NHK旭川放送局 旬 あさひかわ

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暗いニュースも大事だけど、楽しい番組を見たいって感じることが増えました。 それは、たぶん、自分の心が疲れているからなんじゃないかと思うんです。緊急事態宣言が解除されましたが、私たちの暮らしは新型コロナの影響で大なり小なり変わりました。 そんな時代だからこそスカッとするサクセスストーリーが必要なんじゃないかと思い、逆転人生を歩んだお二人のお話をうかがう番組「道北・オホーツクLOVEラジオ」を放送しました。 (2021年9月19日放送,全道向け)

お二人の言葉からは、何度も読み返したくなる「今を生きるヒント」が満載。放送記録を2回にわたってお伝えします。

1回目の放送記録は、「ブルーチーズドリーマー 伊勢昇平さん」のお話です。
「世界一のチーズ」で国際線ファーストクラスの機内食にも採用された伊勢さん、その半生は波乱万丈でした。

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MCは、山田朋生(旭川局アナウンサー,写真左)と寺前杏香(北見局キャスター,写真右)

世界に誇るチーズを作れたのは、ふるさとをバカにされたから


山田
ふるさとをバカにされたこととチーズ作り。どうつながってるんですか?

伊勢さん
ほんと、江丹別って田舎で、小学校と中学校で同級生が2人しかいないような地域なんですけど、高校生のときに自分の出身は田舎だっていうことを周りにバカにされたりとか、学校の先生にも「お前の地域は下水が通ってないだろ」とか言われたりして、すごくコンプレックスだったんですよね。

寺前
どうしてこの世界を目指そうと思ったんですか?

伊勢さん
最初は江丹別から出たくて、世界で活躍できる人間になろうと思ったんです。ある時に、自分の親が牧場をやっていて牛乳を搾っていたので、その牛乳で世界一のチーズを作るっていうのが、僕にとっての「世界とつながる事なんじゃないか」っていうことに気付きました。そこから、絶対、世界一のチーズを作ろうというふうに思ったっていう感じですね。


伊勢さんは、高校を卒業後、帯広畜産大学に進みました。
チーズ作りの農家に手伝いに行って経験を積んだり、大学の資料を片っ端から読んでノートにまとめていきました。


山田
その原動力って何だったんですか?

伊勢さん
自分のふるさとをバカにされて、自分が好きじゃなかった江丹別という場所、生まれた自分自身を何か変えたいなというか、見返してやりたいっていう気持ちがすごく強かったですよね。


卒業後、江丹別に戻った伊勢さんは、実家の牧場の一角にチーズ工房を作りました。チーズを作り始めたその年に、日本航空の国際線のファーストクラス機内食に採用。次々と売れて、2年間で貯金は1000万円になりました。


寺前
そのときはどんな思いでしたか?

伊勢さん
自分を認めてくれる人ができたっていう喜びが非常に強かったですね。それまでは、自分の存在価値って何なんだろうとか、江丹別に何も価値がないって思ってたんですけど、チーズはそこの価値を築いてくれたというか、みんなが認めてくれたっていう喜びが非常に強かったですね。


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20代前半、絶頂での暗転

ある日、工房の倉庫で熟成を進めていたチーズ、青かびが生えず全滅してしまいました。熟成の若いものから進んだものまで、3か月分の商品がダメになったといいます。


伊勢さん
作れば売れるっていう状態が続いていて、ある日、出荷しようと思ってチーズを切ったら、青かびが1つも生えてない。それで、熟成庫の中のチーズを全部切ってみたら1つも生えてなかったんです。ある日突然、青かびが生えなくなって、どうしていいのか分かんなくなっちゃいましたよね。ほんと、立てなくなって、手足の感覚なくなって崩れ落ちるっていう、ドラマのワンシーンみたいな状況になりました。

寺前
どんなことを感じましたか?

伊勢さん
経営的にものすごく負担が大きかったっていうのはもちろんあったんですけど、それ以上に、自分がようやく築いた存在価値というか、社会に認めてもらっていたのにそれを全部手放してしまうっていう恐怖が本当に強かったです。

山田
周りの反応はどうでしたか?

伊勢さん
チーズを好きで買ってくれた人たちは、当然、失望をしていたと思うし、SNSでもそういうようなコメントを見て、僕自身も言われてもしょうがないなと思いつつ、やはりストレスでした。

山田
何か自分の身が切られるような感じですか?

伊勢さん
チーズがおいしくなかったら自分には価値がないっていうのは本当に思ってました。それは、でも、自分自身でそういうふうに覚悟決めて始めているので、本当になんとかしたいっていう一心でしたね。


貯金は3年間でほぼ使い果たし、29歳になった2015年、虎の子の150万円を使って、ゼロからチーズを学び直すため単身フランスに渡ります。

フランスで人生が変わった


寺前
どんな気持ちでフランスに渡ったんですか?

伊勢さん
3年間、なんとか取り戻そうってことでチーズ作りしていたんですけど、やっぱり駄目で。自分の力ではどうしようもないなと思ったので、フランスにもう1度、ゼロから勉強しに行ってもう1回やり直そう、スタート切ろうって思ったんですよね。

寺前
怖くなかったですか?

伊勢さん
よく勇気あるねって言われるんですけども、それ以外方法がなくて。日本では当時、ブルーチーズを作る技術というのはなかったので、じゃあフランス行くしかないよねって。自分自身の人生もチーズしかないから、他に選択肢がそもそもないっていう感じでした。

山田
フランスではどんな修行をしてきたんですか?

伊勢さん
毎日チーズ作りの工場で、見よう見まねで教えてもらったりとか。体当たりで、フランス語で文章書いてもらってそれを一生懸命訳したりとか。ずっとそういうことを繰り返していました。

山田
修行ではどんな学びがありました?

伊勢さん
大きいところも小さいところもいろいろ見たんですけれども、チーズ作りが体系化されているというか、長い歴史の中でどうやったらおいしいブルーチーズが作れるのかっていうことを研究している場所がほとんどでした。菌の扱い、どういうふうに菌を扱うと牛乳に作用するのかとか、もっとすごかったのは、牛乳の状態とか種類によって、作るチーズがどんどん変わっていくっていう。その組み合わせで、どういう味のチーズを作るかっていうのが体系化されていたことに驚きました。日本ではやはり、そういうのってまったく分からないので。改めて、フランスに行って良かったなと思います。
チーズがうまくいかなかったからこそ行けたと思うので、そこは、逆に感謝してますね。


世界一のチーズは世界一の村から生まれる

フランスで1年修行されてたくさんのこと学んだ伊勢さん。


山田
江丹別に帰ってきて見えた風景、伊勢さんはどう感じましたか?

伊勢さん
フランスで1年間生活した時に、その地域と農産物というのはものすごく密接に結び付いているなっていうのを感じたんです。どんな田舎な村でもチーズを作っていて、そこに雇用があって、そこの周りに集落が形成されているっていうか。すごく一体だなというふうに思ったんですね。


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伊勢さん
自分がかつて嫌いだった江丹別という地域と、自分が作っているチーズを結びつけていくべきだなと思いましたし、世界一のチーズを作ろうと思った時に、江丹別という地域がより魅力的であるっていうことは条件になってくるな、と思ったんですよね。

寺前
フランスに行く前とフランスから帰ってきてからで、伊勢さんの中でチーズ作りの認識はどう変わりました?

伊勢さん
最初にチーズを作り始めた時は自分自身のためにチーズを作っていましたから、チーズを使って自分が認めてもらうんだっていう気持ちが100%だったんです。フランスから帰ってきておいしいチーズが作れるようになった時に、地域が変わってほしいなと思うようになりましたし、それに加えて、江丹別という地域に関わる人自身の夢もかなえられたり、そういう人たちにとっていい方向に作用するべきものを作りたいって思うようになりましたね。

山田
でも、考えてみたら、小中学校の時の江丹別、高校でイジられたときの江丹別、20代前半で成功しての江丹別、今の江丹別、風景全部いっしょですよね。

伊勢さん
そうなんですよね。きっと僕が生まれる前から江丹別って土地自体は何も変わってなくて、最初すごく嫌だった場所が、今は大好きなんですけど、それって多分、僕の見方が変わっただけなんですよね。なので、その見方をどう変えるかとか、どういう視点を持って、ということなんだと思います。僕の場合はブルーチーズっていう視点を持って江丹別を見たことで、それが自分自身一番いいものになったっていうのがあるので、どういう視点で見るかっていうことがどれだけ重要なのかっていうのは、実体験で感じました。


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寺前
見方を変えるだけで、全然違うものになるんですね。

伊勢さん
きっと、江丹別以外の地域でも、自分のふるさとがあまり好きじゃないって人、結構多いんじゃないかなと思うんですけど、それって本当に見方1つなんだっていうのは、僕自身はすごく発信したいことですよね。

山田
その見方を変えるためには何をしたらいいのかって、伊勢さん、どう思われますか?

伊勢さん
足りないものとか不満とか不足って、どんな場所にもあると思うんですけど、足りないなら作ればいいし、足りないものを作るのってものすごく楽しいんですよ、単純に。例えば僕、江丹別にサウナを作っているんですけど、サウナも自分が入りたくて、そういうものないから作ろう、一から自分たちで自分たちの人生を良いものにしていくってこんなに楽しいものか、って今すごく感じるので、逆にないからいいじゃんって思うんですよね。

山田
何でもそろっている人は、満足度ってどうなんでしょう? あまり高くないのかな?

伊勢さん
自分の子ども、今3歳なんですけども歩き出すとすごくうれしいとか、きのうできなかったことがきょうできるって、僕、人の喜びだと思ってるんですね。なので、何もないってことは、何をしても喜べるっていう、むしろ強いじゃんって思いますね。

山田
ないことが、実はすごく大きなメリットっていうか、チャンスってことですね。

伊勢さん
そうですよね。チャンスしかないなと思いますよね。

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