NHKは何を伝えてきたか
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ハイビジョン番組の制作の20年

                文明に新しい視力を与えるハイビジョン

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ハイビジョン番組年表   大きく重い機材
 ハイビジョンの屋外撮影が可能となったとは言っても、機材は大きく重く、カメラ本体だけで40キロ、レンズと三脚をつけたフル装備では100キロもあった。当時ドラマの岡崎栄ディレクターと原健一テクニカル・ディレクターが、古い中継車に機材を積んで、全国各地の風景や祭り、伝統芸能、甲子園野球などを収録した。これは1982年『ハイビジョンのためのさまざまなイメージ』と題された、記念すべき作品となった。

観客の顔が見える
 84年のロサンゼルスオリンピックを収録したハイビジョン映像を公開した時、試写室からは、オーという歓声が起きた。観客のひとりひとりの顔が、大スクリーンでも識別できるほどの高精細度であったからだ。その後、ハイビジョンは機材の改良と軽量化が進み、民放もノウハウを蓄積するために徐々にハイビジョン制作に乗り出した。NHKは88年には、当時フィルム中心に製作されていた映画の世界で、電子映像だけによるエレクトロニックシネマ『出発』を制作した。

スポーツイベント放送で成長
 88年のソウル五輪は、17日間、連続実験放送を行った。ハイビジョンは放送機材も改良されて、オリンピック、ワールドカップサッカーなどのスポーツイベントごとに、大型ソフトが制作された。
 94(平成6)年11月25日から、ハイビジョン実用化試験放送がNHKと民放7社によってはじまり、NHKはそのうち60%を受け持った。NHKは『週刊ハイビジョンニュース』を登場させた。
 95年の阪神・淡路大震災では、NHKは被災状況をハイビジョンでも取材して放送した。

98年ハイビジョンカメラは宇宙へ
 そして98年10月、NHKが10年越しに交渉していた、スペースシャトルへのハイビジョンカメラの搭載が実現し、日本人の向井千秋宇宙飛行士らが、ついに地球や宇宙船内の模様を撮影した。
 99年には、ニュース取材にも一部ハイビジョン取材が導入され、2000年8月には、アメリカの民主・共和両党の大会をNHKがハイビジョンで代表取材した。同年の大河ドラマ『葵 徳川三代』では、全編をハイビジョンで撮影して放送した。

ハイビジョンと言えば、NHK
 NHKは現在全国にハイビジョンカメラを配備し、また世界の総支局にもハイビジョン取材制作網を拡充している。
ハイビジョンによる現実認識
 9・11のニューヨークの貿易センタービルの瓦礫の山をハイビジョンで見た時には、その精細な映像の細部の持つ迫力に胸を突かれた。その後のアメリカ軍が対テロ作戦を行ったアフガニスタンの映像も、現地で体験するのと同じような大地の雰囲気が伝わってきた。イチローを特集した大リーグのシーンは、これまでの野球中継とは異次元の感覚だ。一言で言えば、大画面で見るテレビは、まるで0.2の視力を1.0か2.0に変換するかのようである。鮮明な映像は、おそらく私たちの世界と日本の現状認識をより確かな、身近なものにするであろう。このデジタル視力を生かしたテレビ番組の開発が21世紀の課題である。
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