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番組公開ライブラリーで試聴できる番組のご紹介 ▲目次トップ
公害の記録−番組詳細
日本の素顔 奇病のかげに
放送時間  30分    放送日  1959.11.29
日本の公害の原点といわれる水俣病が公式に確認されたのは、1956年(昭和31年)の5月である。奇しくもこの年、発表された日本の経済白書は「最早、戦後ではない」と記し、日本は高度経済成長時代へ向けて走りはじめていた。それから3年、原因不明とされた水俣病が、実は工場排水が原因の水銀中毒である疑いが強いことが分かる。"公害"という言葉がなかった時代に、水俣病患者の悲惨な実態をテレビが初めて全国に伝えた番組であり、今視聴すると当時の状況がよくわかる貴重な記録になっている。
ある人生 公害係長
放送時間  29分    放送日  1967.06.17
三重県四日市市は、石油化学コンビナートの町として発展した。市の財政が潤った影で、煤煙と亜硫酸ガスによって空気は汚れ、住民の健康を蝕んだ。日本の四大公害のひとつ、四日市ぜんそくの発生である。四日市市役所の公害対策係長・相松尚さんは、住民の苦情に対応し、全国からの視察団にも説明する。しかし、工場に対しては、権限を持たない市は、悪臭や煙の量を少なくするよう各工場に協力を求めることしかできない。この役職について3年、公害から住民を守ろうと奔走しながらも、どれほどの成果があったのかと苦悩する。
現代の映像 原油タンクのある風景
放送時間  28分    放送日  1969.12.12
鹿児島県喜入町は、放送当時、静かな漁村から一転して、巨大なタンクが立ち並ぶ原油貯蔵基地に生まれ変わろうとしていた。タンカーが入港すれば、町には年間2億円を超す税収入が見込まれるという。当時の喜入町長を主人公に、財政か自然保護かで、住民がとまどい、揺れ動く姿を描く。