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『時の往復書簡 新日本紀行を生きる人々から 私の塔 私のいかるが』 1999年11月3日放送

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アーカイブス番組は『新日本紀行』から始まった

デジタルを利用した映像修復の原点ともいえる番組が、実は『新日本紀行』だということはあまり知られていない。1999(平成11)年11月3日、デジタル技術で復活した番組『時の往復書簡 新日本紀行を生きる人々から 私の塔 私のいかるが』が放送された。『新日本紀行』の放送終了から17年6か月後のことである。

この番組は、1974(昭和49)年11月25日放送の新日本紀行「私の塔 私のいかるが」を映像修復したもので、作家の故・幸田文さんが、昭和19年の落雷で焼失した法輪寺の三重塔再建に深く関わる姿が描かれている。

『時の往復書簡』は、復元した『新日本紀行』を全編放送するとともに、幸田文さんの当時の思いを見つめてみようと斑鳩を訪ねる、孫で作家の青木奈緒さんの旅を新たに撮影し、編集したものである。スタジオの進行をコラムニストの天野祐吉さんが務めている。

『時の往復書簡』から『NHKアーカイブス』、そして『新日本紀行ふたたび』へ

 『時の往復書簡』放送の翌年、2000(平成12)年1月から3月にかけて22本の『よみがえる新日本紀行』が放送された。そして、2000年4月から『NHKアーカイブス』が始まり、その中で、『新日本紀行』も放送されていった。

そして、2005(平成17)年4月、『新日本紀行』で放送した土地や人々を再び訪ね、この数十年の歳月の中で日本の風土がいかに変わり、逆に変わることなく守られているのかを新たに取材する『新日本紀行ふたたび』が始まった。

『NHK特集』『NHKスペシャル』『現代の映像』『新日本紀行』『明るい農村』『テレビ指定席』など多種多様なNHKに保管された映像は、毎日、埼玉県川口市にあるNHKアーカイブスの修復室で新たな命を吹き込まれている。

映像修復の工程は大きく分けて3つ

(1)色の補正 (2)キズを消す (3)フィルム間のつなぎ目をきれいに
(1)色の補正 (2)キズを消す (3)フィルム間のつなぎ目をきれいに

修復担当コラム

試行錯誤だった映像修復 霜山 文雄(アーカイブス)

映像修復 スタッフ映像修復作業風景

当時NHKにVTRテープで保存されていた『新日本紀行』は、退色したフィルムから変換されたもので、全体的に色が抜けて、赤茶けた色調になっていた。赤いリンゴは茶色に、空はまるで曇り空のようであった。

褪色したポジフィルムを使わずに、退色に強いネガフィルムからもう一度きちんとした色調のポジフィルムをつくり、その映像をビデオテープに収録し、それを放送技術局で一コマ一コマ修復してもらう。この作業は簡単なものではなかったことを思い出す。当初は、難しいキズにあたると1日の作業で5秒しか修復できなかったこともあった。

キズが多すぎて修復が終わらない番組もあった。その一方で、フィルムの一部が抜き取られていた番組が、ネガフィルムから作り直すことで再びよみがえることもあった。

映像の完成度を上げれば上げるほど、修復スタッフの存在は陰に隠れてしまう。キズがなくなれば見ている人は番組に集中してしまうからである。作業にあたった最初の頃は、それを寂しく思ったこともあったが、いまは、存在を忘れさせる完成度こそ誇りになっている。

『新日本紀行ふたたび』番組放送記録 2005(平成17)年4月〜2006(平成18)年12月

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