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番組公開ライブラリーで試聴できる番組のご紹介 ▲目次トップ
ドラマ、ラジオ−番組詳細
評伝 環境の思想人たち あの公害と向き合った人々
水俣の闘士 川本輝夫 〜熊本県・水俣病〜
放送時間  44分    放送日  2003.08.11
公害に立ち向かった人物の生涯や思想を在りし日の録音や生前の姿を知る人達の証言から探るシリーズ。
水俣病患者故・川本輝夫さんは、苦しんでいる患者の先頭に立ち、チッソに対し責任を認めるよう抗議活動を行ってきた。激しい運動の進め方から「水俣の闘士」と呼ばれが、運動方針を巡って行動を共にした人びとが次第に離れてゆき、孤立を深めた時期もあった。川本さんが亡くなって4年あまり。当時の資料からその闘いの軌跡を振り返る。川本さんの生き方や思想に強い影響を受けた妻・ミヤ子さん、息子の愛一郎さん、医師の原田正純さん、未認定患者の緒方正実さんらが、それぞれの立場で水俣病に向き合い、行動する姿を追う。
評伝 環境の思想人たち あの公害と向き合った人々
山里からの叫び 佐藤鶴江 〜宮崎県・土呂久公害〜
放送時間  44分    放送日  2003.08.12
公害に立ち向かった人物の生涯や思想を在りし日の録音や生前の姿を知る人達の証言から探るシリーズ。
土呂久公害とは、大正時代から昭和30年代まで操業していた宮崎県高千穂町の旧土呂久鉱山で周辺住民が慢性ひ素中毒症になったものである。この土地で生まれ育った佐藤鶴江さんは、たった一人で「自分は鉱毒による公害患者である」と声をあげた。彼女の声は地域の公害反対運動を進め、土呂久のひ素中毒は公害病と認定されるまでになった。佐藤さんは土呂久公害の全面解決を知ることなく亡くなったが、現在土呂久からは、海外へも土呂久の経験を活かす情報が発信され、彼女の遺志は生き続けている。ごく普通の女性が公害と向き合った生涯をたどる。
評伝 環境の思想人たち あの公害と向き合った人々
海のGメン 田尻宗昭 〜三重県・四日市公害〜
放送時間  44分    放送日  2003.08.13
故・田尻宗昭さんは、昭和40年代半ば、企業が引き起こした公害を刑事事件として告発した人物である。海上保安庁の職員として四日市に赴任していた田尻さんは、密漁の摘発に関わるうちに、コンビナートの工業排水によって漁場が汚染されそれが理由で密漁が起きている実態を知った。根本的な原因を解決しなければ、密漁もなくならないと、詳細な調査ののちに企業を告発、その刑事責任を認める判決を勝ち取った。その後東京都の職員に転職し、そこでも六価クロム被害に対して住民と連携して企業と交渉するなど、生涯にわたって公害に関わり続けた。徹底して公害の発生現場で何が起きているかを調べる現場主義は、田尻さんに一貫していた姿勢である。番組は、人びとに「公害Gメン」と呼ばれ、企業の公害に対する意識を変えさせた田尻さんの足跡を振り返る。