いたおにぎりも飴玉位の大きさの一口サイズ1つと、
具のない薄味の味噌汁を小さい御椀に3分の1程度でした。
違う場所に避難していたもんちゃんはお菓子を少しと水を一口、しげ坊はチャーシュー1枚、
主人は子供達や老人優先で一口も食べなかったようです。
でも、恐ろしい津波が、とてつもない勢いで一瞬にして街を飲み込む様子を見た事と、
初め連絡の取れない子供達や子供達の所に駆け付けた主人の安否が分からず不安でいっぱいで、
結果、3日程ほとんど食べ物を口にしませんでしたが、
不思議とおなかがすいたという感じがしませんでした。
その後、おじの家にお世話になる事になり、ホッとしたせいか急激に太りました。
いろいろな方から心配されて、沢山おいしいものも頂きましたし、
電気が使えるようになるまでしばらくかかりましたので、
冷蔵庫の物が悪くならないうちにと言って、皆でモリモリ頂きました。
仕事もしないで食べてばかりいたので、あっと言う間に太ってしまいました。
仮設住宅に入居するようになってからも、このままでは駄目だと思い、
食事に気を付けたりしていたのですが、一向に痩せる気配がありませんでした。
仮設住宅から外に出ないで過ごすと、家事などでこまめに動いているつもりでも、
1日1200歩位しか歩いていないと言う時もありました。
狭いのでどうしても運動不足になってしまいますね。狭くて良い点もあるのですけど・・・。

長年震災太りの言い訳をしている私ですが、もんちゃんの減量様々でございます。
もんちゃんにつられて意識のチェンジが出来たのかもしれません。
この調子で、健康の為、せめて震災前の体重にもどりたいな・・・。


今回の大会で選手宣誓をすることになったもんちゃん。
当日の朝、「ところで、選手宣誓大丈夫?ちゃんと言えるの?」と聞くと、
「うん、まぁ大丈夫。でも、選手宣誓って、いつも決まり文句みたいでつまんないなぁと思って、
今回は自分なりに言いたいことを言おうと思って考えたんだけど、
考えれば考えるほど、『正々堂々と』とか、『スポーツマンシップにのっとり』とか、
自分の言いたい事が決まり文句だったんだよね~。
でも、どんなスポーツでも試合をするってそう言う気持ちだよね~。
最初にこの決まり文句考えた人、偉いと思う」と言っていました・・・(!?)。

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選手宣誓のもんちゃん

試合はというと、決勝の対戦相手が計量をクリアできなかったのか、
(詳しくはわかりませんが)決勝戦無しとなり、
認定試合をしてもんちゃんの東北大会出場が決定しました。
認定試合は、結構ボコボコにパンチを入れられ負けてしまいました。
当日決勝戦無しとなり、この日を目標に減量で己との戦いを一試合こなしてきたもんちゃんとしては、
拍子抜けしたような感じでした。
また、体重が軽くなったせいか足腰の踏ん張りが効いていないように見えたし、
パンチもいつもよりフワッと軽いように見えました。
せっかく東北大会出場決定を頂いたけど、
認定試合で負けてしまったので心から喜べないような感じに見えました。
後で本人も、「練習してきたことが全然できなかった。頭が真っ白になっちゃって・・・。」
と言っていました。
私もだいぶ慣れて来たのか、落ち着いて試合を観られるようになりました。
ハラハラ、ドキドキには違いないのですが、以前は涙無しには観られませんでしたから・・・。

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赤)もんちゃん

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不完全燃焼の優勝


大会直後は部活動が休みのもんちゃん。
いつもより早めに帰宅したもんちゃんは減量中やりたかったけど、
我慢していたお菓子作りをしていました。(作ったら、ついつい食べちゃうから。)

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楽しそう!!

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できたてをつまみ食い

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作りたかったお菓子がゴマ団子って・・・シブイ

お味は、つぶあんとザク切りくるみの入ったくるみあんです。
こんなかんじかなぁとイメージで作ったとのことですが上出来です。

食べられるって幸せな事ですね。
何はともあれ、一段落ついて気が付けば、もんちゃんも私も体重が増え始めそうです。
ダメダメ、気を抜かずに頑張らなくては!!


佐藤和香子
 

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中学3年生 行事がたくさん!「31Km歩く会」編

先日、釜石東中学校3年生恒例親子行事「31Km歩く会」がありました。

2年前の10月、うちの娘(もんちゃん)と一緒に、主人と私もこの行事に参加しました。
月日が経つのは早いな~と感じる今日この頃・・・、息子(しげ坊)の代の行事となりました。

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クラスの集合写真

もんちゃんの時は主人と私も31Km歩きましたが、
かなりの達成感がありとても良い経験をさせてもらったと思います。
普段の運動不足がたたって、数日は体が痛かったのを思い出します。
今回は仕事の為主人は不参加、私はお昼に子供たちに食べさせる豚汁係で参加です!


*「31Km歩く会」のねらい
鵜住居から遠野に至る道は、かつて「塩の道」と呼ばれ、南部藩の重要な街道であった。
笛吹き峠を通って何度も釜石市、遠野市間を、塩を運ぶため往復した歴史がある。
現在の豊かな生活の中で忘れてしまいがちな先人たちの苦労を、あえて経験することで、
自分自身を鍛え、友人、保護者、教師の三者で励まし合い、助け合い、
成し遂げる喜びを味わうことをねらいとする。


確かに、笛吹き峠は先人の苦労が感じられるような獣道です。
狭くて曲がりくねった道なので車のすれ違いがちょっと怖いです。
山から鹿が飛び降りてくることもあります。
震災当時は、釜石の西側へ行く道が瓦礫等で通行できず、
この道を通って隣市遠野市を回って通行した人もいます。(かなりの遠回りですが・・・。)
静かな山道ですが、最近は震災復興の為もあって業者の方々が結構行き交う道路となっています。

震災により仮設校舎にて授業を受けている生徒たちですが、沢山の支援や励ましを頂いて生活しております。
学校があった釜石市鵜住居地区は、津波により堤防が決壊し甚大な被害を受けました。
浸水区域となったため人が住む場所としては容易に住宅を建てる事が出来ず、
鵜住居地区に住宅を再建できるようになるまでは、まだ時間が必要なようです。
そのため学区外から時間をかけて通学している生徒や仮設住宅暮らしの生徒もまだたくさんいます。

震災という辛い経験をし、今尚現在進行形で津波の爪痕を感じている子供達ですが、
この伝統行事のねらいにもあるように、お互いに励まし合い、助け合って、
成し遂げる喜びを味わうことが、子供たちの今後の生活に活かされてくるのではないかと思います。
又、こうして元気に学校生活を送っている様子をお知らせ出来る事が、
沢山の支援や励ましを頂いていることへの感謝の気持ちとして伝わってくれるといいなと思います。

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ちょうど良い天気に恵まれました!

私は、お昼休憩の場所で豚汁を作りながら、他のお母さん方とおしゃべりして、楽しい係の仕事でした。
休憩場所に帰って来た子供達に「おつかれさん」と声を掛けながら豚汁を配りました。皆まだまだ余裕です。

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皆でジャンプ まだ余裕!!

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皆で豚汁

お昼休憩の場所は、峠の頂上付近で上り道が終わった辺りです。
ここから後は、ずっと下り道なので、なんとなく半分終わった~という気がするのですが、
実は、まだ3分の1しか終わっていません!!
ここからが長~い!!しかも、下りで楽かと思いきや、膝に来~る!!

私は、お昼休憩が終わると歩くみんなを横目に豚汁の鍋洗いなどのため、
車で学校へ戻ったり他の休憩所へ手伝いに行ったりして応援です。車だとアッと言う間なんですけどね。

151126_s_05.jpeg校長先生も、行ったり来たり子供たちの様子を見てくれていましたが、
合間を縫って横断幕を作ってゴールテープにしてくれました!!

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ゴールまであと少し!頑張れ~

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横断幕、裏はこんな感じ。運動会の横断幕を再利用。

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横断幕の下をくぐってゴール!! 右)しげ坊

トップ集団でゴールしたしげ坊。また一つ中学校行事が終わってしまいました。
行事のねらいをかみしめて歩いてくれたかな?
結構しんどいけれど、最後までやり通すことが出来るとうれしいし、達成感がありますね。
また、しんどいことを乗り越えるには仲間と一緒だと心強いことなど感じたかもしれませんね。

翌日、「体痛いでしょ?」と、経験者ぶって聞いてみると「全然、どこも痛く無い。」と言うしげ坊。
「しいて言えば、ちょっと擦りむいたところがあってヒリヒリするかな。」だって・・・。
そういうのじゃなくて、立つも座るも「イテテ、イテテ」というやつ!!と思いましたが、
なんともないらしいです。若いって素晴らしい。

佐藤和香子
 

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わたしの主張

中学3年生のうちの息子(しげ坊)は、
釜石東中学校代表で「わたしの主張」釜石大会(大槌地区含む)へ参加しました。
次代を担う中学生が、日常生活の中で感じた事などを発表し、
社会の一員としての自覚を高める契機にするというもので、
最優秀賞者は県大会へ、そして東北大会、全国大会へとつながる大会のようです。

題名は「新たんぽぽ宣言」です151106_s_01.jpeg以前、釜石東中学校の長い歴史の中で困難な時代があり、
先輩方が荒れた学校を質の高い学校とするべく、4つの目標を掲げ宣言したそうです。
それが「たんぽぽ宣言」です。

「なんで、たんぽぽなの?」と、しげ坊に尋ねると、
あの花の部分は実は一つ一つの小さな花がたくさん円状に集まって一つの花に見えているそうで、
その様子が学校の生徒一人一人が団結して集まっているのと似ているという事と、
たんぽぽは生命力のとても強い植物で根が頑丈なため、
他の植物が生きていけないようなところでも生える事が出来る事を、
この宣言も根強く釜石東中の伝統として残って欲しいという思いと重ねているのだと教えてくれました。

「たんぽぽ宣言」
○話し合い
○支え合い
○正し合い
○高め合い
かつて先輩方はこの4つの目標を掲げ、より良い学校生活を送れるように皆で話し合い、支え合って、
お互いに正し、高め合う事を宣言したそうです。

東日本大震災で大きな被害を受け、大切なものを沢山失った釜石東中学校の生徒たちですが、
その反面、今まで考えたり感じたりしたことのない貴重な体験もした事、
また沢山の方々に支えられたおかげで今の生活があり、
元気に学校生活を送ることで感謝の気持ちを表したい事など発表していました。
しかし、日常の生活の中で相手の嫌がる事を平気で言ったり、からかったり、物を隠したり、
ちょっとしたことで叩いたりするようなことがあり、
震災から4年半も経つとあの時人一倍感じた命の大切さや感謝の気持ち、
相手を思いやる気持ちが薄れてきていると感じ、学級や全校集会で話し合いを持ち、
「新たんぽぽ宣言」を掲げたことを発表していました。

「新たんぽぽ宣言」
○話し合い・・・コミュニケーションを大切にし、自分の意見をしっかり持ちます。
        一人一人の意見を大切にし、小さなことでもみんなの話し合いで解決します。

○支え合い・・・困っている人に目を向け、手を差し伸べます。
        思いやりの心を持ち、一人ぼっちをつくりません。

○正し合い・・・駄目なことは駄目と指摘し合います。
        絶対にいじめを許しません。

○高め合い・・・目標を高く掲げ、励まし合い、切磋琢磨します。
        身勝手な人の行動に流されません。

認め合い・・・互いの良いところを見つけ、たたえます。
        一人一人の努力に、いつも拍手を送ります。


太文字の部分は、「新たんぽぽ宣言」として付け加えられたところです。
確かにお互いの良い所も悪い所も認め合い、話し合って支え合えれば、
社会生活や、夫婦間、親子間でもより良い関係を持てるかもなぁと思いますし、
お互いに成長し合えるかもなぁと思います。
私も大人として気持ちを引き締めなくては・・・。
分かってはいるけどなかなか出来ない事ってありますね。

151106_s_02.jpeg

優良賞を頂きました!

県大会にはつながりませんでしたが、うちの息子としては上出来です!! 
どんな内容でどんな風に発表するのか全然知らなかったので
(お風呂で練習しているような様子はありましたが・・・)
聞いている私の方が緊張してしまいました。なにはともあれお疲れ様でした。

佐藤和香子
 

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中学3年生 行事がたくさん! 「三送会」編

うちの息子(しげ坊)は、中学校でバスケットボール部に所属しておりましたが、
先日3年生の引退試合と3年生を送る会「三送会」を開いて頂きました。

151027_s01re.jpgバスケ部 記念写真

引退試合は、後輩との紅白戦と、保護者や先生も混じって何試合か楽しくやりました。
(私はビックリするほど走れず、自らすぐに手を挙げて選手交代です。運動不足を実感・・・。)
しげ坊達3年生は6月の中学校総合体育大会をもって引退し、今は部活動をしておらず、
受験生という事で勉強に専念する事となっております・・・。
後輩との試合は余裕で勝つつもりだったようですが、
やはり毎日やっていた部活動を4ケ月も休んでいると、
さすがに影響があるらしく負け試合となってしまいました。(負けてやったというところでしょうか!? 笑)
又、その反面、「継続は力なり」で後輩はこの4ケ月で成長したな~と感じました。
以前にもお知らせしたことがありますが、震災の影響もあり新入学生が減少したことから
釜石東中学校のバスケットボール部は今年の新入部員の募集はせず、既存の部員のみでの活動となりました。
しげ坊達3年生が抜けると、部員は2年生の男子8名だけとなってしまいます。
寂しいですが仕方がありません。

三送会は、例年通り後輩の保護者の方々が段取りをとって下さり、
バーベキューでお肉を頂きました。いろいろと準備、お疲れ様でした。

三年生、一人一人から後輩や先生方に向けて一言ずつありました。
しげ坊は、会を開いてくれた事へのお礼と後輩に向けて
「皆は釜石東中学校の歴史の中でバスケ部最後の部員となるのだから、
楽しむ事が一番だけど、何か結果を残せるといいですね。」と話していました。
それを受け後輩キャプテンが「最後で優勝だったらカッコイイと思いませんか!!」
と頼もしい目標を話してくれました。

151027_s02re.jpg

3年生の仲間  真ん中:しげ坊

高校生になってもバスケを続けると言う、しげ坊。
小学4年生の時震災を経験し、仮設校舎での部活動は充分な環境ではなかったのですが、
楽しかったバスケ部生活だったようです。
仲間皆とご指導下さった先生方にありがとうございます、ですね。
高校は皆それぞれ別々になるかもしれませんが、
中学校生活の経験を糧に今後の人生を切り拓いていってほしいと思います。

佐藤和香子
 

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学校へ行こう週間

うちの娘(もんちゃん)の通う釜石高校には、「学校へ行こう週間」と言って、
例年普段の授業や部活動等の様子を、保護者や地域の方々が見学できる機会があります。
文化祭「釜高祭」一般公開日を含む5日間です。

小中学校までは、授業参観や運動会、学習発表会、
文化祭等と定期的に学校へ足を運ぶ機会もありますし、
親としてもなるべく行って見なくてはと言う意識がありますが、
高校となるとなんだか行きそびれてしまっています・・・。
でも、今回は「学校へ行こう週間」ということもあり、
初めてもんちゃんの部活動ボクシング部の様子を見に行ってきました。

練習の途中から見ましたが、シャドーやミット打ち、サンドバック打ち等の他、
リングに上がってスパーリングの練習をしていました。
スパーリングでは、結構顔にパンチをもらっていました。
やはり、見ているとしんどくて、心臓に悪いな~と思います。

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女子の方が多いボクシング部

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一瞬一瞬を全力で

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あ~疲れた~

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「釜石よいさ」太鼓お囃子隊にて一緒に参加した仲良しさんと

もんちゃんが自分から積極的に選んだ部活動だけど、
顔を打たれたのを見て「なぜにボクシングだったのかな・・・」と改めて思い聞いてみると、
きっかけは「いわてスーパーキッズ」の発掘育成事業で
ボクシングに適性があると言われたことだった。
全然わからないスポーツだから怖さもあったけど、
人の命を奪う恐ろしい津波からなんとか助かったのだから、
これ以上怖いものはないだろうと思った。
前向きに新しいことにチャレンジして頑張ってみたいと思ったのだとのことでした。
また、東日本大震災を経験して一番つらかったことは、自分の事でと言うよりも、
自分よりつらい思いをした友達の事を想う時だったと言っていました。 
そんな話を初めて聞いて、思わず涙が出てしまいました。
大津波から逃れる経験をして、当時小学生だった子供たちもとても怖い思いをしたと思います。
それに、何もかも失ってこの先どうなるのだろうという不安も、子供ながらに感じたと思います。
今回、話をしてみてもんちゃんなりに震災を受け止め知らず知らずに成長していたのだなと思いました。

実は、今まで家庭の中で震災の話はあまり深く話してこなかったなと思います。
とにかく、前に進むことに一生懸命で。
でも、子供たちの成長と共に少しずつですが、つらい記憶も話せるときがきたのかもしれません。

主人が言っていました。
新築したばかりの家、会社、子供たちの学校も流され、大変なことになったと思ったが、
親が不安に思っている様子を子供達には感じさせたくないと必死だったと。
苦しい時だからこそ、前向きに頑張ってみようと思って来たと。
そういう気持ちで暮らしてきたことが、少なからず子供達にも影響していて、
自分の道を前向きに選ぼうとしてくれたのかなと思いました。

震災から4年半が経ちましたが、震災の事は昨日の事のように鮮明に思い出しますし、
まだまだ仮設住宅で暮らしている方々や、今後の見通しが付いていない方々も沢山いると思います。
最近もいろいろな自然災害が起こり、被災された方々の様子を見ると、
当時の気持ちに引き戻されてしまいます。
でもそれと同時にいろいろな方々に支えられたことを思い出します。
会社や自宅を再建し少しずつですが普段の暮らしを取り戻しつつある今ですが、
感謝の気持ちを忘れず、今後も前向きに頑張っていきたいなと思います。

佐藤和香子
 

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釜石よいさ

東北の夏休みは短い。お盆が過ぎるとすぐ始業式です。
心なしか、夜風も冷たく感じる今日この頃・・・。

うちの娘(もんちゃん)は、8月8日に行われた「第27回釜石よいさ」のお祭りに参加しました。

「釜石よいさ」とは、毎年釜石の夏の風物詩として親しまれてきたお祭りです。
釜石は近代製鉄業発祥の地で最盛期の人口は9万人を超えていたそうですが、
製鉄所の高炉休止に伴い年々人口が減少しています。
更には、東日本大震災の影響により現在は3万6千人程となってしまいました。

150826_s01.jpg1987年、高炉休止で街の活気が失われていた当時、
地域に元気を取り戻そうと地元の若者たちが中心となって始めたお祭りだそうです。
郷土芸能「虎舞」をイメージした手踊りと「さーさ、よいやっさ」の掛け声で街を練り歩きます。
踊り手たちを先導する「よいさ小町」と太鼓や笛、掛け声の「お囃子隊」がいて、
もんちゃんはお囃子隊の太鼓で参加しました。

150826_s02_2.jpg150826_s03.jpg150826_s04.jpg

 左)もんちゃん

高校ではボクシング部に入部したもんちゃんですが、同じボクシング部の仲良しさんと一緒にお祭り参加です。
本番を迎えるにあたり、もんちゃんは太鼓の練習をしてきました。
初めてですが、仲間と一緒に楽しく練習している様子でした。

今回は第27回目のお祭りという事でしたが、東日本大震災以降2年間は開催が途絶えていました。
沢山の方々のご協力により復活したお祭りも、今年は震災後3回目とあって、
1800名の参加者と6000人の観客数とのこと。
雨空が心配されていましたが震災前に近い参加者数とのことで、
本来の釜石の夏の風物詩らしくなって来たようです。

その日は仕事の為、私が観に行けたのは最後の方だったのですが、
丁度もんちゃんがステージで太鼓を叩いているところが見えました。
練習で親しくなったお囃子隊の仲間と楽しそうにしていました。
踊りで参加している方々も市内外から参加されていて、
遠くからいらして復興の手助けをしてくれている方々もいました。ありがたいですね。
楽しそうに踊る人たちを観て、なんだか元気が出てきました。お祭りっていいですね。

佐藤和香子
 

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使い捨てカメラ ~The spirit of obon~

物置を漁っていた妹が偶然発見した、古い使い捨てカメラ
誰が何を撮ったカメラなのか不明でしたが、妹はさっそく現像に出しました。

お盆初日の8月13日に現像された写真が帰ってきました。
中身は私が成人式の時(約11年前)に撮った物でした。

150817_s01re.JPG
150817_s02.JPG
津波で亡くなる前の、元気だった頃の祖父母と一緒に撮った写真や、
津波で被災する前の町の様子が写った写真もありました。
お盆中は霊界からご先祖の霊が帰ってくると言いますが
祖父母がそれに合わせて帰ってきたような
そんなおセンチな気持ちになるサプライズでした。
当時は「こんな写真だれが見返すのかね」なんて思いながら撮影しましたが
今となれば撮っておいて良かったな~と思えます。

小笠原大志
 

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安全祈願祭

7月、釜石市鵜住居地区学校建設工事の安全祈願祭がありました。

150810-S01.jpeg東日本大震災の津波で全壊し、現在は仮設校舎で授業をしている
釜石市立釜石東中学校、鵜住居小学校、鵜住居幼稚園の建設工事です。
高台に建設され、地域住民の緊急時の避難所としても活躍するそうで、
食料や毛布など収納する防災備蓄庫も設置されるとのことです。

地域の避難所というと学校を想像するかもしれませんが、
以前の学校は海にほど近く、避難所としての認識はありませんでした。
学校では、日頃からここ30年以内に起こりうるだろうと予想されていた
大地震の津波に備えて、避難訓練をしておりました。
でも、結果的には避難場所としていたところにも津波は襲い掛かりました。
もしも、あと数分の間、そのままそこに留まっていたら
沢山の子供たちの命は助からなかったことでしょう。
その場の状況判断で、もっと上へと避難したので助かったのです。
その場におられた先生方や地域の方々、消防団の方々の判断が良かったのだなと、
とても感謝しています。

うちの息子(しげ坊)は、釜石東中学校の生徒会長をつとめており、
この安全祈願祭の「鍬入れの儀」へ、
釜石市長、鵜住居小学校児童会長と共に参加させて頂きました。

150810-S02.jpeg

胸に赤いリボンをつけて

150810-S03.jpeg

報道陣の方々の隙間から写真に収める

150810-S04.jpeg150810-S05.jpeg釜石市長をはじめ各関係者の方々が100名程参加しており、厳粛な儀が執り行われました。
このような式に参加させて頂けるような経験はそうそうないだろうと思い、
カメラ片手に私も便乗して会場へ行かせて頂きました。
木の陰からそっと覗くつもりだったのですが、
そこは山を削った見晴らしが良い高台の整地された広い敷地で、隠れる木などありませんでした・・・。
その高台に立つととても高くて、階下には見渡す限りかさ上げ等の土砂が積まれており、
その間をダンプカーが行き交う姿がとても小さく見えました。
神事の笛の音と共にダンプや重機のガチャガチャとした音が、霧に覆われた鵜住居町に鳴り響いておりました。

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高台から見た鵜住居町一角

150810-S07.jpeg

鍬入れのリハーサルの様子

式が終わった後、しげ坊は各取材陣の方々から、いろいろ聞かれた様子。
震災当時は小学4年生で津波の迫る中逃げた事や、
瓦礫の流れる音と砂ぼこりがすごかった事、
建築地は海抜26メートルで東日本大震災の時と同規模の津波が来ても大丈夫だろうという事、
自分たちは入れないが、後輩には安心して楽しい学校生活を送ってほしい等と話したようです。

2017年3月完成予定で、現在中学1年生の卒業式は、新校舎で行う予定とか・・・。

甚大な被害と死亡者が出た鵜住居町ですが、もしも初めからこの高台に学校があれば、
地域の方々の避難所となり、多くの命が助かったのだろうなと思います。

学校の建設に伴い、宅地の整備が整えば自宅の再建をする方々もいると思います。
学校建設を機会に活気ある町になってくれると良いなと思います。

佐藤和香子
 

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ビロードモウズイカ

150803_o01.jpg私の職場の敷地に謎の植物が生えています。
やたらと存在感があるこの植物、一見タバコにも似ていますが、
タバコはナス科の植物であり、この植物はナス科には見えません。
お浸しにでもすれば美味しそうに見えるこの植物、
震災前にはあまり見かけなかったように思います。
同僚の一人は「セイタカアワダチソウじゃないかな」と言いましたが
それとも違う感じがします。
ネットで調べてみたころ、「ビロードモウズイカ」という名前の植物だとわかりました。
ビロードモウズイカは明治初期に日本にやってきた植物で
「日当りのよい撹乱された土壌を好む」とのことでした。
たしかに、私の職場は震災後に新しく建てられたものなのですが
その際に掘り返された瓦礫がそのままになっている場所があり、そこに良く生えています。
日当たりも良いのでビロードモウズイカには過ごしやすい場所なのでしょう。
こうして町を見渡してみると、
復興工事のために掘り返された場所にはよくビロードモウズイカが生えています。

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こんなところにも(中央の細長いモコモコした花茎がある植物)

ビロードモウズイカは「先駆植物」と言って、災害などで荒れ果てた土地に最初に芽吹く植物なんだそうです。
しかし、ほかの植物が生えそろった後や、畑として耕された土地では他の植物に負けて生えなくなるそうです。
ビロードモウズイカがこんなに見られるのは復興工事をしている今だけなのかもしれません。
人間だけでなく、植物も震災の影響を受けつつも復興(?)に向けて頑張っているようです。
ちなみに浸して食べることはできないようです。

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職場の敷地にある瓦礫置き場に生えたビロードモウズイカ

 

小笠原大志
 

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中学3年生 行事がたくさん! 「中総体」編

6月、中学校総合体育大会がありました。
バスケットボール部に所属する、うちの息子(しげ坊)にとっては、中学校生活最後の大会となりました。
小学2年生からずっとスポーツ少年団で野球をやってきましたが、
中学に入学してからは、どうしてもやってみたいとバスケットボール部に入部したしげ坊。
初めに言われたときは「えっ!?なんで?ウッソー」と思いましたが、
本人がやりたいことをやるのが一番と思い応援してきました。
前回にも書きましたが、今年釜石東中学校に入学した生徒数が少ないため、部活動数を削減する事となり、
今年の新入生からバスケットボール部は男子女子とも入部打ち切りとなってしまいました。
既存の部員のみでの活動となり、寂しい限りです。

試合は、全然勝てず残念な結果となってしまいました。

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先生から総評を頂く

顧問の先生は、今年から釜石東中学校に赴任された先生で、
しげ坊にとっては短い間(たったの2か月間)しか一緒に活動できませんでしたが、
いろいろな機会や新しい発見も下さいました。もう少し長く学びたかったなと思います。

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応援してくれた、保護者等へお礼

「頑張ってもうまく行かない」ことがあることを経験して悔しさもあると思います。
でも、しげ坊としては好きなバスケットボールを楽しみながら出来て良かったのではないかなと思います。
狭い仮設住宅暮らしの中、毎日のようにボールをもってハンドリングなどの練習に励んでいましたし、
バスケット経験のあるうちの主人とのバスケ談義は、いつも盛り上がって話しており
「親子の会話」も絶えませんでした。
仮設校舎での部活動も何かと不便なところもあったかと思いますが、
そういう事への文句は一切聞きませんでした。
「仮設だからとか被災したせいで…」という言い訳は無しと決めていたのでしょう。
逆に、仮設校舎にてbjリーグ岩手ビックブルズの選手と触れ合う機会もあり、
間近でプロのプレーを見て刺激をもらうことも出来ました。

中総体も終わり、部活動も引退です。とうとう受験生となってしまいました。
今後は高校の説明会や一日体験入学など受験生としての予定がいろいろです。

きっと、高校生になってもバスケットは続けるのだろうと思います。
何事も楽しみながら頑張ってもらいたいものだなと思います。

佐藤和香子
 

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祝!!釜石橋野高炉跡 世界遺産認定

橋野高炉跡…国内に現存する最古の洋式高炉跡として国の文化財に指定されていて、
日本の製鉄産業の近代化を象徴する史跡とのことです。
うちの子供達の通った釜石鵜住居小学校や釜石東中学校の「学習発表会」や「文化祭」では、
何度かこの橋野高炉を題材にした劇や発表を目にしてきましたが、
まさか世界遺産になるとは思いませんでした。
世界遺産に認定され、観光客の受け入れに伴い、
橋野高炉跡付近をはじめ、いろいろと整備されることと思います。
釜石市は2019年ラグビーワールドカップの開催地にも決定しましたし、
世界遺産認定は、更なる復興への力になってくれるといいなと思います。

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橋野高炉跡

でも、震災の影響ももちろんあるのですが、釜石市の人口は年々少なくなっています。
今年、釜石東中学校に入学した1年生も人数が少なく、とうとう1クラスとなってしまいました。
うちの息子(しげ坊)はバスケ部の新入部員の獲得の為、いろいろと考えていたようですが、
人数減少のため部数を削減することになりました。
しげ坊の所属するバスケ部は、男子も女子も新1年生は入部打ち切りとなり、
今現在いる部員のみでの活動となってしまいました。
仕方のないことですが、当人がガッカリしているのを見ると残念だなと思います。
また、入部したくても部がないので入部できない、学べないという子がいたなら
本当にかわいそうだなと思います。

人口が少ないと、出来ない事や不便な事が沢山あります。
もちろん、良いことも沢山あるのでしょうけども。

先日、バスの時刻の件で本当に不便だなと思ったことがありました。
地下鉄やJRなど他の交通手段を選ぶことが出来れば良いのですが・・・。

釜石東中学校の生徒は震災により点々バラバラに暮らしており、
学区外通学をするため、平日はスクールバスで通っている子がたくさんいます。
うちのしげ坊もその一人で、片道約15kmの道のりをバスに揺られて行きますが、
先日土曜日、部活動と執行部の用事で学校へ行くため、
路線バスに乗って行きました。(土曜日はスクールバスがないので)
9時からの部活動に間に合うようにするには、6時45分頃には家を出て、
約2km歩いてバス停まで行き、路線バスに乗ります。8時ころには学校につきます。
ちょっと早過ぎですが、次のバスだと間に合わないので仕方がないです。
9時の用事に間に合わせるために2時間以上も時間が必要です。
しかも、帰りは最寄りのバス停から乗るためには最終15時17分のバスに乗らないと帰れません。
それ以降のバスが無いのです。(15時台が最終って…と思いますが)

その日は、執行部の話し合いが長引いて、終わったのが16時を過ぎてしまったようです。
それで、自力で家に帰るには、違う路線から出ているバスに乗ろうと考えたようです。
そのバスが通るバス停までは中学校から4kmぐらい歩かなくてはいけません。
そしてうまくバスが来れば良いですが、約1時間に1本のバスなので、
時間が合わなければ被災して何も無い場所で(見渡す限りかさ上げ用の土が山のように積まれています)
1時間近くも待たなくてはいけません。
せめて友達が一緒ならおしゃべりして待つのかもしれませんが・・・。

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見渡す限りかさ上げ用の土だらけのバス停

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かさ上げ用の土…近くで見るとすごく大きいです
白い点々はシートが飛ばないようにするため?の土のうです(すごい数)

結果、その違う路線のバス停まで行こうと雨の中黙々と歩いていると、
同級生のお母さんが車で通りかかり、家まで送ってくれたとのことでした~!本当にありがたい!
しかも、見かけてわざわざUターンして戻ってきて乗せてくれたとか…。
「本当に助かった~。何時に帰れるかわかんねぇと思って歩いてた~。
もしも、○○○が(その同級生)が同じように歩いているのを見かけたら、
かあさんも車に乗せてあげてけでね(ちょうだいね)。」と、しげ坊。

先日修学旅行にて、班行動で子供たちのみで目的地へ行き研修し、
決められた時間までに戻って来るという「自主研修」がありましたが、
土地勘の無い東京で大丈夫かなと心配しました。
でも、釜石の交通の便を考えると、東京はリカバリーする方法がたくさんあるので、
むしろ全然心配いらなかったな!と思えてきました。

復興に伴い、いろいろな点も改善改良して、住みよい町になると良いなと思います。

佐藤和香子
 

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高総体 ボクシング大会

先日、第67回岩手県高校総合体育大会がありました。
うちの高校2年生の娘(もんちゃん)は、ボクシング競技、実践の部ライトフライ級で出場しました。

150702_s01.jpeg結果はなんと準優勝!!上出来だと思います。
女子の試合は、2分3ラウンドのたった6分間の戦いですが、
見ている方も変に力が入ってとてもエネルギーを使います。
ボクシングは、他のスポーツ観戦となんか違います。
なんだか、勝っても負けても涙が込みあげてきます。
うちのもんちゃんの試合だけでなく、他の子の試合でも(全く面識のない子でも)観ていると
なんだか涙がにじんで来てしまいます。これは、なんでしょう・・・? 私だけでしょうか・・・。
ボクシングの試合を観るのが慣れていないからでしょうか・・・。

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リングにあがるもんちゃん

いくらヘッドギアやグローブを付けていると言っても、
一発一発衝撃がそれなりにあるのですよね・・・きっと。
もんちゃんの準決勝の試合では、相手の子が鼻血を出しました。
決勝の試合では、終わった時もんちゃんの唇がうっ血していました。やっぱり、痛いですよね。
相手の痛みも一緒に味わいながら、対戦しているのでは?と思います。

150702_s03.jpegスタミナとの戦いもありますね。1ラウンド2分間(女子)とは言え、
ずっと力を出して動いているって結構つらいと思います。
特にもんちゃんは持久力が足りないので、
後半は疲れて思うように体が動かなくなってきているのが分かりました。
持久力を鍛えなければいけませんね。

もんちゃんは、この日を迎えるにあたり、2か月ほど前から減量のためいろいろと気を付けてきました。
食事は油ものを食べないようにするとか、おやつは禁止とか、
朝はしっかり夜はあっさり等、カロリーに気を付けて。
最後の1か月の夜ご飯は毎日ダイエットゼリーのようなものだけで済ませてきました。
練習量が増すと、筋肉が付いてなのか重くなってしまい、
「え~なんで~。頑張っているのに重くなってる~」というような事もあったり、
しまいには減りすぎてしまったりして、微妙な調整が必要でとても神経を使います。
本人が、割とあっさりと「今日もゼリーでいいよ」と苦が無いような感じで言っていましたが、
親としては、食べ盛りの子供に食べさせないようにするって、本当につらいです。
息子(しげ坊)は、
「自分もねぇちゃんと一緒に食べないようにするってのは、絶対無理だから、
何でも普通に食べるけど、あまりおいしそうなそぶりはしないようにして食べてる」
と、しげ坊なりに気を使っている様子・・・。(気を使っていると言えるのか?と思いますが・・・。)

つらさを同じように共有している仲間同士だからなのか、
応援の掛け声も、他のスポーツとは違うな~と感じます。
コーチをはじめ皆、試合中はずっと
「行け!行け!」「ガード!!」「ワン、ツー」「ボディーボディー!!」等、
ひっきりなしに声をかけて応援してくれています。
選手からすれば、この掛け声がだいぶ力になるのではと思います。

今回の大会は、もんちゃんの先輩方にとっては高校部活動の集大成となるような大会のようです。
先輩方は、この大会を最後に引退とのこと・・・。先輩との別れを惜しむ涙もありました。

皆のこの大会に賭けるいろいろな思いが、
短い一つ一つの試合に見え隠れするので、涙が込み上げてしまうのかな・・・と思います。

2016年には、第71回国民体育大会が、「希望郷いわて国体」と題して開催されます。
被災地岩手県ですが、県内各地で沢山の競技開催の準備が行われています。
丁度、もんちゃんの年代はいわて国体エイジでしょうから、
皆の若い力で頑張ってスポーツの祭典を成功させ、復興の力になってくれるといいなと思います。

佐藤和香子
 

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中学3年生 行事がたくさん!「運動会」編

5月、釜石東中学校運動会がありました。
うちの息子(しげ坊)にとっては、中学生活最後の運動会です。

朝は結構な雨(傘が必要なほど)が降っていたので、
今日はなしだなと思っておりましたが、なんと決行とのことで、慌ててお弁当作りです。
しげ坊の運動会定番メニューの栗おこわを作りました。
運動会を見るのもこれで最後か…と思いながらも、
センチメンタルな気分になる余裕もなく、バタバタと準備をして出発です。
今回は娘(もんちゃん)も一緒に見に行けるとのことで、
洗濯物を干してもらったり、弁当の準備を手伝ってもらったりと、もんちゃんも一緒にバタバタです。

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入場行進 先頭…しげ坊

生徒会長をつとめるしげ坊の開会挨拶は、
「温故知新 ~作り上げろ心(しん)の絆を今~」のスローガンのもと、
先輩方の素晴らしい姿を振り返り、本日まで練習を積み重ねて来たことと、
心を一つにして真の絆を築きあげ、自分たちの力で感動を生み出そうとの事でした。
また保護者、地域の方々へのお願いで、「助けられる人から助ける人へ」をテーマに
ネパール地震にて被災された方々への募金に協力をとの呼びかけがありました。
釜石東中学校は、東日本大震災で被災した時、ネパールから支援を頂いたので、
恩返しをしたいとのことでした。

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生徒会長(しげ坊)挨拶とネパール地震の募金呼びかけ

東中運動会の楽しみの一つに東中ソーランがあります。
腰を低く構えて、結構動きがハードです。
そのためか、あらかじめアンコールはなしとの注意書きがプログラムにありました。

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東中ソーラン始まりと終わりの合図、大太鼓

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支援で頂いた半てん 裸足姿で

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東中ソーランも見納め…山の緑と海の青

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運動会最終競技種目 対抗リレー(アンカーのしげ坊)

しげ坊も来年は高校生。
我が家の運動会お弁当作りも、これで最後となりました。(孫の代にまたあるかも?!)
うちの子だけでなく、小さいころから知っている近所の子供たち
(今は被災して、てんでんばらばらですが・・・)の元気な姿や成長を楽しんで見る機会も、
残り少しかなと思います。
雨で心配しましたが、結果、だんだん晴れてきて、とても楽しい運動会となりました。

佐藤和香子
 

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中学3年生 行事がたくさん!「修学旅行」編

4月、進級早々、息子(しげ坊)が修学旅行で東京方面へ行ってきました。

ディズニーランドでは、同じ釜石市内の中学校の子達や、
「いわてスーパーキッズ」で一緒の岩手県内の子達に会ったようです。
岩手の中学校修学旅行は皆、ディズニーランドは定番なんですね。

「半袖のワイシャツ持って行って良かった~。東京27℃だった~。」と、
帰って来て第一声がそれのしげ坊。
しげ坊は準備の時、半袖はいらないと思うと言っていました。
「もし暑かったら学ラン脱がなきゃいけないし、
その時に半袖だったら『えっ?』って思うでしょ。」…と。
その「えっ?」は、今この季節、釜石ではいくら暖かくても、
さすがに半袖で歩いている人はそうそういないという気温だし、
春に半袖は早いという東北の季節感があるからです。
東京の週間天気予報を見ると大荒れでひょうが降るかもしれないし、
その後はパッと夏日のようになるかもと言うので、念の為、頑丈な折り畳み傘と半袖を持たせました。
ひょうには一瞬だけ遭遇したようです。

修学旅行の観劇はいつも「劇団四季」を観に行っていたようですが、
今年は、「ボカピープル」と言うアカペラとヒューマンビートボックスを合体させたような
パフォーマンスグループの公演を観て来ました。衣装やメイクが真っ白で面白かったようです。

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修学旅行報告会でボカピープルをやった子供達…(一番左)しげ坊

「自主研修」は、班(5~6名)だけでの行動で、
子供たちだけでいろいろな交通手段で目的地へ行って研修して、
決められた時間までに帰って来るというものです。
土地勘のない所で大丈夫かなと思って心配していましたが、難なくこなしたようでホッとしました。
(先生からメールで無事集合場所に皆戻ってきたとお知らせがありました。ありがたい!便利!)
しげ坊の班では、習志野駐屯地、第1空挺団へ行ってきたようです。
落下傘部隊の訓練等を見学してきたようですが、
釜石市の隣町大槌町出身の方が案内してくれたそうです。
震災の時、自衛隊の方々の活動を見て、
大変なご苦労をされながらも、活躍されている姿を知っているので、本当にありがたいなと思います。

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東京タワーの高さのヘリコプターから落下するところを見学したそうです!!

以前はそのようなことを考えたりはしなかったのですが、東日本大震災を経験してからは、
どこか遠くへ行くとなると「大地震が起きたら大変だ!その時はどうするべきか・・・」と思って怖いです。
釜石にいても決して油断はできませんが、土地勘があるし、
震災でどこまで津波が来たかと言うようなこともある程度知っているので、
もしもそういう事態に遭遇しても、油断せず避難するだろうと思います。
場所が変わっても、津波に追いかけられて逃げたこの東中学校の子供たちが、
もしもそのようなことに遭遇しても、
きっと大丈夫、自分たちで最善と思う方法で避難するだろうと信じています。

丁度、韓国船沈没事故から1年のニュースがテレビで放送されていました。本当に胸が痛みます。
うちの子供達とそうそう年の違わない子供達が沢山亡くなったことを思うと、本当に辛いです。
当時の子供達の会話等から、このままでは沈んでしまうのではないかと恐怖に思っているけど、
船内アナウンスの「留まるように」の指示を守って亡くなってしまったのだなと感じます。
団体では勝手な行動はタブーです。でも、東日本大震災を経験して、
「津波てんでんこ」・・・津波でなくても有事の際は、
各自が最善と思われる方法で自分の命を守ることは、大事だなと痛感しています。

…そうは言っても、震災のあの日、私は、「大丈夫だろう」と思っていた人の一人です。
安易に、「ちょっと子供たちの所に行ってみるね。」と言ったら、
父に「女の足で行けるようなものじゃない!!」と叱られて、会社の近くの高台に避難しました。
まさかと思っているうちに会社や子供たちの学校が津波で流される様子を見たのです。
もしも、あの時叱られず子供たちの所へ行っていたら、今ここにいなかったかもと思います。
私の代わりに主人が子供たちの所へ駆け付けたのですが、
途中、車が渋滞していて車を山の方へ上げ走ったそうです(結果、車は流されました)が、
もしもそれが私だったら…たぶん車の中で渋滞が解けるのを待っていて、
車ごと津波に飲まれたかもと思います。今思うと、本当に怖いですね。
でも、事実、そう思ってしまった私がいます。

佐藤和香子
 

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薪ストーブ

震災から丸4年という事で、テレビ等でいろいろと取り上げられていましたね。
それを目にするたび、当時の思いに引き戻され胸が痛くて涙が出てしまいます。
・・・が、私たちは前を向いて生きていかなければいけません。
亡くなった方々の為にも、支えてくださった方々の為にも、現状をしっかりと受け止め、
復興と伝承を続けていかなくてはいけませんね・・・。


祝!!ラグビーW杯日本大会開催地、釜石決定!!
津波で流された、娘(もんちゃん)、息子(しげ坊)の母校、
鵜住居小学校、釜石東中学校の跡地に2019年ラグビーW杯誘致の為、競技場が出来ます!!
復興の力になってくれることと信じて、ちょっとラグビー勉強しようかな・・・。
日本選手権7連覇もしている新日鉄釜石ラグビー部の歴史があるというのに、
釜石市民がラグビーのルールも分からないようでは駄目ですね!!
(全然わかりません。すみません・・・。)
2019年は、是非観に行きたいな~。


再建した家での暮らしにだいぶ慣れてきました。
やはり薪ストーブはとても暖かく良いです。
いつまでも、パチパチと燃える炎を見ていても飽きませんし、
体の芯から温まるような気がします。でも、その一方で大変さもあります。
やはり、薪の調達や備えが大変です。薪が結構重くて年をとったら重労働だなと思います。
今の所、息子(しげ坊)が、率先して手伝ってくれるので助かっていますが・・・。

150325_s01.jpegまた、暖まるまでに結構時間がかかります。
焚き付けの火が本薪へ移り暖かい空気が対流するまで、
チラチラっと様子を見ながら空気の調整をしたりダンパーを閉めたりと作業があります。
その日の気温や風の様子、薪の渇き具合、薪の置き方・組み方によっても、暖まり方が違うようです。

火付け役は、おのずと一番先に家に帰宅するしげ坊になります。
先日は疲れていたのかストーブの前で火の番をしながら眠っていました。

150325_s02.jpeg火の番人しげ坊・・・zzz

新築してすぐ津波で流された我が家でしたが、その家の薪ストーブに興味津々だった、
当時小学4年生のしげ坊を思い出します。
子供心に、そのアナログ式な暖房がおもしろかったのでしょうね。
本当に数日しか薪ストーブに火を入れることが出来なかったのですが、
新しい隣人さんのおじいちゃんが「焚き付け用に良いよ」と裏山の杉の木の枯葉を集めてくれたりして、
親の私たちよりも先に、しげ坊と仲良くなってくれていたようでした。
良いお隣さんにも恵まれたと思っていたのですが、残念ながらその方は、
震災の時ご近所の方々の避難誘導をされていて、逃げ遅れお亡くなりになりました。

今こうして元気に過ごせていることに感謝しながら、前向きに頑張りたいです。

150325_s03.jpeg薪ストーブ定番料理、焼き芋

150325_s04.jpegウッドデッキにて・・・

150325_s05.jpeg焼き芋堪能中

佐藤和香子

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ひな壇飾り

だいぶ寒さも和らぎ始めてきましたね。もうすぐ春ですね。

先日、親戚からうちの娘(もんちゃん)へとひな人形を譲り受けました。七段飾りの立派なひな人形です。
立札に昭和49年贈呈となっており、41年前の人形だなと分かります。その親戚の方が言うには、
「うちは孫もなにも男の子ばっかりで、しばらく飾ることもなかったのだけど、
あっ、そうだ、ももちゃんがいるじゃない!!と思って」とのことでした。
久々にひな人形を飾りました。五人ばやしの細かい楽器や、右大臣、左大臣の弓矢など持たせながら、
良く作られているな~と感心したりして。
「五人ばやしの真ん中の人は、岩手ビッグブルズの千葉慎也選手に似てる!!」とか、
「三人官女の一人だけ眉毛ないね」などと話しながら楽しく飾りました。
もんちゃんは「仕丁」の笑顔のおじいさんが好きだそうです。

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もんちゃんが好きなおじいさん人形・・・帽子をうまくかぶせられず断念

震災後は、仮設住宅暮らしで「仮設だから、仮暮らしだから、まぁいいか・・・」なんて、
四季折々の行事は省略して来てしまったのですが、こうして雛人形を飾ってみると、
昔から代々受け継がれてきているものとか、伝統行事って良いな・・・と思います。

今年は正月早々から、インフルエンザにかかってしまい、
毎年行っている主人の実家へ行くことが出来ませんでした。
いつもおせち料理を準備していてくれて、赤い漆のお皿と箸袋に
ちゃんと私たち家族一人一人の名前を書いて出してくれます。
お正月らしい趣があります。今年は、寝正月となってしまい残念です。

最近は節分に恵方巻きを食べる行事があるようですが、
我が家は今まで一度もやったことがありませんでした。
今年の節分はやってみよう!と思い、夕食に太巻きを準備しました。
うちの息子(しげ坊)に今年の恵方はどこか調べてもらって、ルールに従って
皆でその方向を向いて、心の中で願い事をしながら無言で食べきりました。
でも、途中で「なんだこれ!家族みんなで同じ方向見てなんか面白いな・・・
この太巻き思いのほか大きいな・・・食べきれるのか!?」などと思ってしまったら、
笑いが込み上げてきました。
みんなも同じように感じていたのか、誰からともなく「ふふふ、くくく・・・」と笑い出し、
皆で声を出さずに笑いながら無言で食べきるのは苦しくて大変でした。
「みんなの願い事は何?」と聞くと、うちのパパさんは「家族の健康」と言っていましたが、
もんちゃんは「なんだかおかしくて、おかしくて、願い事するの忘れた~あはははは」
と言っていました。(意味ないじゃん)
「我が家はこの行事に向いてないかも」と、パパさんの一言でした。

私が子どもの頃、正月はじぃちゃん、ばぁちゃんの家に親戚みんなで集まって、
杵と臼で餅つきをして、アツアツの柔らかい餅を皆で丸めて食べました。
節分には、ばぁちゃんが落花生の殻に切れ込みを入れ、
ちょっとしたプレゼントを書いた小さな紙を仕込んでいて
「鬼は外~福は内~!!」と落花生まきをしました。
子供たち皆で「わーわー!!」と言いながらその豆を拾って食べながら、
どれだけプレゼントをゲットできたかと、にぎやかだったことを思い出します。
ちょっとしたプレゼントとは、10円、50円などの小銭や、
砂糖、醤油、油、洗剤などだったような気がします。
なんだか時代を感じますが、とても楽しかったことと、
ばぁちゃんが、そんな風に孫たちを楽しませようとしていてくれたことを改めて感じます。
良い思い出です。

佐藤和香子
 

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釜石の今を全国へ!No.28

皆さん、こんにちは!
2015年になりました!
今年もよろしくお願いします!
 
今年初めてのブログの投稿になります!
1月11日(日)、釜石市では成人式が行われ、
私も成人式に参加してきました(^o^)
参加者数はおよそ300人でした。
朝から風が強く、セットした髪型も崩れそうになりながらも
午後2時からの「釜石市成人の集い」に参加しました!
 
私は、朝7時から美容室へ行きました!
午前中は祖父母の家や親戚周りに行って来ました。

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☆みんなで集合写真(^o^)

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☆祖母と!!

午後には友人と待ち合わせをし、式に行きました!

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☆久しぶりの再会でした!

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☆みんなで!!

会場についてからは、中学や高校時代の同級生と久しぶりに再会し、
写真を撮りました(^○^)☆
 
約1時間にわたる式では郷土芸能の発表などがありました。
 
式が終わってからは、会社の同僚と職場へ振袖姿を見せに行ってきました☆

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☆会社の同僚と!!

夜には中学校の同窓会がありました(^○^)
 
参加することができなかった人も何人かいましたが、当時の担任の先生方も参加してくれて、
とても盛り上がり、とても楽しい時間を過ごすことができました!!
 
前日には思わぬトラブルがありましたが、何とか乗り切れたのでとても安心しました。
 
久しぶりの再会で中学の時との印象がガラッと変わってしまっていて、
あれ、あの人は誰だ?と思う友人も多々いました…(笑)
 
私は中学校の同窓会の幹事で、夏あたりから準備をしていました。
参加してくれたみんなが楽しんでくれていたので、幹事をしてよかったなと
同窓会が終わってから改めて思いました。
一生の思い出になりました!!

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☆中学の同級生と!その1

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☆その2

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☆その3

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☆集合写真!!

高校を卒業したあと、釜石を離れた友人とも久々の再会をしました!
卒業後は、専門学校や地方での就職など
それぞれ色んな方面で頑張っているという話をたくさん聞きました。
私は釜石で働いていますが、釜石を出た友人と同じように
私自身も今まで以上に今の仕事を頑張っていこうと改めて思いました。

最後に、成人式を迎え、社会からはもう大人というくくりで見られると思います。
中身はまだまだ未熟ですが、これからは今まで以上に
何事にも真剣に頑張っていかなければいけないなと思いました。
3月で震災から4年になりますが、亡くなった同級生の分まで私はたくさんの事を学びながら、
これからもっと成長していけたらなと思いました。
 
まだまだ寒い日が続くと思います。
インフルエンザも流行っているので皆さん気を付けてくださいね!!

山崎佑香
 

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新年あけましておめでとうございます。

本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

昨年は、娘(もんちゃん)の進学や自宅再建などもあり、
バタバタと落ち着かない1年だったと思います。
やはり、環境が変わると何かとエネルギーを使いますね。

お陰さまで、11月から新居で暮らし始めています。
少しずつこの暮らしに慣れ始めていますが、
仮設住宅の方の片づけ等もあり、まだゆっくりできておりません…。
引っ越しは、息子(しげ坊)が、いい具合に力仕事を担当してくれましたので、
他人の手を借りることなく、お父さんと2人で頑張ってくれました。
私は、もっぱら口出し係です。
もんちゃんは、高校で入部したボクシング部の遠征続きで、
ほとんど家にいない間に引っ越した感じです。

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新居左右子供部屋。壁を隔てて姉弟「フュージョン!!」
*もちろんもんちゃんからの提案によりやらせられるしげ坊。

初詣は、いままで住んでいた仮設住宅の隣にある神社へ行きました。
今までは、徒歩2分(!?)でしたが、今回は積もった雪を払って車で向かいました。

150114_s02.jpegうちの父と母も、震災により想像もしていなかった隣市の遠野市の住民となり、
早いもので3回目の冬を過ごします。
同じ岩手県内でも釜石市と遠野市ではだいぶ気候の差があり、
釜石市から毎日通勤している私たちもその差を実感しています。
どちらにも良い所はありますが、遠野市の寒さは結構堪えますね。だいぶ慣れてはきましたが…。

今年69歳になる父は、遠野市民バンドの仲間入りをしてベースを担当しています。
若いころ趣味でギターはやっていたようですが、ベースは遠野市民になってからのようです。
新しいことにチャレンジして、毎日、猛特訓で自主練習している姿に驚かされます。

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父、ウインターコンサートにて 

震災という大きな出来事でだいぶ生活が変わりましたが、
その時、その場所で精いっぱい頑張っていかなくては!!と思っています。

本年も引き続き「前進あるのみ!」ですね。

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冬休みも残りわずか!!宿題に追われてストレッチ中のしげ坊。

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ラストスパート頑張れ~

佐藤和香子
 

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釜石の今を全国へ!No.27

みなさん、こんにちは!
釜石の山崎です。
ブログの更新、全く出来ず、申し訳ありませんでした…。

さて、私がブログを更新していない間に
釜石の様子も随分と変わってきているので、
お伝えしたいと思います(^o^)

いま釜石駅前には、大きなビジネスホテルが建設されています!
まだ建設途中ではありますが、見るからにとても大きい建物です(^o^)!
来春にはオープン予定とのことでした(*^◯^*)

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☆建設途中の7階建てビジネスホテルです(^o^)

さて、私事ですが7月に別の店舗に異動になりました(^o^)
今までいた店舗より店の広さも大きく、
客数もだいぶ多い店舗になりました!
店舗が変わるとやはり慣れない事ばかりでとても大変ですが、なんとか周りの手助けもあり、
以前の自分より一回り仕事に対する考え方が大人になれた気がしました(*゚∀゚*)

しかし、今月の始めにまた異動!(笑)

以前居た店舗に戻ってきました(^o^)
やはり就職して初めて配属された店舗で、とても思い入れがあるので、
またお世話になっていた方々とお仕事することができて
とても嬉しい気持ちでいっぱいになりました!
初心に戻り、これからも頑張ってみようと思いました(^o^)

このブログにたびたび登場してきた私の祖父が9月半ばに亡くなりました。
震災で自宅を失い、仮設住宅で祖母と暮らしていた祖父ですが、夏ごろから入院していました。
突然の別れだったので、とても悲しくなりました。
しかし祖父が残してくれた思い出は数え切れないほどあります。
震災後に仮設住宅で暮らしていた祖父から学んだことを
このブログを通してたくさんの人に伝えていけたらいいなと改めて思いました。

今祖母が住んでいる仮設住宅の隣には、入居予定の災害復興住宅が建設されています!
来春引き渡し予定です(*^◯^*)

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☆仮設住宅の隣に建設中です(^o^)

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☆とっても大きい復興住宅です!


冬が近づいています(^o^)
寒くなり体調を崩しやすい時期ですので
みなさん外出時は暖かい格好でお出かけくださいね(*´∇`)ノ

山崎祐香
 

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