NHKは何を伝えてきたか
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カテゴリー史2ニュース・報道 正確で信頼される報道

目で見るニュースを一番印象づけるのは、ニュース性のある出来事の中継である。テレビ登場以来50年間に、日本人がテレビに釘づけになったのは、浅間山荘事件、よど号ハイジャック事件など歴史的事件・事故の緊急中継であった。NHKは常に最新の機器を開発し、ニュース中継の充実に努めてきた。

緊急報道、テレビ報道の強化

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 NHKは全国から記者やカメラマンを集め、7月の田中角栄前首相の逮捕を経て、12月の総選挙に至る10か月間、集中的な取材・報道を行った。ロッキード事件では、テレビは捜査情報だけに頼ることなく、独自の調査報道を行った。
 80年代は報道の時代とも言われたが、日航機墜落事故の原因を究明する徹底した調査報道も行われ、『ニュースセンター特集─操縦室で何が起きたか』などを放送した。

111日間の天皇特別報道
 88年9月19日夜、昭和天皇の容体の急変を告げる第1報が入った。その後、天皇が吐血され、輸血を受けられたとの情報が入り、それから111日間に及ぶ天皇特別報道がはじまった。テレビは、初めて天皇の崩御と新しい元号平成の誕生まで、時代の変わり目を刻々と報道した。

阪神・淡路大震災
 95(平成7)年1月17日午前5時46分、阪神・淡路大震災が発生した。NHKはラジオとテレビで直ちに緊急報道を開始し、被害状況、生活情報、安否情報など、救援と復旧に役立つ情報を伝え続けた。NHKは地震発生から1か月間に、震災関連のニュースと番組を全国放送で273時間15分、近畿ブロックで354時間46分放送した。

ペルー日本大使公邸人質事件
 96年12月に武装した反体制グループがペルー日本大使公邸を襲撃して、人質を取った。この地球の裏側に起こった事件は、その後127日目のペルー軍特殊部隊の突入作戦まで、映像で刻々と伝えられた。NHKはフライアウエー(可搬型衛星伝送装置)を1月から現地に持ちこんで、映像をリマから日本に伝送し続けた。
 

戦争と同時テロの取材
 テレビの50年は相次ぐ戦争の時代でもあった。60年代にはじまったベトナム戦争は、テレビが報道した最初の戦争と言われた。その後、90年イラクのクウェート侵攻によって湾岸危機が発生し、91年1月17日、テレビはアメリカなどの多国籍軍が、イラクのバグダッドを空爆する模様を実況で伝えた。また、2001年9月11日に起きた同時多発テロ事件では、旅客機がニューヨークの高層ビルに突っ込む模様を『ニュース10』でリアルタイムで伝えた。

日朝会談と拉致問題取材
 02年9月17日の小泉首相と金正日総書記の史上初の日朝首脳会談について、NHKは当日約15時間にわたって伝え、その後も拉致問題について精力的に取材を重ねている。

 

小型VTRが変えた政治ニュース
 政治問題の取材でよく見るのが、政治家がある場所から出てきた時に、その傍らに寄って会談の内容や結果を確かめる“ぶらさがり取材”だ。この取材方法は、遠くは保守合同の取材から、最近の政局関連ニュースまで続いている。簡便なENG取材システムが70年代後半に出現し、79年の40日抗争と呼ばれた大平・福田の派閥抗争などで、取材される人物の発言がそのままテレビに流れはじめた。政治家の発言自体がテレビに出るわけだから、政治の取材は、その発言の背景や真意といったより深い取材、分析が重要になってきた。
逆L字型画面
逆L字型画面 何かが起これば、頼りになるのがテレビだ。1997年の秋、NHKは台風が本土を直撃しようとした時、あえてテレビ画面の隅を使って、逆L字型画面で台風情報を繰り返し放送した。緊急の情報を放送するには、このマルチ画面は非常に有効だった。これは結果として、データ放送の価値とその利用方法を周知させる結果となった。

■「NHKニュースの50年」1980〜2002


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