戦争証言アーカイブス入門 戦争を知ろう!

空襲

太平洋戦争では、米軍の爆撃機の空襲や戦闘機の機銃掃射によって、兵士に限らず多くの市民が犠牲になりました。米軍が上陸する前の沖縄や東京、名古屋、大阪、そして中小都市など、日本中が無差別に繰り返し空襲されました。

最初の本土空襲は、1942年4月18日正午過ぎ。太平洋上の空母から発艦した16機の爆撃機B25が、東京・横浜・名古屋・神戸・新潟などを低空で空襲し、大陸に去りました。死傷者は200人以上。ドゥーリトル空襲と呼ばれます。

米軍は44年、長距離を飛べる巨大な新型爆撃機B29を用い、中国の成都から北九州を、グアムやサイパンから本土各地を空襲しました。

45年になると、本土に接近した米英軍の空母の艦載機や、沖縄や硫黄島からのP51戦闘機などが、軍事施設や工場だけでなく、民家や人を狙って機銃掃射をしました。

  • 本土初空襲 1942年4月18日
  • B29による本土空襲 1944年6月~
  • 米英軍の空母の主な位置 1945年7~8月

戦争証言アーカイブスの「空襲」特集

  • 太平洋戦争と空襲
  • 古地図で見る東京大空襲
  • 空襲(青森・大分)
  • 国内各都市の戦災の状況(総務省)*NHKサイトを離れます