平成12年度の放送
出稼ぎ
放送:12月10日(日)23時35分〜翌1時10分(95分)
農業の近代化が進んだ1960年代から70年代、現金収入を求めた農民たちの「出稼ぎ」が急増します。
最も多かった1972年には、全国でおよそ55万人もの人たちが都会に出て、ビルや地下鉄、高速道路などの工事現場で働きました。
そして、そのほとんどが東北の人たちでした。
日本の高度成長を底辺で支えた「出稼ぎ」をテーマに放送する3本のドキュメンタリーです。

■現代の映像「出稼ぎ遺族」
 30分/1969年(昭和44年)
1969年(昭和44年)4月、東京の荒川放水路新四ツ木橋の工事現場で8名の作業員が死亡する事故が起きた。そのうちの7人は青森県南津軽郡大鰐町から来た「出稼ぎ」労働者であった。亡くなった7人のうち、5人の遺族が住む大鰐町居土地区に遺族たちを追いながら、農村の現実に迫る。

【制作スタッフ】
○構成: 村井 茂
○撮影: 副島道正
○編集: 角田滋夫
○音楽: 奥村 一
○語り: 山川静夫

■明るい農村 村の記録「減反詩集」
 25分/1973年(昭和48年)
1960年代後半、米の生産過剰が問題となり、1970年(昭和45年)には、国により米の生産調整・減反が開始される。この減反政策は、村からの「出稼ぎ」に拍車をかけることになった。当時全国で二番目に出稼ぎ者の多かった県である、秋田県の稲川町で、出稼ぎを拒否し、“農民は、農業で生きよ”と訴える長里昭一さんの書いた詩をもとに、減反で揺れる農村を見つめたドキュメンタリー。

【制作スタッフ】
○構成: 上田洋一
○撮影: 葛城哲郎
○音効: 磯川 博
○テーマ音楽: 広瀬量平
○語り: 加瀬次男

■新日本紀行「遠きにありて」〜東京・岩手県一戸町〜
 30分/1977年(昭和52年)
岩手県二戸郡一戸町から、東京の大井埠頭の工事現場に出かせぎに来ている釜石与市さんが思いをはせる故郷の情景──。一戸町平糠字釜石は、町の中心から10キロほど離れた山奥にあり、本家を中心に、分家が13戸、身を寄せるように建ち並ぶ村だった。男たちのほとんどが出稼ぎに出た冬の村の、残された家族とその生活を描く。

【制作スタッフ】
○構成: 船山 真
○撮影: 村上忠司
○編集: 苗田良治
○音効: 小山元良
○語り: 秋山 隆
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