2016年12月28日 (水)「思い出の鉄路(2011年放送)」から 廃線鉄道まとめ [北海道編 その1]


日本有数の石炭の産地で、ピーク時には150以上の炭鉱があった北海道。石炭の輸送のために鉄道路線が発達しました。しかしエネルギー政策の転換などによる炭鉱の閉山に伴い、姿を消した路線もあります。今も人々の心に残る廃線鉄道をご紹介します。

※北海道編その2 はこちらへ⇒

■手宮線 北海道で最初に開通した路線

手宮線小樽の様子

手宮線は北海道で最初に開通した鉄道です。南小樽駅から小樽港のふ頭のすぐ近くにある手宮駅まで。小樽の街中を走る2.8キロメートルは、道内各地で産出された石炭を船へ、陸揚げされた海産物などを内陸の各地へと運ぶ重要な路線でした。昭和60年に廃止されましたが、手宮駅の跡地は総合博物館として市民に親しまれています。

手宮線

手宮線図



■三菱美唄鉄道 石炭産業隆盛の象徴

三菱美唄鉄道

三菱美唄(びばい)鉄道は、函館本線の美唄駅と炭鉱のあった常盤台駅とを結んでいました。40両近い貨車をけん引する機関車の姿は、石炭産業隆盛の象徴でもありました。昭和47年に三菱美唄鉱山が閉山、鉄道もその年に廃止されました。

40両近い貨車

三菱美唄炭鉱閉山



■万字線 炭鉱開発の基盤

万字線

岩見沢から室蘭本線で一駅の志文(しぶん)。この駅と万字炭鉱とを結んでいたのが万字線です。鉄道の開通によって、沿線の他の炭鉱の開発も進み、最盛期には10以上の炭鉱が稼働していました。炭鉱閉山に伴って沿線住民の数も減り、昭和60年に廃止されました。

万字炭鉱

万字線車内



■三菱大夕張鉄道  名物ストーブ列車

三菱大夕張鉄道を利用する人々

夕張市には多くの炭鉱があり、三菱鉱業の主力炭鉱の石炭を運んでいたのが三菱大夕張鉄道です。地域住民の貴重な足でもあり、年間200万人を超える旅客を運んでいた時期もあります。

三菱大夕張鉄道

ストーブ列車車内

大夕張鉄道の名物は「ストーブ列車」。観光客も多く訪れましたが、昭和62年、開業からの76年の歴史に幕を下ろしました。



■夕張鉄道 北海道で最大規模の私鉄路線

夕張鉄道

夕張鉄道は大正15年に開通しました。その後路線は延伸され、夕張本町駅と函館本線・野幌駅の間の53.2キロメートルを結ぶ北海道で最大規模の私鉄になりました。昭和50年、沿線で最後まで操業していた炭鉱が閉山、夕張鉄道も廃止となりました。

北炭平和炭鉱

投稿時間:10時00分


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