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開戦、その時何が起こっていたのか]

昭和16年(1941年)12月8日、日本海軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃。アメリカ太平洋艦隊に大打撃を与えました。また、その1時間以上前には日本陸軍がイギリス領マレー半島に奇襲上陸しています。同日、日本はアジアや太平洋の各地でいっせいに軍事行動を開始。3年9か月におよぶ太平洋戦争の始まりでした。

  • 1、ラジオはどう開戦を伝えたのか
  • 2、真珠湾奇襲攻撃
  • 3、マレー半島奇襲上陸

ラジオはどう開戦を伝えたのか

昭和16年12月8日のラジオ放送は、ラジオというメディアの威力をいかんなく発揮したものでした。国内はもちろん、前の年に海底ケーブルで結ばれた満州(現・中国東北部)をはじめ、朝鮮半島など、当時日本の勢力下にあった地域でも、開戦のニュースは放送され、多くの人々がラジオに耳を傾けました。当時多くの家庭では、夜間のみ電力の供給を受けていましたが、この日政府は昼間にも無料で送電を行い、次々と戦果を伝えました。開戦の日のラジオ放送から、その日の報道を振り返ります。


街頭ラジオに聞き入る人々

  • 真珠湾攻撃に向かう艦上爆撃機

    午前7時の臨時ニュース
    「太平洋戦争開戦」

  • 東条英機首相

    正午の放送より
    「大詔を拜し奉りて」

  • 爆撃を受けた米軍施設

    午後0時半のニュース
    「真珠湾攻撃の続報」

  • 街頭ラジオに聞き入る人々

    午後0時半のニュース
    「日本軍の攻撃と各国の反応」

  • 街頭ラジオに聞き入る人

    午後3時の臨時ニュース

  • 当時のラジオ

    午後5時の臨時ニュース
    「国民への呼びかけ」

  • マレー半島を進む陸軍戦車部隊

    午後7時のニュース
    「12月8日の陸軍の戦果」

  • 爆撃を受けた米軍施設

    午後9時のニュース
    「12月8日の海軍の戦果」

戦時録音資料を聞く

真珠湾奇襲攻撃

昭和16年12月8日(現地7日早朝)、海軍の機動部隊は、ハワイの真珠湾にむけて航空部隊を発進させました。
真珠湾攻撃をひかえ択捉島に集結する連合艦隊を目撃した住民の証言、真珠湾攻撃に実際に参加した元搭乗員の方々の証言、さらに当時のニュース映画で開戦の様子を振り返ります。


真珠湾攻撃に向かう艦上爆撃機

マレー半島奇襲上陸

12月8日、陸軍は、英国軍の激しい抵抗の中、英領マレー半島コタバルに上陸。やや遅れて同半島シンゴラ(タイ領)にも上陸し英領内へ進軍を開始。日本軍は、マレー半島をへて、石油資源が豊富なオランダ領インドネシアの占領を目指しました。太平洋戦争初日の攻撃に参加した元陸軍兵士の証言とニュース映画で振り返ります。


マレー半島を進む陸軍戦車部隊