

年号が昭和から平成に変わり、『NHK特集』は、『NHKスペシャル』に変わった。1989年4月である。日本ではバブル景気がはちきれんばかりであった。海外では中国、東欧諸国で国の根幹を揺るがす激動が走っていた。世の中は『NHKスペシャル』が取り上げるべきテーマに満ちていた。「政治は改革できるか」(89.4.2〜)の3夜連続で始まり、「北極圏」(89.4.3〜)「驚異の小宇宙 人体」(89.6.10〜)「ひばりの時代」(89.6.29〜)「核の時代」(90.3.4〜)など大型連続シリーズを連打、『NHKスペシャル』の存在感を一気に高めた。
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| 「驚異の小宇宙 人体」 |
この年6月に起きた天安門事件。現代中国大転換の大きな切っ掛けとなった事件である。中国はどこに向かうのか、『NHKスペシャル』は、「天安門・激動の40年〜ソールズベリーの中国〜」(89.9.23)で応えた。ソールズベリーが、中華人民共和国成立以来の歴史を権力闘争、権力者たちの足跡を軸に検証した。90年代に入ると、バブルは崩壊し、ソ連も崩壊する。「緊急・土地改革 地価は下げられる」(90.10.10〜)は5夜連続、延べ8時間余にわたって放送。番組では、地価を下げる具体的な方策にまで踏み込み、国民的議論を巻き起こした。「不動産屋が『地価下落はあのNスペのせいだ』と嘆いた」という伝説まで生まれた。「社会主義の20世紀」(90.4.22〜)は、東欧諸国の激動を緻密な取材と、新たに発掘した貴重な歴史的資料で構成した大型シリーズである。社会主義は、その体制は、人間社会にとって、20世紀の世界にとって如何なる役割を果たし、また挫折していったのかを検証した。この歴史の大転換期を記録した単発『Nスペ』に「モニカとヨーナス〜旧東独・暴かれた密告社会〜」(92.10.12)「ヨーロッパピクニック計画〜こうしてベルリンの壁は崩壊した〜」(93.12.19)がある。社会主義体制の崩壊は、それまで闇に蠢いていた人間の生き様を、白日の下に曝けだした。
冷戦構造が崩壊し、湾岸戦争が勃発した。戦争勃発直後、『NHKスペシャル』は「湾岸戦争」(91.1.20)「ドキュメント湾岸戦争〜開戦から10日〜」(91.1.26)を放送した。戦闘爆撃機のパイロットの捕虜体験を描いた「タイス少佐の証言〜捕虜体験46日間の記録〜」(91.9.1)は、人間が殺し合い、その尊厳を傷つけ合うことの不条理を強く訴え、印象に残る番組となった。日本の半導体産業が世界一になり、大型シリーズ「電子立国 日本の自叙伝」(91.1〜)が始まった。技術者たちへの徹底した取材に裏付けられた見事なストーリー展開、大胆にして緻密な映像編集そしてディレクター自身が語り部として登場する斬新な演出によって、大きな反響を呼んだ。「アインシュタインロマン」(91.4〜)もまた、『NHKスペシャル』ならではの挑戦的、冒険的番組であった。
1992年、PKO法案が難産の末、成立。自衛隊はカンボジアに派遣された。この年12月から『NHKスペシャル』は大型シリーズ「ドキュメント太平洋戦争」(92.12.6〜93.8.15)に取り組んだ。第4集の「責任なき戦場」(93.6.13)は、太平洋戦争で最も悲惨な戦いとなったインパール作戦における、日本軍の極めて曖昧な作戦決定と失敗の責任を取らない体質を問い、現代日本人にも多くの示唆を与えた。戦争と平和を考える番組は『NHKスペシャル』の大きな柱のひとつである。被爆、終戦関連は毎年制作され放送されている。二、三例をあげれば、被爆関連では「原爆の絵〜市民が残すヒロシマの記録〜」(02.8.6)や「長崎 映像の証言〜よみがえる115枚のネガ〜」(95.8.9)がある。戦後50年の大型企画では「映像の世紀」(95.3.25〜)がある。2度の世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争から米ソ冷戦に到る“戦争の世紀”の実相を膨大な記録フィルムを元に描いた。度々再放送されているが、その都度新たな視聴者を掘り起こし、高視聴率を取るロングセラーシリーズである。戦後60年には『NHKスペシャル』は、「東京大空襲 60年目の被災地図」(05.3.6)「沖縄 よみがえる戦場」(05.6.18)「靖国神社〜占領下の知られざる攻防〜」(05.8.13)など15本の終戦企画を放送した。
敗戦の焼け野原から立ち上がった日本、経済の急成長と社会の歪みを地道な取材で検証した『NHKスペシャル』に「戦後50年 その時日本は」(95.1〜)がある。60年安保、三井争議、チッソ水俣、東大全共闘、石油ショック、プラザ合意などを取り上げた。戦後60年の、2005年には、「日本の群像 再起への20年」(05.4〜)を放送した。プラザ合意以降の日本、バブル景気に踊り、そしてその崩壊の中で自らを見つめ直し再生への糸口を掴んでいった日本人の懸命な闘いを描いたものである。ソニー、三菱地所を舞台に描いたトップの決断、半導体の栄光と挫折を東芝を舞台に描いた技術者の闘いなどいずれも緊張感に満ちた番組であった。2つのシリーズは、経済・社会のグローバル化が急激に進む中で、日本の未来像をどう描くか、我々は如何に生きていくべきかを問いかけたものであった。
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| 国会前のデモ |
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| 「北極圏」 | 「ひばりの時代」 | 「ドキュメント太平洋戦争」 |
20世紀をどう精算し、21世紀にどう臨むのか。「新・日本人の条件」(92.1〜)は、残業・飽食・外国人労働者などの身近なテーマを取り上げ、「日本の選択」(94.4〜)「日本再建」(97.4〜)は、税制改革・地方分権・年金改革・安全保障・医療保険・公共事業などの課題に真正面から取り組んだ。「21世紀への奔流」(96.4〜)では、大量移民・民族紛争・イスラムなど冷戦後の世界の潮流をとらえ、「家族の肖像 激動を生きぬく」(97.4〜)は、そうした世界のうねりの中を必死に生き抜こうとする家族の世界を描いた。さらに「世紀を越えて」は99年1月から2000年12月まで、2年間45本にのぼるこれまでにない超大型シリーズとなった。食糧・マネー・戦争・老い・家族・コンピューター社会・がん・安楽死などテーマは実に多岐にわたった。
小平による改革開放路線によって、急成長する中国に世界の耳目は集まった。「中国 12億人の改革開放」(94.10〜)は、富を求めて疾走する人々、低賃金の労働力を支える出稼ぎ少女たちそして汚職など、現代中国の実相をつぶさに取材、21世紀には政治的にも経済的にも世界をリードするであろう現代中国の激動を捉えた。96年には中国と台湾の2つの「故宮」の文物を、粘り強い交渉と多くの人々の協力で、同時に取材することに成功した。中国5000年の歴史を、貴重な文物の中に壮大なスケールで描き出した『NHKスペシャル』は大きな反響を呼び、NHKならではの番組となった。『NHK特集』「シルクロード」から25年を経た2005年、中国CCTVとの本格的な共同制作によって「新シルクロード」(05.1〜)に挑んだ。都市開発によって新たに発掘された多くの遺跡、進む考古学研究そしてハイビジョン映像を手にしたテレビ技術が、全く新しいシルクロードの世界を表現した。
災害列島日本にあって、『NHKスペシャル』の役割は大きい。91年の「雲仙・普賢岳大火砕流」、93年の「奥尻島大津波」そして95年の「阪神・淡路大震災」。大震災に際しては直後の『Nスペ』をはじめに、この年10本のシリーズで対応し震災からの復興、防災都市建設への課題を探った。04年末に起きたインドネシア・スマトラ沖を震源とする巨大地震と大津波。「インド洋大津波 映像で迫るその全貌」(05.2.27)は、アジア各国の放送局と協力して、目撃者の撮影した映像を収集、再構成して大災害の全貌に迫った。
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| 阪神・淡路大震災 |
激動の社会で、人々は悩み、心の拠り所を探る。「街道をゆく」(97.3〜/98.10〜)のシリーズは、1971年から『週刊朝日』に連載された司馬遼太郎の随筆をもとに、「日本人とは何か」「国家、文明、民族とは何か」という司馬遼太郎の思索を映像化した。競争を勝ち抜くことよりも大切なのは、人間同士が裸の自分をさらけ出し、本気で格闘すること。そこに命の輝きを見出すことが出来る。「こども 輝けいのち」(03.2〜)は、1年間にわたる長期取材によって、子供たちの成長していく姿を通して「命」の尊さをじっくり描いた。ディレクターは学校や施設に泊まり込み、子供らと生活を共にすることで「命」の輝きをじっくり見つめた。
最後に、05年から始まった「日本の、これから」について触れる。スタジオに集まった市民たちが、生放送で徹底的に議論する。視聴者自身が「国家の課題」を自らの身の丈で考え討論し、解決への糸口を探り、番組を作っていく。ナマ放送故の緊張感、真剣勝負が番組に活力を与えている。
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| 「戦後50年 その時日本は」 東大全共闘 安田講堂 |
「世紀を越えて」 | 「新シルクロード」 |