お知らせ

「現地発・明日へブログ」は、2016年5月を持って更新を終了いたします。
長い期間にわたりご愛読ありがとうございました。
ブログを書いていただいたみなさんにも現地の今を伝えていただき、ありがとうございました。
復興に向けた、喜び、悲しみ、様々な思いがよせられた貴重な記録です。

東日本大震災プロジェクト事務局

岩手県大槌町

ふるさと吉里吉里通信 最終号

東日本大震災の発生から、早5年と2ヶ月が過ぎました。

被災地・岩手県沿岸の大槌町吉里吉里は、
復興工事に伴う、盛土を積んだダンプの往来が激しくて、
震災前よりも活況を呈しています。

いまだに御支援を頂く事も多く、
特に平日にコンサート等の「文化面」で、被災者の心を和ませてくれる活動には、
被災者として嬉しく思っています。


吉里吉里では、震災前の様子が戻ってきました。
春のいま、浜ではウニ漁・山では山菜などなどです。

復興工事の進展に伴う街の変化は激しく、
「3日通らないと道路が変わっている」と地元の方ですら語っています。


そして、『現地発明日へブログ』が終了しても、
別の媒体で、情報発信していきます。

これまでありがとうございました。

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関谷晴夫

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【ふるさと吉里吉里通信3月号】  東日本大震災から5年目。

① あの時から、もう5年。
三陸海岸、岩手県大槌町・吉里吉里地区では、震災前と同じような姿をとり戻しつつあります。

160331_s01.JPG気候は震災前より暖かく、まずは、紅梅・白梅が咲きました。

②東日本大震災発生の日と同じ「3月11日」。
あの日から数度、大槌町民に「文化の香り」を届けて下さっていらっしゃる芸術団体さんが、
ちょうど5年目に大槌町・浪板のホテルにて、夕暮れコンサートを開いてくれました。
できるだけ多くの町民に来ていただきたいな…、と思っていたら、百人超の町民さんが、来てくれました。

160331_s02.JPGトランペット・ピアノ・バイオリン・コーラスの音を楽しみました。

③5年目の朝、お散歩コースとして、吉里吉里海岸を歩きました。   
かつての我が家は、海岸の砂浜まで徒歩1分でしたが、
今は家を移住かつ復興工事で、すごく遠回りして10分以上かかるようになりました。
それでも未だに海は好きです。心の礎です。

160331_S03.JPG同じ想いを感じる方がおれば良いなぁと思ったら、海岸にお花が添えてありました。

④5年目の春、「生き残った自分達が、御支援頂いた方々から力を頂いた。
その方達に、今の感謝の気持ちを示そう…」と、作った御葉書を、お分けいただきました。

160331_s04re.jpg⑤大槌町の北隣、山田町の「災害公営住宅」
私が住む町・大槌町では、大規模な災害公営住宅が建設され、完成次第、順次入居が始まっています。 
そして、北隣の山田町でも同じく災害公営住宅が建設中。

160331_s05.JPG160331_S06.JPGこちらの外観は、まるで高層マンション群のようです。

関谷晴夫

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吉里吉里通信 2月号

東日本大震災で壊滅的な被害を受けた、当・三陸海岸、岩手県大槌町吉里吉里地区。 
震災5年目を迎える今、この冬も寒暖を繰り返しています。
ここで、2月の事を振り返ってみます。

①震災前…というか、かつての吉里吉里の街の商店が集っていた通称「住宅通り」。
ここは、小学校から坂を下ってきて、最初に右折する道路です。

160325_s01.JPGここも盛土の最中です。ただいま道路を新しく建設中。 
排水路や電柱の設置が行われています。 

160325_s02.JPG160325_s03.JPGそれに伴い、よくルートの変更が行われています。
なぜこの地区を「住宅通り(上住宅と下住宅)」と呼ぶかと言うと、
昭和の大津波(昭和8年3月3日発生)で、住宅が流されて被害を受けた方達の為に、
震災復興住宅組合を作って、住宅を計画的に建てた地区の通りだからです。
それなので略して一帯を「住宅」と呼び、
その区画に面する道路を「上住宅・下住宅」と、呼んでいます。

②復興団地の造成が進んでいます。
国道45線がJR山田線(休止中)の上を通り、緩やかなカーブを描いて直線になる区間と、
線路の間の区間は、雑木林でしたが、ここに復興団地を造成する工事が進んでいます。

160325_s04.JPG新居の家と家の間の道路が舗装され、和みの公園も用意されました。
住宅が建った時、大勢の子供達・大人が集う場となり、ぜひ賑わってほしいものです。

③台湾大地震発生。
2月、台湾に大規模な地震が発生したとの報を知り、心が痛みました。
東日本大震災時、大槌町では被災者が台湾から義援金を頂きましたし、
台湾からの御支援で、災害公営住宅が完成しました。

160325_s05.JPG160325_s06.JPG 今度は、こちら側が、支援する番です。

④例年より早く梅が咲いています。

160325_s07.JPGお日様を浴びた梅が綺麗です。

建国記念の日の頃から咲きはじめました。
例年より早い時期から、そして例年より長く咲いてます。

関谷晴夫

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吉里吉里通信 1月号

あの東日本大震災から、今年の春で5年目。
今年も、大津波に遭った私の街の変貌を、吉里吉里地区の事を中心に綴っていきます。
主に1月、吉里吉里地区での日々です。

①どんと祭

160202_s01.JPG1月6日、例年通りに、吉里吉里海岸で、どんと祭が行われました。

160202_s02.JPG各家々の安全を守って来てくれた、飾り物に感謝を込めて、宮司さんに拝んでいただきました。

②浪板海岸にログハウス

160202_s03.JPG支援団体さんのお蔭で、大津波を被った、かつての海水浴場、
そして、岩手県沿岸部の中での「サーファーの聖地」浪板海岸に、
木をベースにした、ログハウスが建ちました。

160202_s04.JPG震災前の賑わいが戻り、かつて以上の活気が出てくる気がします。

③雪

160202_s05.JPG天気の報道を見ていると、ここ三陸海岸・吉里吉里は、
東京や仙台市よりも、積雪が少ないと感じます。

160202_s06.JPG年々、降雪は少なくなり、自動車の冬タイヤへの交換も、年明けで構わない状況です。
午後には雪が溶けるので、ちょっとの間の「雪囲い」は、ロマンティックでも、あります。

④災害復興住宅

160202_s07.JPG私が住んでいる岩手県沿岸の大槌町、そして北隣の山田町では、
災害復興住宅が建設されています。

160202_s08.JPG緑色のネットに囲まれた中で、工事が進行中。
道路から見える工事現場から、完成後の姿を想像すると、
すぐに訪れるであろう、公営住宅の姿が目に浮かびます。

⑤新団地と取り壊し

160202_s09.JPG吉里吉里地区では、大槌町内で最初に災害復興住宅が建設されました。
それに続き、個人の家を建設する為の「復興団地」の整備が進み、
完成したところから順次引き渡しが行われ、家が建ってきています。

160202_s10.JPG新居が完成し、引っ越し。仮設住宅から引っ越しした方もいますが、
被災した後に修理して住んでいた方もおります。
それらの家も、引っ越しと引き換えに、取り壊していて、なんだか切ないです。

関谷晴夫

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ふるさと吉里吉里 師走号 

今年1年も、ありがとうございました。
例年になく暖冬で、三陸海岸・岩手県・大槌町では、クリスマスの今日まで、
雪「舞雪」さえ見ていません。

① 防潮堤の新設工事、再開。

151225_s01.JPG国道45号線の切り替えが無事に終わり、通過ルートが切り替わりました。 
それに伴い、昨年でいったん終了していた、新防潮堤の工事が本格的に再開されてきています。 
まずは昨年度末までに出来上がっていた新防潮堤を延伸する、工事が進んでいます。

151225_s02.JPG国道が新区間に切り替わった区間も、防潮堤の建設に支障のあるところから随時、工事が行われています。

151225_s03.JPG151225_s04_2.jpg私のお散歩道だったところも、切り壊されました。
あの番号は何でしょうか?

②三陸海岸・正月準備、着々と進む

151225_s05.JPG町の商店には、正月飾りなどが並んでいます。 

151225_s06.JPG151225_s07.JPG今年は海の漁が不振で、鮭・あわび・ほたて等の、正月の食卓を飾る食材が、
例年に比べ、当地でも値が高いです。 

151225_s08.JPGメス鮭とはいえ、1本1万円越えです。

③  「吉里吉里地域復興協議会」が開かれました。

151225_s09.JPG師走12月の中旬、地区の公民館で、復興協議会が開かれました。 
地区民に復興の進め方を提示するとともに、地元のみなの意見を吸い上げる貴重な協議会です。

151225_s10.JPG今回は町当局から、大槌町長さんも出席し、吉里吉里地区の皆さんの「生」の意見を直接聴いていました。

151225_s11.JPG今回の主な議題は、新しく作る「公民館」をどうするか?でした。 
設計図に基づいた模型を見ながら、設計者の意図を聴き、複数グループに分かれ、
各自の意見を、遠慮なく出しあいました。 これを基に、設計に反映される事と思います。

関谷晴夫

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ふるさと吉里吉里だより 11月号

当地、岩手県・三陸海岸の大槌町吉里吉里も、晩秋を迎え、少しずつ冬に近づいています。
変わりゆく街並をリポートします。

① 国道の新ルートへの切替工事が行われました。
    
吉里吉里地域の街並み復興プランは、行政と地区民との間で、何度も会合を重ねて合意に至り、
昨年の初夏より、地区のかさ上げ工事が始まりました。
その工事の一つの区切りとして、吉里吉里地区を通る国道45号線の、地区内の区間が、
新ルートに切り替わりました。

151119_s01.JPG151119_s02.JPG10月31日に、新しい交差点付近にて神事が執り行われ、その夜から夜通しの切替工事でした。

151119_s03.JPGバス停の「吉里吉里」も新ルート上に移設されました。

151119_s04.JPG最後の写真、右側が国道の新ルートです。


② 地域の新産業、薪の国のおまつりが行われました

東日本大震災による大津波後、
吉里吉里地区に支援に来てくれた方達のアドバイスで生まれた団体「NPO法人 吉里吉里国」 
この団体さんは「震災前まで手つかずだった地区の山林の整備を行う事が、
ひいては海の復活につながる」との思いで、活動を始めました。
活動の意義・内容を地区民に知ってほしいとの思いから、例年この時期にイベントを行っています。
今年は、10月31日と11月1日に開催しました。遠方からも多くの支援者や観客が訪れてくれました。

151119_s05.JPG151119_s06.JPG特別ゲストは、遠野市からのお馬さん。日頃は、伐採した木材を林道まで運んでいます。


③ 晩秋を彩る美しい紅葉
    
景勝地と比べ、あまり赤色がさえない当地の紅葉ですが、今年は大震災以降で最高の彩となっています。

151119_s07.JPG151119_s08.JPG151119_s09.JPG国道沿い・お寺・自宅の庭など、さまざまなところで心洗われる色合いに巡り会えます。

151119_s10.JPG早起きすると、お日様が輝かせる雲の色も素敵です。

関谷晴夫
 

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ふるさと吉里吉里だより 10月号

皆さん、お久しぶりです。今月10月に、岩手県大槌町の吉里吉里地区であった出来事を綴ってみます。

① 「吉里吉里地区民運動会」が開催されました。

東日本大震災の前年まで、吉里吉里地区では、
地区民総出の丁目対抗で戦う「地区民運動会」が開催されてきました。
運動会は皆が集まり、元気である事の確認という面がありました。
その催しも、大震災発生で「それどころでは無い」状況でした。
しかし「地域の活性化には運動会開催が必要」との声が方々から上がり、昨年から再開しています。
今年も、ガールスカウトの鼓笛隊から始まる入場行進で幕を開け、さまざまな種目が行われ、
選手は汗を流し、観客席からは声援と笑い声が、校庭に響きました。

151105_s01.JPG151105_s02.JPG151105_s03.JPG151105_s04.JPG
②住宅再建、順調に進んでいます。

東日本大震災で住宅を失った方の、吉里吉里地区における住宅再建は、順調に進んでいます。 
地区内の数か所で用意された住宅建設地は、地盤改良を行った上で、
建て主に引き渡され、住宅建設工事が進んでいます。 
吉里吉里地区に住んでいても「3日、その道を通らないと、風景が変わっている」というのが実感です。

151105_s05.JPG
③岩手県紫波第三中、吉里吉里地区を訪問。

今から30年前、震災の遥か以前から、吉里吉里地区と紫波町さんは、ご縁がありました。 
「ふるさと交流事業」という名で、夏は「海無し町」の紫波町さんの小学生が、
吉里吉里に来て、ホームステイ。吉里吉里の浜で、地引網体験をし、
秋には吉里吉里から紫波町さんを訪れ、農作業を体験してきました。 
震災の時の避難所運営のお話を聞きたいと、
全国から多くの団体さんがおいでになっていますが、紫波町さんは、特別です。
公民館で行われた、震災時の吉里吉里地区の取り組みについて説明しましたが、
講演を聴く生徒さんの熱心な視線、そして講演後の「質問は、ありませんか?」との声に
二桁の生徒さんが質問をしてくれました。 学ぶべきは紫波町さんです。

151105_s06.JPG151105_s07.JPG
④十五夜お月さん、浪板海岸から昇る。

秋たけなわ、先日の十五夜お月さんの日、お散歩がてら、カメラを持って、
浪板海岸へお散歩に行ってきました。 
歩けば、海からの「月の出」が見れる、この地が好きです。

151105_s08.JPG151105_s09.JPG
⑤大槌の変化

さてと、吉里吉里地区が属する大槌町の事についても触れておきましょう。 
大槌中学校跡地に建つ、通称「大槌マンション」。災害公営住宅です。
その隣に、消防署も建設中です。屋上には、電波塔も姿を現しました。 
完成後は、ここから大槌町内の火災現場・救命に一刻を争う病人宅へ駆けつけます。 
それなので、大槌川をまたぎ、国道へのアクセス向上の為、新たな橋の建設も行われています。

151105_s10.JPG151105_s11.JPG関谷晴夫
 

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ふるさと吉里吉里通信 5月号

爽やかに青葉薫る5月。今年はゴールデンウィークを含め、天候に恵まれています。

①ゴールデンウィークの賑わい

150529_01.JPG暦の並びが良かったので、例年より多くの帰省客や、観光客が訪れていました。
私は朝の散歩を日課としていますが、いつものお散歩コース沿いの民宿の前に、
他県ナンバーのバイクが並んでいました。 
駐車場に出て、海からの日の出を見ている方に聞くと、
連休を利用して三陸海岸をツーリングしているとの事でした。

150529_02.JPG150529_03.JPG②鯨山に登山に行ってきました

150529_04.JPG東日本大震災発生による大津波の災害に遭う前年まで、
5月の第3日曜日は、町の商工会の主催で「鯨山トレッキング」が行われていました。
年ごとに参加者が増え、最後の年は二百人を越えました。
津波後、未だ再開されていませんが「登ってみたい、それも、この時期に」と思い、
ボランティアで吉里吉里を訪れてくれている明治学院大学の浅川先生を誘い、
ゼミ生を合わせ6名で登ってきました。

150529_05.JPG150529_06.JPG鯨山は標高610mと低い山ながら、海抜0mから登れる稀有な山。
大槌町側と山田町側の両方からの登り口があり、
頂上からは、リアス式海岸の山田湾・船越湾・大槌湾、そして釜石市方面の半島を望めます。
一方で内陸側に目を向けると、早池峰山も見えます。
登山当日は絶好の登山日和。軽装で挑みましたが、1時間半で頂上まで到達しました。

150529_07.JPG150529_08.JPG③運動会が行われました

150529_09.JPG地域の小学校と中学校が合併・名称変更が行われ、
吉里吉里小学校は、吉里吉里学園小学部となりました。
その小学部で、運動会が開かれました。例年通り、大賑わいでした。

150529_10.JPG150529_11.JPG関谷晴夫
 

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ふるさと吉里吉里通信 春らんまん号

まもなく震災から5回目のゴールデンウィークを迎える、
岩手・三陸海岸・大槌町・吉里吉里です。今年は例年よりも早くに春を迎えました。
体力作りで歩いているお散歩コース。この春に初めて、歩いてみました、

①早朝早くに家をスタート、20年ほど前に建設された「フィッシャリーナ」。
県営のボート置場や、大槌町のイベントを多く開催していた場所。
震災後は、ガレキ置き場になっていました。
その場所は今あいていて、少しの期間、深呼吸しているようです。
お散歩の初めに、フィッシャリーナで「お日様」を釣り上げました。

150427_s01.JPG工事中ではない事を確認し(なにしろ朝の5時前ですから)、建設中の新国道を歩き、
筋山(すじやま)へ歩を進めます。家から30分で、吉里吉里側の頂上・崎山展望台へ到着します。
ここの展望台から見ると、遠くに山田湾が望めます。

150427_s02.JPG登り一辺倒だった道も、ここからは登りと下りを繰り返す、面白い道になります。
吉里吉里側から登ると、左側には大槌湾・右側には船越湾。背中の奥は山田湾です。
落ち葉を踏みながら歩くことをおすすめします。膝に優しいですよ。

150427_s03.JPG150427_s04.JPG道中では故郷の山・鯨山と、復興中のふるさとの街が望めます。
家→筋山→赤浜→家…。計2時間半の、お散歩コースです。

②「元気が出る縁日 in 大槌」開催

あの大震災から4年経ったのに、いまだに「心を潤おす御支援」を
開催してくれる団体さんがあり、感謝しています。
先日も、町営体育館にて、焼きそば等の食事を振る舞ってくれたり、
様々なゲームで、皆の心を和ませてくれました。ありがとうございます。

150427_s05.JPG150427_s06.JPG150427_s07.JPG③春の御花

吉里吉里では、御花を植えている家庭が多いです。
自分でお花を楽しみ、通りすがりの方の目を和ませる事が、喜びであるかの如くです。
芝桜・酔仙・チューリップ・菜の花など…。競うように、咲き揃っています。

150427_s08.JPG150427_s09.JPG関谷晴夫
 

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ふるさと吉里吉里通信 4月号

今年の冬は雪かきが必要な降雪は無く、私の記憶にないほど過ごしやすい冬でした。
そして寒暖を繰り返しながら、着実に春を迎えています。

① 三陸の春

150416_s01.JPG春を感じるのは気候と共に、スーパー等に地元・三陸産の食材が並び始めた時です。
今年は「生うに」や「しらす」が3月下旬から並んでいます。
最近は値も落ち着いてきました。

150416_s02.JPG② 街角の春

150416_s03.JPG外出する時の移動手段は車なので、家と目的地との往復。
外の自然に触れる機会は、さほどありません。
それでも今の時期の車窓は春らしさを感じる風景が広がっています。
大槌川で水遊びしているウミネコ、綺麗な吉里吉里海岸など。
時間がある時は、遠回りして故郷の春の写真を撮っています。

150416_s04.JPG150416_s05.JPG③ 復興工事 かけはし

150416_s06.JPG150416_s07.JPGあの東日本大震災による大津波は、川の両岸を結ぶ「橋」さえも流出させました。
吉里吉里地区を含む大槌町では、復興計画に基づき、盛り土工事が盛んに行われています。
橋については「安渡橋(あんどばし)」が工事中です。
また、吉里吉里地区では、現在の仮の道路の海側に防潮堤を作る工事が始まりました。

150416_s08.JPG関谷晴夫

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ふるさと吉里吉里通信 あれから4年

春3月、東日本大震災から4年目を迎えました。
11日の「あの日」を中心に、いまだに取り上げていただいている事に、感謝します。
・・・忘れてほしくないとの思いが強いです。

①暖かかった三陸の冬

岩手県の中で私が住む沿岸は「冬暖かく・夏涼しい」です。
内陸部で雪が降っていても、沿岸部では降らない事が多いです。
とはいえ、春になる前は「内陸で雪降り無し・沿岸だけ2~3日降る」。
そしてその雪がとけると、春になります。
それが、この冬は沿岸部、それも吉里吉里での雪降りは3~4日だけでした。
雪かきもなし。これは私にとっても初めての冬でした。

3月3日に、震災の3年前に亡くなった伯母さんのお墓参りに行ってきましたが、
水道も凍らずに、ありがたかったです。

150318_s01.JPG②東日本大震災から4年目の吉里吉里

150318_s02.JPG

自動車がとまっている石垣の上に自宅がありました

皆が震えたあの大震災から4年目。
折しも数日前からの台風並みの規模の低気圧に吉里吉里も覆われていて、
「寒さ」と「強風」は、まるで「大震災を忘れるな」と「自然」が訴えているかの如くでした。

当日の午後2時頃、私は心の中で「今の吉里吉里の街を見たい」と思い、
徒歩で見て歩きました。最近の復興工事の進捗は早く、
国道の付け替え工事もきれいなアーチを描いて「走りやすそう」と、完成後の姿が浮かびます。

150318_s03.JPG

写真左に建設中の防潮堤・右が新しい国道

それにしても「高い」。吉里吉里地区を襲った大津波は、
写真の中の緑色に塗られた建物の屋上までを襲いました。
新道路は、ほぼその高さと同じくらいまで盛土されています。

150318_s04.JPG150318_s05.JPG

かつての吉里吉里地区住宅地のいま

写真を撮った後に家に帰り、テレビで追悼式典の模様を拝見し、午後2時46分を迎えました。

関谷晴夫
 

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ふるさと吉里吉里通信3月号

早いもので、間もなく東日本大震災から、今月で4年目を迎えます。
変わりゆく街並みの様子をお届します。

150302_s01.JPG① 【神社の御神木が伐採される】

150302_s02.JPG地域の復興計画には、地域住民の声を取り入れています。
その為、「街作り」の本格化には、思っていたよりも時間がかかりました。
昨年7月頃から始まった「土地のかさ上げ・盛り土」の工事も最盛期。
それにともない、地域の神社の御神木3本が伐採され、
かさ上げされる土地の中に含まれる参道の階段も撤去されました。

150302_s03.JPG150302_s04.JPG御神木の太さを測ってみると、直径1m弱・樹齢100年程です。

150302_s05.JPG150302_s06.JPG
② 【ふくろうとの出会い】

先月中旬に吉里吉里の国道45号線沿いの歩道を散歩していたところ、
歩道の端に普段見かけないものを発見。
顔を近づけて、よく見ると「ふくろう」でした。
朝7時頃の晴れた日でしたが、ふくろうはまだ眠っていて私に気がつきません。
そっと撫でて、写真を撮りました。
そのまま眠らせたままで立ち去りました。気分の良いお散歩でした。

150302_s07.JPGこの話を自分の周りにだけ伝えるのはもったいないと思い、
地元のNHK盛岡の夕方の番組に投稿し、テレビで取り上げていただきました。
ふくろうは幸せの鳥(“不苦労”とも書いたりするようです。)
皆さんにも良い事が訪れるといいですね。
 
関谷晴夫
 

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ふるさと吉里吉里通信 大寒号

昨年末から元旦にかけて、積もるほどの雪が降りましたが、
その後は降雪もほとんど無い冬を迎えている吉里吉里です。

①吉里吉里で飲食店がオープン。浪板ではお菓子屋さんが移転オープンしました。

震災前は公民館の向かい側で営業していた小料理屋さんが、
元の場所の近くに新店舗を構え、営業を再開しました。国道45号線から、よく見えます。

150123_s01re.jpg150123_s02.JPG浪板では仮設店舗で再開していたお菓子屋さんが、
浪板交流促進センターの側に、大きな新店舗に移転しました。
震災後の早い時期に仮設店舗にて営業し、
支援に訪れた方達の情報交差点にもなっていたお店です。
どちらのお店にも多くのお客さんに訪れてほしいです。

150123_s03.JPG150123_s04.JPG②どんと祭が、海岸で行われました

150123_s05.JPG1月11日、快晴の吉里吉里海岸で、正月の松飾りや御札などに感謝し、
家内安全・無病息災を祈りました。
当日は強風だったため、お焚き上げは行いませんでした。(後日行いました)

150123_s06.JPG150123_s07.JPG③「黒森神楽」巡行が、行われました。

150123_s08.JPG1月18日、吉里吉里の民家で、黒森神楽巡行が行われました。
近隣の方や神楽を見るのが好きな方達が宿となった民家で、
長時間に渡る舞いを楽しみました。
黒森神楽さんには、若手もおり、舞いの中でジャンプすると、天井に届きそうなほどの元気さです。

150123_s09.JPG150123_s10.JPG④「木登り団子」が展示してありました。
大槌町の和野仮設団地群の集会所には、
地区で昔から伝わる今の時期の風習「木登り団子」が飾ってありました。
集会所には、お年寄りが多く足を運ぶので、懐かしさに浸れると思います。

150123_s11.JPG関谷晴夫
 

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ふるさと吉里吉里通信 新春号

この冬の三陸海岸は、年末から続いた雪が降り続き、
今年の元旦は雪に包まれて始まりました。
しかし、その後は穏やかな天候が続き、雪を見る事はありません。
家にこもる事なく、ありがたい天候です。

① 安全祈願祭が行われています

150113_s01.JPGこの年末年始は、カレンダーの並びが良く、年末年始の連休は長かったですが、
遠方から被災地の復興工事に従事する従業員に配慮してか、
工事関係の事業所の休みは、いつもより多かったようです。
ふるさとでリフレッシュしてきた従業員が揃い工事再開です。
年初には地元の神社にて、今年一年の工事の無事を願って、
地元の神社で安全祈願を行う業者さんが多くいます。

150113_s02.JPG②防潮堤工事が目に見える形になってきました

150113_s03.JPG150113_s04.JPG年明けの工事再開から間もなく、防潮堤の工事が目立ってきました。
これまでは土盛りがされている事は見えていましたが、いよいよ防潮堤が立ち上がりました。
街から海が見えなくなる事の残念さよりも、復興への立ち上がりを感じさせてくれる出来事です。
復興工事に必要な土・石・資材を運ぶダンプ車も、国道・市街を走り回っています。

150113_s05.JPG150113_s06.JPG③釜石駅前に今春ホテルオープン

150113_s07.JPG150113_s08.JPG吉里吉里より20km弱ほど南のJR釜石駅前でホテルを建設中です。 
人口が減少し、元気をなくしている被災地を盛り上げるためにも
多くの訪問者(ボランティア・観光客など)に訪れてほしいもの。
しかし、来ていただいても、泊まってもらえる場所が少なかったです。
そんな被災地のひとつ・釜石地域に、大型のホテルが建設中です。
外観からして部屋数も、かなり多いようです。
「SL銀河」で釜石を訪れて、駅前ホテルに泊まり、翌日からレンタカー等で、
私のふるさと大槌町・吉里吉里を訪れてくれる方も増えそうです。

関谷晴夫
 

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ふるさと吉里吉里通信 師走号

師走も半ばとなり、だんだんと慌ただしくなってきました。それでも本格的な雪をまだ見ていないので、
全国的に降雪・積雪が例年より早いとのニュースを驚いて見ています。
この被災地でも大震災から3年9か月を迎え、着実に変化を感じています。
変わるもの・復活したもの・以前の状態を取り戻したものと様々ですが。

①「新巻き鮭」の季節です。

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141215_s02.JPG大槌町の水産加工会社では新巻き鮭の出荷に大忙しです。
冬場に乾燥する三陸海岸の気候が、新巻き作りに合っています。
スーパー等で売っている新巻きを購入し、お歳暮として贈る家庭も多く、その為の箱も売っています。

141215_s03.JPG141215_s04.JPG②「正月飾り(松飾り)」の季節です。

141215_s05.JPG師走を迎える頃にテレビのローカルニュースで「正月の松飾り作り」を行っている作業が、
よくとりあげられます。その頃になると正月を意識します。 
そしてこの頃、スーパーや商店でお飾りを見かけるようになってきました。

141215_s06.JPG③「復興事業」が進んでいます。

141215_s07.JPG141215_s08.JPG被災地区ごとに、住民の声を聞き、押しつけではなく、住民合意の元で進められてきた復興事業。
そのため、なかなか事業の進捗が目立つ形では、ありませんでした。
しかし今は、吉里吉里に住んでいる私でも、3日も走らないと戸惑うほど、日々の変化が激しいです。
大津波で家屋の一部が浸水し、リフォームして住んでいた方も、
その箇所が、復興計画にかかり立ち退きました。
今は元の住居の立て壊しが始まっています。見慣れた風景が消えるのは寂しいものです。
一方では、新しい道路の建設も進んでいます。こちらは嬉しい発見です。

141215_s09.JPG関谷晴夫

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ふるさと吉里吉里通信 晩秋号

晩秋を迎えている岩手県大槌町吉里吉里(きりきり)地区です。
街の人々の目を開かせ、心を和ませてくれた街路樹の紅葉も、
ひと雨・ひと風毎に、散っていきます。そのような今の時期の街の様子のレポートです。

① 「薪祭り」開催

11月初め、NPO法人「吉里吉里国」の活動を、地域の皆さんに知らせる「薪祭り」が行われました。
昨年に続き2回目の開催です。「薪」を通して、自然を見つめ直す。地元に根差した活動です。

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薪祭りオープニング

始まりは、東日本大震災に伴う大津波後に、街に広がったガレキでした。
避難所に集まった人達を暖める為に、被災した地区から、木材を拾ってきて、焚き火をしました。
ここまでは他の被災地でもあったでしょう。
でも、この吉里吉里という地区が他と異なるところは、
ボランティアで来た方の一言「これぇ、売れるんちゃぅ?」という言葉に反応し、
「復活の薪」として、売り出した事です。
そしていつしかNPO化へ。
事業内容の根幹として、荒れ放題・手つかずの街の木々を再生する。という事になりました。
今では地主さんと協力して、間伐・伐採などを行っています。地元よりも全国的に名が売れてきました。

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講演の様子

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養蜂業者さんも参加

今回も薪祭りは、「全国に向けて」というより、
むしろ「地元に活動を知ってもらう」事を目的に行われました。
自然とのふれあい。大事にしたいです。

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薪割り体験

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ピザ焼き

②紅葉の時期

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お寺の銀杏

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街路樹

いまは東京や関西でも、紅葉の時期ですね。
ふるさと吉里吉里&大槌町&山田町も、綺麗な紅葉に触れる事ができます。
短い期間だからこそ、見逃さずに、心に記憶しておきたいものです。

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役場付近の銀杏

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街路樹

関谷晴夫
 

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ふるさと吉里吉里通信 10月号

秋は、食欲の秋とか文化の秋などと称されます。今回は10月に行われた行事等についてのブログです。

①吉里吉里地区運動会 復活

10月5日(日)、吉里吉里小学校校庭で、
東日本大震災の年から中断していた地区大運動会が、久々に開催されました。
地区民だけでは、参加者数が少なくなるところでしたが、
ボランティアさんなどが運動会の為に遠方から駆けつけてくれたりで、盛り上がりました。 
吉里吉里地区の運動会は、震災前は毎年10月の第一日曜日に開催されていました。
復活の今年も同じく第一日曜日になりました。

141030_s01.JPG運動会は吉里吉里で長年に渡り行われてきた行事です。
ふだん顔を合わせる事がない人を運動会の会場で見かけ、話を交わしたりしたものです。
地域のまとまりの為にも、このような機会は必要です。
地区民に加え、ボランティアさん達にも参加してもらえた事で「絆」を感じました。

141030_s02.JPG141030_s03.JPG②「東日本元気アートプロジェクト」が開催

141030_s04.JPG「大槌に元気を届けたい」との思いを持ってくれている団体さんが、
10月11日~13日まで、いろいろなイベントを行ってくれました。
私は浪板のホテルでのコンサートを拝聴、美しい生の音色に心が豊かになれました。
会場内にはアート作品も多く展示されていて、あまり触れた事の無かった文化に浸ってきました。
聞けば3年続けて、来てくださっているとの事、ありがたいです。より多くの町民に知ってほしい催しでした。

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作品出展者の方々と

③震災時の体験を伝えました

141030_s07.JPG被災地の「いま」を見て、現地の人から復興への道筋が、どうなっているのかを知りたいという、
ワンダーフォーゲルの団体さんが、吉里吉里にも来てくださいました。
本来は復興計画の話が主になるはずでしたが、大震災の時の避難所時代の話に興味を持ってくれて、
そちらの話を、避難所時代から吉里吉里の窓口を快く務めてくれている大先輩と長時間お話ししました。

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ワンダーフォーゲルの団体の皆さん

関谷晴夫
 

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ふるさと吉里吉里通信9月号

三陸海岸・岩手県大槌町も秋を迎えました。
震災前以来の「海開き」を行い、多くの老若男女で賑わった吉里吉里海岸でしたが、
振り返れば、今年の夏は短い期間でした。
いま常時長袖を着るほどではありませんが、さすがに買い物に行くスーパーの中は寒いです。
今回は、秋を感じる出来事を中心につづってみます。

①稲刈りシーズン到来

大槌町の田んぼの稲も実りの時期を迎えています。
北隣の山田町では、一足早く稲刈りが始まっています。

140924_s1.JPG140924_s2.JPG②松茸登場

三陸沿岸は「海の幸」だけでは無く、大槌町以北は松茸の産地でもあります。
町のスーパーや、道の駅にも採れたての松茸が並んでいます。

140924_s3.JPG
③ 秋の花

「吉里吉里の人は花が好き」。散歩をしていると、各家庭の庭の花が綺麗に咲いています。
そして震災復興支援で贈られた道路沿いのプランターの花も華麗に咲き、
沿道を通る時に、楽しい気分にさせてくれます。ありがとう。

140924_s4.JPG140924_s5.JPG④東北地理学会開催

9月14日より、
東日本大震災発生から3年半たった被災地の今、復興の進み具合を検証する学会が開かれました。 
14日は大槌町の中央公民館において、発表会が行われました。 
翌日には現地を歩き、地域の実情を実際に目で見て周りました。 
私も出席させていただき、いろいろな方の発表を拝聴し、まだまだ知らない事があると実感しました。

140924_s6.JPG140924_s7.JPG⑤釜石市・鵜住神社境内から見た鵜住居地区

同地区の高台にある神社。普段は何気なく通り過ぎるだけですが、お祭りの準備がされていたので、
車を停めて神社境内まで行ってきました。
目の前に広がる鵜住居地区の様子を見て、なんだか切なくなりました。
見上げるほどの高さに積まれた盛土、平日の国道の主役はダンプ、
そして道を歩く人は、ほとんどいません。 でも、ここから始まるのです。

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関谷晴夫
 

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ふるさと吉里吉里通信 お祭り特集号

岩手県大槌町吉里吉里の鎮守の杜・天照御祖神社の御祭りが、
8月23日(土)夕方に宵宮祭、翌24日(日)に御神輿巡行が行われました。
御神輿巡行は、一次産業(主に漁業)従事者が多かった昔は、曜日に関係なく8月17日で固定でしたが、
サラリーマンが増えたなど演ずる人・見る人に配慮し、
今から十年ほど前から8月第4日曜日の御神輿巡行に変わりました。
宮司さん・役員さん出席のもとで行われる神事は8月17日で変わりはありません。

8月23日(土)

140826_s01.JPG宵宮祭の朝は、雲が輝く素晴らしい天体ショーで開けました。
そして朝6時、お祭りの昇り旗立て→しめ縄張りを行いました。
例年と同じ顔触れがそろい、威勢の良い掛け声で、昇り旗が立ちました。
ふと顔ぶれを見ると、私を含め大津波で家を流され、今は別なところに住んでいる人が半数以上です。

140826_s02.JPG140826_s03.JPG海岸では禊(みそぎ)が行なわれました。翌日に御神輿を担ぐ地元の方、ボランティアの大学生さんたちです。

140826_s04.JPG午後には神社近くに屋台も店開きして宵宮を待っています。

140826_s05.JPG境内への階段脇に提灯も設置されました。夕方、神社境内で宵宮祭が行われました。

140826_s06.JPG8月24日(日)

朝8時半、快晴の天候のもとで御祭りが始まりました。
復興関連工事の本格化に伴い、例年の巡行ルートの一部が通れなくなり、特別なコースを通りました。
そして御神輿さんは海岸へ。海岸では宮司さんにより、海への感謝、御魂の鎮魂が行われました。

140826_s07.JPG140826_s08.JPGそして地区内の巡行です。
お神輿さん・郷土芸能(大神楽・虎舞・鹿子舞)等が、沿道の皆さんの頬を緩ませてくれます。
ところどころにある神様のお休み処では、郷土芸能が披露されます。

140826_s09.JPG140826_s10.JPG140826_s11.JPG地区内を一巡し、神社の急な階段を御神輿さんが駆け上がり、お祭りは終わりました。
そして吉里吉里は秋に向かいます。

関谷晴夫
 

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ふるさと吉里吉里通信 盛夏号

梅雨明け宣言前から暑かった岩手県大槌町吉里吉里です。
最近の話題をお届けします。

①吉里吉里保育園の新園舎が完成

震災前は海の側にあった吉里吉里保育園。
津波で建物は甚大な被害を受け、後に高台に仮設の園舎にて、再開していましたが、
今月初めに、新園舎が吉里吉里の街並みを望める場所に完成しました。
この建物の建設にあたっては、全国のみならず、世界からのご支援を頂きました。誠に、ありがたい事です。

140819_s1.JPG140819_s2.JPG②海水浴場オープン

140819_s3.JPG140819_s4.JPG震災から3年を経て、今年の夏、吉里吉里海岸の海水浴場がオープンしました。 
監視員がいる期間は約2週間と短かったですが、お盆の帰省客は暑さにたまらず海に出かけていました。
海水浴場オープンの日には、砂の芸術祭やコンサート等のイベントが催されました。

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140819_s6.JPG③夏の鯨山(くじらさん)登山

海の次は山の話題。帰省した従弟家族のリクエストで、鯨山に登ってきました。
見下ろす視界には、社会科で習う「リアス式海岸」そのものが映っています。
標高610m、海抜0mから登れる山です。

140819_s7.JPG140819_s8.JPG④ お盆期間中ならでは

普段は復興工事に携わっている大型ダンプや採石場も、お盆期間は、お休みでした。
今の状態を見に行ってきました。
ダンプが並んでいる様子や、建設中の三陸自動車道関連のトンネル掘削現場は圧巻です。 
お盆休み後だと、同じ風景を日曜日に見る事が出来ると思います。

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三陸道工事現場

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休息中の大型ダンプ


関谷晴夫
 

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岩手県沿岸 夏だより

陽射し眩しく、いつ梅雨明け宣言があってもいいような気候の岩手県大槌町吉里吉里です。
お子様たちの学校は、首都圏では「海の日」からでしょうが、こちらは1週間ほど遅れて夏休みとなります。


①稲の成育が順調です
 

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大槌川沿いの田んぼ

大槌川・小鎚川沿いには、田んぼがたくさんあります。車窓から見ると、順調に育っているようです。
風に揺れる稲穂は、目に優しいです。


②山田町、荒神社のお祭りに行ってきました
 

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出店の準備

吉里吉里から北へ向かう用事があった日、ツイッターのタイムラインに祭りの話題が多かったので、
お祭り男の私も、少し覗き見してきました。

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荒神社の境内

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御神燈で飾られた本殿

吉里吉里のお祭りでも、その昔、海上パレードを行った事があり、形は違っても、懐かしく思えました。

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船祭り

140723_s06.JPGちなみに荒神社前の海水浴場は、吉里吉里から一番近い、エメラルドグリーンの海です。

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海水浴場

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山田湾


③なつかしの写真展を開催


140723_s09.JPG
大槌町のショッピングセンターで先日、震災前の大槌の写真展が開催されました。
休日に開催した事もあり、多くの町民が足を止め、写真を見ては、
誰に聴かせるでも無く、想い出をつぶやいていました。

140723_s10.JPG140723_s11.JPG関谷晴夫
 

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ふるさと吉里吉里通信 梅雨号


明日へブログへの久々の投稿です。
この間に、けっこう街の動きが、ありました。投稿空白期間も、写真は撮りためてあり、後に投稿します。

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梅雨明けが待ち遠しい吉里吉里をパノラマ写真風に撮ってみました。
梅雨の晴れ間の日には、太陽の陽射しを気温以上に強く感じます。海の色も夏を先取りしているようです。


① 【盛土工事開始に伴い、中心部の道路が通行止め】

0707_b.JPG7月1日、地区内中心部の道路が通行止めになりました。
事前に、通行止めの道路の入り口脇に、告知する看板が設置されていました。

0707_c.JPG
0707_d.JPG通行止めの朝も、いつもと変わらずに街を散歩する多くの方達、
そして通行止めの区間は、7月1日の午前10時から随時、車も人も通行止めとなりました。
この中心部は、地区の神社のお祭りの巡行ルートとも重なります。
今年の巡行は、新コースとなります。これも復興への第一歩です。

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② 【海岸の倒壊した防潮堤の撤去が始まりました】


0707_g.JPG通行止めと同じ1日。吉里吉里の街に「カタカタカタ…」と普通の工事と違う音が響きました。 
街を歩いてみると、3年前の春の東日本大震災で、
津波により破壊され横倒しになった防潮堤の取り壊し工事が始まっていました。
0707_f.JPG
0707_h.JPG

私は吉里吉里地区を訪れる方たちと街を歩き、震災時の話をする「被災跡ツアー」を行う事があります。
倒壊した防潮堤は、普段おだやかな波の威力を伝える「モニュメント」であり、
故郷に帰省した吉里吉里人の、新しい遊び場でもありました。
故郷の山・鯨山と一緒に撮ってみました。

関谷春夫

 

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ふるさと吉里吉里通信 春待号

関東でも数十年ぶりという大雪が降った2月。
東日本大震災の被災地、こちら岩手県大槌町吉里吉里でも
「この冬、雪は降らないのかな?」との期待を裏切り、例年通りに降りました。

140303_S00.JPG雪が降った事で、ますます春が待ち遠しくなってきています。
大震災から3年目直前の被災地の様子をお届けします。

①復興工事の伸展
他の地域同様に、吉里吉里地区においても復興工事が目に見えて進んできています。
それに伴い、国道・県道などの通行止め区間も増加。

140303_S01-2.JPG焦らずに、所要時間を多目に見た方がいいです。
一方で大槌町内の各地から集まったガレキ類を分類していた広大な場所は役目を終え、
今は整地作業の音が響いています。作業を終えたエリアは白い雪が覆っています。

140303_S02-2.JPG140303_S03.JPG②ボランティアさんが吉里吉里を紹介するパンフレットを作成

140303_S04.JPG大震災以降、何度も吉里吉里地区に来てくれている明治学院大学さん、東京大学さん、
NPO「共存の森」さんが、吉里吉里の地元の人では直接聴けない、
地域民のホンネを聴き取り、地域の魅力を、パンフレット・本・図にしてくれました。
この資料は貴重です。私は縁ある方達・ご支援いただいた方にあげたいと思っています。
そして、想定外の用途がありました。
吉里吉里を離れて数十年。親戚も亡くなり、年老いた自分が吉里吉里に行くのは、
連れて行ってくれる自分の子供の時間を奪う、故郷にも親戚はいない…。
そのような方に、この前「吉里吉里案内セット」の資料を上げたところ、
すごく喜んでもらえました。
携わってくれたすべての方に感謝します。後世に伝える事が出来そうな感触があります。
 
③春の名産品、お店に並ぶ

140303_S05.JPG吉里吉里から北へ40kmほどの宮古市。海沿いの重茂半島は、ワカメの名産地。
今の時期は、密集しているワカメを陸で言う「間引き」をします。
その間引きしたワカメを「春の先採りワカメ」として味わう事ができます。


関谷晴夫
 

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【ふるさと吉里吉里通信】2月号

2月も半ば、首都圏に数十年振りの大雪をもたらした雪は、
こちら三陸海岸でもこの冬で初めて本格的な雪降りとなりました。
そんなふるさと大槌の様子をお届けします。

①大槌町のガレキ集積所の整地作業続く

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ガレキ処理場にも大雪

町内で発生したガレキを集め、分類・分別を行っていた集積所が昨年末で役目を終えました。
年が明けてからは元の農地に戻すべく、土壌の整備が行われています。
重機が土地をかなり深く掘り起し、土壌汚染の影響のない範囲まで作業しているように見えます。
大活躍の黄色い重機も、日曜日の大雪でしばしの休息です。

②漁協倉庫の安全祈願祭が行われました

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安全祈願祭

2月6日、吉里吉里漁港において、
漁港で作業をする組合員さんの共同作業所の祈願祭が行われました。
式典には利用者の代表・工事関係者などが集まり、
地元の宮司さんにより工事の無事の祈願を行いました。
施設の完成を待つのではなく、式典の最中も現場の外では、
採れたてのホタテの出荷作業が行われていました。

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安全祈願祭中も作業

③この冬、初めての本格的な雪降り

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小学校

2月9日(日)、前日に首都圏を襲った大雪が三陸海岸にも到達しました。
東日本大震災の時に、地域の避難所となった吉里吉里小学校へ行って、
積雪を測ったところ、30cm定規が、すっぽり埋まりました。推定32cmといったところです。
大雪も日曜日だったために大きな混乱もなく、
安全を取って町内の小中学校は、翌月曜日がお休み。
子供さん達には思わぬ4連休となりました。

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小学校校庭で積雪量を観測

私は今回の「大雪騒動」で約3年前の春の東日本大震災の時を思い出しました。
あの時、吉里吉里地域は陸の孤島になりました。
外界と途絶され、助けが来るのを待っていられない、
自分達で出来る事をやらねばとの住民の思い。
震災翌日の朝から地域の人たちが持っている重機を先頭に、最低限の道路を開通。
商店や自宅から避難所へ「これを使ってくれ」と米や味噌を始めとした食料品の提供…。
今回の大雪の際も、生活道路の除雪に、地元の人が所有する重機が活躍し、
一車線分は除雪を行いました。誰に頼まれるでもなく、やり抜く力。
すべては「お蔭さま」の心です。皆さんのふるさと、吉里吉里は大丈夫です。

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生活道路を住民の重機で開通

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早期に除雪され、乾燥した路面です。小学校への通学路です。


関谷晴夫
 

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ふるさと吉里吉里通信【新年号】

師走から正月明けにかけての岩手県大槌町の話題を、吉里吉里地区中心にお届けします。
今年の春で東日本大震災から早3年ですね。

① ガレキ処理場の閉鎖

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ガレキ処理場の最後

震災で町内の浸水地域を覆ったガレキは、いったん地区ごとに集約され、
町内の農地に一括して集積し、種類別に分類され処理されました。
このプロジェクトは、名だたる建設企業を柱にしたジョイントベンチャーが組織され、
被災した地域に多くの雇用ももたらしました。
その町内のガレキ処理も昨年末で終わり、今は跡地の整地作業が行われています。

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ガレキ処理場の最後

②厳冬の美しさ

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冬至の日の出

冬至は一年で一番、日中の時間が短い日。
昨年の冬至の日(12月22日)は、直前の低気圧の通過の余波が残り、
荒々しい波しぶきが新年に向けての息吹を感じさせてくれました。
下にある白波の写真は、震災直後の私なら、東日本大震災を思い出し、直視できないものでした。
が、過去の記憶となったのか、克服できたのか分かりませんが、カメラを向ける事ができました。

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冬至の日の大槌町浪板海岸

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冬至の日の大波

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冬至の日の鯨山(吉里吉里漁港より)

③平成26年の元旦

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元旦の神社

以前は日付・年の替わる時間帯に、地域の神社・お寺に参拝に行ったものですが、
最近は普通に目覚めた時間に神社に参拝に行く事にしています。
境内では多くの知り合いと出会い歓談し、
宮司さんに昨年の感謝と近況などについて話をしました。
元旦には地域の伝統芸能の「太神楽(だいかぐら)」が、
神社の境内で奉納の舞を披露し、町内を清めて歩きました。

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元旦の神社入口

④どんと焼き

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どんと焼き

私の住んでいる地域の風習では、年末に新年の準備として、
神棚の下のお飾りを新しいものにかえ、松飾りを玄関や各部屋に飾ります。
松飾りは新年1月7日に取りはずし、
神棚の下で一年間に渡り家族・家を守ってくれたお飾りとともに、
「どんと焼き」の時に神職のお祓いを受け、燃やされます。
最近は吉里吉里地区でも、町内会ごとに集めて、
代表者だけが参列…という形になりつつありますが、
大勢の方に直接足を運んでもらいたいものです。

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どんと焼きの案内

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どんと焼きで燃やす正月飾りのひとつ

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どんと焼き式典


関谷晴夫
 

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吉里吉里通信 クリスマス号

131226_S01.JPG今年の投稿も最後となりました。
年末年始に帰省なさる方・出来ない方にも今の吉里吉里・大槌の姿をお伝えします。
12月22日には鯨山が雪化粧しました。浪板海岸の波もダイナミックでした。

131226_S02.JPG①吉里吉里地区の国道の信号の位置が変わりました。

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移設された信号機を利用する中学生

吉里吉里地区には国道45号線と生活道路の交差するところ、3か所に信号機があります。
震災の年の今頃に、元の位置に設置されましたが、そのうちの1か所の信号機が移設されました。
往来が多く「なんで、この場所に信号機が設置されないのだろうか?」と思っていたので、
移設大賛成です。

②診療所の跡地が解体されました。

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診療所跡地は記念写真撮影の定番でした

小学校から下がって来る坂道の途中に、津波で被災し、屋根と鉄骨だけになった建物がありました。
そこは震災前は吉里吉里地区唯一の診療所でした。
所有者のご理解があり、屋根のある建物として、作業場として重宝されて利用されてきましたが、
年明けからのかさ上げ工事などに伴い、年内で解体されることになりました。

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診療所の姿も見納め

③大槌町のガレキ集積所が年内で閉鎖となります。

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ガレキ集積所も後片付け

町内のガレキを集め選別する場所が年内で役目を終え、閉鎖となります。
震災前は農地でした。
ブルーシートを幾重にも引くなど土壌への配慮を施した上で、ガレキを受け入れ、
ホコリが飛び散ることがないように、高い壁を作って、
そして多くの町民を作業員として雇い、分別作業を行ってきました。
その作業場から、まもなく灯りが消えます。

④ 新しいスーパーが建築中です。

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来春開店のスーパー

旧大槌北小学校の校舎付近で、来春の開店をめざして、新しいスーパーが建設中です。
町民にとって買い物の選択肢が増える事となります。

⑤仮設住宅でクリスマス会が行われました。

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クリスマス会景品の一部

12月初旬、小鎚川沿いの仮設住宅の集会所で、クリスマス会が開かれました。
今年で3回目。支援団体さんのお手伝いも頂き、温かな会が開かれました。

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クリスマス会の飾りつけをした場所でPC教室

⑥被災した我が家の庭の「一本松」と満月のコラボ

131226_S10.JPG町では、地区ごとに「新たな街作り」が始まります。土地のかさ上げはその始まりです。
我が家の庭で津波を被りながらも生きている「正真正銘」の一本松。
この松をこの場所で皆さんに見てもらえるのも、いつまでか…。
この前の満月は船越湾から昇りました。
我が家の一本松と海から昇る満月の姿も、これが最後かと思い写真を撮りました。


関谷晴夫
 

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吉里吉里通信 新年準備号

師走も半ばを過ぎ、スーパーや街角はクリスマス飾りと、
新年を迎える準備で慌ただしいです。そんな季節の風景をお送りします。

①吉里吉里地区で「勤労感謝の集い」が神社で行われました。

131220_S01.JPG11月23日、震災前から地元の恒例行事である「勤労感謝の集い」。
地域の各種団体の代表、ならびに一般の方が神様に今年一年、
無事に働けたことの感謝を捧げ、敬神婦人会のお母さん達の手料理を肴に、
懇談を行いました。いつまでも続けてほしい行事です。

131220_S02.JPG勤労感謝の集いの直会(なおらい)

②山神様
昔から12月12日は「山神様の日」で、古くはこの日で今年の山仕事を終え、
今年一年無事に山で稼がせてもらった事を神様に感謝する日とされてきました。

131220_S03.JPG山神様「乾杯」

以前、このブログでも紹介したNPO「吉里吉里国」でも12日は、山仕事を早めに終えて山神様の日を祝いました。幅広いネットワークを誇る吉里吉里国なので、大槌町長さんを始め、日頃からおつきあいのある団体さん、大学の関係者等も集まり、大いに賑わいながら、山の神様に今年の山仕事への感謝を捧げました。

131220_S04.JPG山神様「呑む前に拝む」

131220_S05.JPG山神様「ピザも出ます」

③浪板・森の図書館で絵画展を開催

131220_S06.JPG作品展会場

田舎…な吉里吉里・浪板に、一見すると場違いな感じの洒落た一角があります。
浪板地区にある「ベルガーディア鯨山」です。その名の通り、鯨山への登山道の
登り口にあります。ここの広い敷地の中の「森の図書館」では、さまざまな催しが
行われています。外の寒さから一歩建物の中に入ると、暖炉の暖かな風が入館者
の体と心を包みます。その森の図書館で、松家圭輔さんの透明感あふれる作品の
展示会が開かれました。

131220_S07.JPG作品展 「森の図書館」2階から撮影

パンフレットには「松家さんは、幼い頃に交通事故に遭い、知的障害と左半身に
障害が残った。3年前から右手だけを使い、絵を描くようになり、明るい色彩で海や山、
大好きな三陸鉄道を作品にした。
最近は施設で製作している裂き織りを題材とした絵を描く」とあります。
私が訪れてから、すぐ松家さんが図書館においでになり、お話しをする事ができました。
こういう出会いもあります。

131220_S08.JPG作品展(右が松家さん)

④12月13日、吉里吉里でも初雪が降りました。

131220_S09.JPG初雪

岩手県の面積は北海道に次ぎ全国2位、四国4県に匹敵する面積があります。
なので気候も盛岡市等の県内陸部と、東日本大震災で被害を受けた県沿岸部は
だいぶ違います。体感的には、私が住んでいる大槌町は宮城県仙台市と、
さほど変わらない気候のように思えます。その大槌町でも先日、初雪が降りました。
予報を信じて前日に車のタイヤを冬タイヤに替えました。
朝には吉里吉里海岸も白い雪で覆われました。ちょうど当日は日の出の時の
「雲のいたずら」で故郷の山、鯨山が紅色に染まりました。

131220_S10.JPG初雪の日の紅色の鯨山

ほんの5分ほどの出来事でした。こちらでは根雪になる事は少なく、
今回の海岸の砂浜を覆った雪も、当日の昼には溶けました。

 

関谷晴夫

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瞳は未来へ輝いて

足早に訪れた冬・・・のんびり秋を感じることができなかったような気がしますが
保育園の行事は毎年カレンダー通り進んでいきます(^O^)

○七五三お宮参り
子供が無事育ったことを感謝し、子供の今後の幸せを祈願するお宮参り。
千歳飴は、親が自らの子に長寿の願いを込めて、細く長くなっていて、
鶴亀や松竹梅などが描かれた千歳飴袋に入れられていますが、
当園では毎年子どもたちの作った袋を使っています。
今年はその袋に「大きくなったら○○になりたい」と絵を描きました。
お花屋さんやサッカー選手、トリマーなど子どもたちは未来を想像して描いていました。

131121_001.JPG131121_002.JPG○お店屋さんごっこ
製作活動を通じてさまざまな素材に触れたり、品物が出来上がる喜びを感じたり、
自分が作ったものを、「売る、買う」を体験し言葉のやりとりや
ちょっとだけ大人になった気分を味わえることのできるお店屋さんごっこ。
各家庭での買い物の様子が目に浮かび、思わず「くすっ」と笑ってしまう瞬間がたくさんあります。

131121_003.JPG○防災ヘリ訓練
当法人堤福祉会では、災害時に住民レベルでの災害支援の効率化を図るため
民間ヘリと協定を結んでいます。昨年に続き2回目の訓練が2日間にわたり行われました。
大槌の町方の様子です。右に見えるのが仮設庁舎です。
所々で盛土のための土が積まれています。

131121_004.JPG2日目は大槌中学校3年生35名との、ふれあい体験実習があり一緒に訓練の見学をしました。
グランドまでの道のりを、手をつないで楽しそうに歩く子どもたち。

131121_005.JPG子どもたちの瞳は輝いています。

131121_006.JPGグランドに来る前に保育園で少し歌やお遊戯を楽しみました。
一緒に歌った♪上を向いて歩こう♪
恥ずかしい年頃の中学3年生の歌声と幼い子どもたちの一つになった歌声に涙があふれてきました。

大人と違い、純粋な心を持っている子どもたち、辛いことにも、悲しいことにも、
そして楽しいことにも一生懸命な子どもたち、今の気持ちを忘れず育ってほしいなぁと思いました。
そして、それを支える周りの大人の責任も痛感しました。

131121_007.JPG芳賀カンナ
 

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ふるさと吉里吉里通信 年末に向けて

東日本大震災から3度目の冬を迎える時期です。
この頃の岩手県・大槌町の事を、私が住んでいる吉里吉里地区の話題を中心に、お伝えします。

① 紅葉シーズン
秋の深まりと共に日本中、紅葉シーズンです。
こちら三陸沿岸でも紅葉が綺麗…ではありますが、紅く染まる木々は少ないです。
休日の早朝に国道沿いの鮮やかな紅色の紅葉をみつけてきました。

131120_01.JPG② 大槌中学校の旧校舎の取り壊し工事が進んでいます
私が中学生の頃、町内には2つの中学校がありました。吉里吉里中学校と大槌中学校です。
私の在籍当時で、吉里吉里は2クラス・大槌は8クラスありました。
その大槌中学校の校舎は、東日本大震災で、津波の被害に遭い、
今、生徒さん達は仮設校舎で学んでいます。

131120_02.JPGそして、多くの卒業生を送り出した旧校舎は、取り壊し工事が行われています。 
海の見えない、言わば海の恩恵を受けていないこの校舎まで、津波は襲いました…。
私の母は、主に大槌町内で、小中学校の教師を務めました。この校舎で教えた事もありました。
更地になってしまう前に、取り壊し工事中の様子を、母に見せようかと思っています。

③パソコン教室で年賀状作り、始まる。

131120_03.JPG高齢者向けのパソコン教室では、毎年この時期恒例の年賀状作りが、今年も始まりました。
生徒の皆さん手慣れたもので、
年賀状のイラストの入ったDVDから自分のパソコンにインストールしていきます。
みなさん、思い思いの年賀状を真剣に作っています。

131120_04.JPG私がインストールを少しお手伝いした生徒さんのパソコン。
そこには震災の2か月前に開催した、パソコン教室の新年会の写真がありました。
その当時は、当然わたしも自分のパソコンにこの写真を保存していましたが、
そのパソコンそのものが津波で流されてしまったので、しばらくぶりに写真と再会です。

131120_05.jpg懐かしい皆さんのお顔が見え、生徒さんから当時の写真を頂きました。
中には、津波で亡くなった方や、いまだ遠くに避難している方、
地元を離れ、永住の地を県の内陸に求めた方も映っています。
この方たちのためにも、いっぱい笑おう!と、みんなで話しました。

131120_06.JPG131120_07.jpg関谷晴夫
 

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ふるさと吉里吉里通信 立冬号

11月7日、暦の上では、立冬を迎えました。
今回は、東日本大震災を振り返り、情報=伝える事の大切さを感じたので、
その事について、述べます。

① 震災の時にスタッフとして何を思ったか。

1995年の阪神・淡路大震災と、2011年の東日本大震災時で、何が違っていたかというと、
2011年には、SNSの発達により、現地の情報をメディア側からだけではなく、
被災者側からも発信できるようになっていたという点に気づきました。

避難所スタッフを務めていて感じた事は、
「津波の襲来を受けた地域に住んでいる方はもちろんですが、被災地をふるさとに持ち、
遠方に住んでいる方も、現地の情報をほしいと思っているに違いない」という点でした。
その時、流行りに乗って震災の前年にツイッターのアカウントを取っていたことを思い出しました。 
震災でインフラ(道路・電気・電話…)が途絶え、まるで「島」のようになった避難所。
そこから情報を発信できるのか?
でもそこにも取材陣が訪れてくれました。
私はその中のひとりに、携帯が通じるところに帰ると聞きました。
その方にメッセージと私のツイッターのアカウント・パスワードを渡して
「私の代わりに、このメッセージをツイートしてください!」とお願いしたところ、
了承してくれました。
こうして避難所からの一発目のツイートが発信されました。

「岩手県大槌町吉里吉里地区は、津波の被害を受けましたが、
小学校に避難所を開設し、約400人の住民が避難しています…」。
という形で避難所からのツイートが始まりました。

私が吉里吉里からツイートしていることを知った、
大槌町エリアを担当にしていたNHK盛岡放送局の記者さんからの推薦を頂き、
私が「明日へブログ」のブロガーの一人となった次第です。

では、ここからはいつものブログです。

②台風26号、吉里吉里も襲う。

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台風26号来襲

先月16日、大型の台風26号は、吉里吉里地区にも、猛烈な風と雨をもたらしました。 
まず、この台風で大勢の死者・行方不明者を出した、
東京都・伊豆大島の方々には、お見舞い申し上げます。

吉里吉里でも台風通過時には、
ワイパーを最強にしても前方が見えないほどの風と雨に襲われました。
その期間は短かったものの、すごく長く感じました。 
三陸海岸へは、勢力が弱まってから襲うので、今回も人的にも建物にも被害はありませんでしたが、
台風一過の晴天の元、いつもの散歩道に行ってみると、
道路上が、落ち葉・軽い木の枝で埋め尽くされていました。

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台風26号来襲

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台風26号通過後の空

③ 復活の薪まつり 開催

11月3日と4日、吉里吉里地区で震災を機に始まった事業から発展した
NPO法人「吉里吉里国」の事を、
主に地域の方に広報するイベント「復活の薪まつり」が行われました。
「吉里吉里国」は、山の復活なくして、海の復活なしのコンセプトのもと、人の手が入らず、
荒廃しかけているふるさとの山に入り、間伐を行い、山の再生、そして長い年月をかけて、
養分が海に行きわたり、ふるさとの海を豊かにするという遠大なプランです。
今、間伐した山の成果が海に及ぶのは「孫の世代」でしょう。
それでも誰かがやらねば、ふるさとの山・海は守れません。
震災前からうすうすと感じていた、理事長さんの計画にボランティアの方達が応えてくれて、
今の形になりました。
まつりは2日間で延べ200人を越える参加者が集い、地区住民の山への理解が深まりました。

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この日はにわかピザ職人が…。

集客の目玉は「本邦初(?)のピザまき」でした。
焼きたてのピザを丁寧に分割・包装し、来場者に「餅まき」のごとくまきました。
2日目は、まき方が上達しました。

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ピザまき前の理事長の挨拶

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本邦初のピザまき

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ホットなピザを包装

私は、今回の薪祭りで、隠れて2度涙を流しました。
一度は講演の中で「支援になればと思い薪で沸かせるお風呂を提供しに、
沿岸の被災地を周ったが、受け入れてくれたのは、吉里吉里だけだった」という深澤氏のお話し。

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講師の深澤さん

避難所時代に、こちらこそありがたいと感じた事を思い出しました。
もうひとつの涙は、今回の目玉の「ピザまき」の前に理事長の芳賀さんが、仰った
「ピザは、人数分以上あります。
ひとりで3個取った方は、2個を取れなかった方に分けてあげてください…」
という言葉。
なんだか、避難所開設の時に、お米や味噌を避難所に持ってきて
「これをみんなで使ってください」と言ってくれた方々の姿と重なりました。

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講演を聴く方々

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ポニーとのふれあい


関谷晴夫
 

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