特別座談会
「回想法に昔の映像を使ってみると…」

回想法の最前線で活躍し、NHK回想法ライブラリーの監修もしていただいている3人の研究者に、これまでの回想法の取り組みと、これからの回想法、そして、昔の番組やニュースといったアーカイブス映像を使った回想法の可能性について話していただきました。

回想をするときの脳の血流ってやはり増えるんですね遠藤英俊さん(元国立長寿医療研究センター長寿医療研修センター長 シルバー総合研究所理事長)

遠藤英俊さん 遠藤英俊さん
遠藤英俊さん
遠藤先生

1998年頃に私たちの病院で、認知症の人に薬を使わないで何かいいものはないかと探していて、回想法を実践している北名古屋市歴史民俗資料館(昭和日常博物館)を紹介されて出会いました。他に音楽療法など、いろいろな療法も当たったのですが、お年寄りが一番生き生きと元気になる場面を見たのが回想法だったので取り組んでみたいと思いました。

私はもともと医者なので、最初は治療に利用できないかと思いましたが、今はそれよりもお年寄りが楽しく生き生きとできる場を提供したいと思っていて、2002年に当時の厚生省と相談して、北名古屋市回想法センターを作りました。本当によく活用されていて、何百人という方が卒業して回想法センターのOBになって支えてくれて、地域の資源として回想法センターが生きていると思います。

臨床的な研究では、脳の血流をfNIRS (エフニルス:脳機能近赤外線分析測定法)という方法で見ているのですが、回想をするときの脳の血流ってやはり増えるんですね。普通の日常会話だと増えないのですが、回想法のように楽しく身を乗り出すような話をすると脳の前頭前野(思考や創造を行う場所)の血流が増えるんです。一日たった30分でもいいからお年寄りが深い話をする場面を作ると、脳の血流が増えて、脳の機能が活性化されるのではないかと思っています。

最近、私たちはオーストラリアでやっているスピリチュアル回想法に取り組んでいます。写真や物を使って昔を語るというのではない回想法で、人生を振り返って将来の夢や希望を語るんです。人間って、振り返ることで、将来に向かって生きていく方向性を決められるところがあるので、そういった回想法の力を感じています。

個人的には、回想法の事を語れる友達を増やそうと思っていて、できたら自分より少し若い人のほうがいいかもしれないなと。友達や同級生はみんな死んでしまいますから、ちょっと若い友達を作っていこうかなと思っています。昔を語れる仲間を増やしていくことは、自分にとっても必要かと思っています。

来島先生

その友達は僕で、、(笑)

遠藤先生

私よりちょっと若いですからね(笑)。私より先に死なない友達が必要なんです。

地元の同世代同士の回想法の輪が広がっていくんですね来島修志さん(日本福祉大学健康科学部リハビリテーション学科助教)

監修 遠藤英俊さん 国立長寿医療研究センター 長寿医療研修センター長 監修 遠藤英俊さん 国立長寿医療研究センター 長寿医療研修センター長
来島修志さん
来島先生

私も遠藤先生と同じで、北名古屋市歴史民俗資料館に出向いたことがきっかけで、健康高齢者の介護予防としての回想法に取り組んできました。その前は、作業療法士として病院で働いていたのですが、認知症高齢者と”昔とった杵柄(きねづか)”や、ふるさとの話をしていくといい関係が作れることを実感していたので、今から思うと、それが高齢者の回想に触れる機会だったかなと思います。

その後は、回想法実践・研究の草分けである野村豊子先生と出会い、いろいろな高齢者施設で回想法を経験しました。そこで一番実感したことは、高齢者の方から「あなたは、まだ若いから知らないでしょ、アルミのお弁当箱は穴が開くのよ」という話が飛び出し、気付いたらその方が教える先生になっている、それが自尊心や自己肯定感につながるということが回想法の一番の効果であり、魅力だということです。聞く側が「さぁ、治療をするぞ、リハビリをするぞ、記憶の訓練をするぞ」という発想ではなくて、気付いたら高齢者の語りに自分自身がハッとさせられたり、高齢者の方に対する尊厳が芽生えていたりすることに意味があるんだなぁと実感しています。

今、私が研究しているのは、回想法を指導する人の態度や認知症高齢者との接し方が、スキルも含めてどのように変化していくのかということです。名古屋市の認知症予防リーダーは、一般の高齢者にリーダー研修を受けてもらって、自分の地元で回想法を行ってもらっています。そうすると、地元の同世代同士の回想法の輪が広がっていくんですね。そうすることで認知症予防リーダー自身の認知症予防にもなるんです。回想法をする人とされる人の垣根がなくなって、地域に井戸端会議が復活して絆が再生していく、そんなきっかけになるといいなと思っています。

マサイ族の長老の昔の話を聞いたり…黒川由紀子さん(黒川由紀子老年学研究所所長・上智大学名誉教授)

黒川由紀子さん 黒川由紀子さん
黒川由紀子さん
黒川先生

私は、ボストン大学教授だったアンフリード先生が来日された時に、高齢女性の個別インタビューとして回想法を行うという研究をお手伝いしたのが始まりです。その後、主に医療機関や福祉施設で、回想法をグループで心理療法として行うようになりました。

その経験を通じて私が思ったことは、たとえ認知症だとしても、一人ひとりの高齢者が持つ人生の重みや体験は人の心を動かすものであり、聞く側にもエネルギーが与えられるものだということです。そこで、私だけが話を聞くのではもったいないと、同じ世代が集まるグループの回想法を始めるようになりました。お寺で行ったり、八ヶ岳で宿泊施設を借り切って行ったり、ケニアのマサイマラに行ってマサイ族の長老の昔の話を聞いたり、そういうことを若い学生や研究者と一緒にやってきました。最近は“書く回想法”を始め、祖父母が孫に伝える物語の会で書いていただいたものを披露・コメントしあい、それを自費出版のような形で本にまとめています。

今後、私がやりたいと思っていることは、回想法を高齢者だけでなく、いろいろな世代に活用できないかということです。人生100年時代と言われますが、生きていくことに不安でネガティブな若者たちが働いていく100年人生を、回想法を使って支えられないかと考えています。中高年の人に集まってもらい、これまでの仕事の振り返り、これから先、どうしていきたいかを考えてもらい、そこに若者や他の世代の人も参加してもらうというようなことをイメージしています。

「おしん」を見て泣いたという共通体験がある

編集部

昔の番組やニュースなどの、いわゆるアーカイブス映像を使った回想法には、どのような可能性があるでしょうか。

遠藤先生

映像を見ると、一気にその時代に戻れることができて、その時、自分が何をしていたのか一気に記憶が蘇ってくるので、すごく意義があると思います。それから、テレビやラジオは、同じように視聴していた人と共有していることに意味があります。「おしん」を見てどう思ったとか、その時は何をしていたとか、「おしん」を見て泣いたという共通体験があるので、それを語り合う場が欲しくなる。映像をきっかけに仲間を作れるようになっていくといいなと思います。

来島先生

例えば、NHK回想法ライブラリーに入っている「学童疎開」の映像ですが、これはやっぱりいいなと。カメラが子どもと一緒に列車に乗って、子どもの視線でお父さんお母さんが別れに手を振っている映像を撮っている。あれはやっぱり感じるし、子どものころを思い出せる映像になっているのではないかと思いました。それから、「学童疎開」の後半に映っている、お手玉の遊び方やお人形の着せ替えなどは、今の若い介護職の人は知らないんです。ああいうちょっとした映像の中にすごく回想を引き出す場面が出ていて、僕だったらあそこで一時停止するなと(笑)、思いました。

『連続テレビ小説 おしん』
人形の洋服を縫う子ども
人形遊び
黒川先生

「学童疎開」の話はたくさん聞いたことがありますが、こんなに笑顔で万歳をして送り出していたのかと、映像を見て驚いてしまいました。子どもたちもうれしそうな表情をしていて、イメージと全然違って、古い映像の中に新しい発見があると感じました。それが回想法の醍醐味で、過去について思い出して語るんだけれども、今の自分と照らして、今私が感じる、今ここに居る私と行ったり来たりする、それがすごく大事なのだろうと思うんです。過去のことを語りながら今を語っている、過去に乗せて今を語る、そこを聞き逃さないように…と思うんですね。

学童疎開をする子どもたち
子どもたちを見送る笑顔の親たち

将来は映像で「匂い」が流れたりね、VRもそれに近いかも

編集部

映像は実物にはかなわないという面もありますか?

黒川先生

いえ、実物は1個の情報しかないですが、映像の中には数え切れないほどの情報が入っていて、周辺情報がすごく豊富で、そこに生えている1本の木、履いている靴にも目が向いて、しかも動画ですから、より五感を刺激する面もあるかと思います。一方、認知症がものすごく進んだ方には難しいところがあるかもしれません。情報が速すぎるとか、場面が展開しすぎるとか、映像を止めて静止画にするなどの使い方の工夫が必要かもしれません。

来島先生

全体でどれぐらいの映像の長さがいいのか等、調節する必要もありますね。

遠藤先生

難聴の人をどうするのかとか、いろんなこと考えなきゃいけない。

来島先生

難聴の方が、意外と映像とテロップを見て反応されることも……。

遠藤先生

認知症が重度の人は、言葉によるコミュニケーションが難しいので、音楽療法は効果があるのですが、回想法のような言葉によるコミュニケーションは難しく、利用できるのは、中等度の認知症までかもしれません。

黒川先生

私たちが今行っている回想法は、前半が回想法で後半が音楽療法、その回想法と音楽療法につながりを持たせて、音楽療法士が、前半の回想法の話を受けた歌を歌ったりしています。

遠藤先生

混合型というか、より入っていきやすいかも知れませんね。

来島先生

五感をフルに刺激し活用する活動が、回想法のプログラムになっていくといいですね。

遠藤先生

将来は映像で「匂い」が流れたりね、VR(ヴァーチャル・リアリティ:仮想現実)もそれに近いかも。回想法も変わっていくと思いますよね。

孫やひ孫も、自分の昔話を聞いてくれない

編集部

今後、回想法はどのような広がりをみせていくのでしょうか?

黒川先生

世田谷区では、うつ予防としての回想法を行っていて、私どものスタッフが長年、関わらせていただいています。認知症以外の切り口や、病気を持っていなくても、医療とか福祉をちょっと超えたところでの広がりができるのではないかと思います。

遠藤先生

北名古屋市に回想法センターを作った時には、健康な人を集めようとしました。「地域回想法」という言葉を考えたんですが、普通のお年寄りが集まってサロンで昔話をする感じで、いろんな人から「なんちゃって回想法」なんて怒られて(笑)。それでも、地域で元気な人が寄り合い所みたいにサロンで語り合うという場所は必要だろうし、それを行政がやるというのが大事だと思ったので。結局、回想法によって「人づくり」や「地域づくり」、それから世代間交流につながっていったということが、私たちが北名古屋市で実践してきたものなのかなと思います。

来島先生

名古屋市の高齢者の方に健康とくらしの調査が行われているのですが、「思い出すことは好きですか?」という質問では、年を重ねるほど「好き」という率が上昇します。やはり、回想っていうのは普遍的というか、誰もが体験することだし、自然に回想するってことなんだなって思います。高齢者は、「孫やひ孫も、自分の昔話を聞いてくれない。だから、回想法で話すことは楽しかったし、うれしかった」とおっしゃいます。同居が少なくなって隔絶してきた地域社会の中で、回想法センターという高齢者同士が自由に語れる場があると、生き生きとしていくきっかけになると思うんです。

北名古屋市の回想法事業で回想法を体験されたお年寄りの方は600名を超えました。「いきいき隊」という隊を結成して、回想法センターの活動を盛り上げています。月に1~2回集まって、継続した活動をしているのですが、小学生や幼稚園児・保育園児が遊びにきてくれる場で語るというのがすごくうれしく、手紙や感想文を読むのが楽しいと。世代間交流のイベントは、高齢者の方たちにとっては、うれしい喜びの機会になるんだと思います。

回想法が、いろんな場所、いろんな地域で広がっていくといいなと思っています。「いきいき隊」の方たちは、今度は認知症の方がいらっしゃる施設に行って、ボランティアとして回想法で貢献したいという意識も高まっています。これは地域の宝というか、人財という社会資源だと思うんです。そういう方たちがいろんな場で、予防の場、ケアの場で力を発揮していただければと思います。施設の職員さんに向けて、こうしたボランティアを受け入れる研修をするという発想も必要なのかなと思っています。地域共生型、互助の社会をつくっていこうという中で、埋もれている社会資源がきちんと機能していくような取り組みをする、回想法がその起爆剤になればいいなと思います。

年を重ねるって悪くないなと。

黒川先生

もともと回想法は認知症の方に向けて作られたものではないんです。遠藤先生はその創始者のロバート・バトラー先生(米・老年学の父、回想法を考案)のところにいらしたのでよくご存知だと思うんですけれど…。

遠藤先生

いや、僕ね、それと知らずに彼とつきあったんですよ。老年学の大家として私は彼を抜きたい、追い越したいと思っていたので。彼が回想法を始めたと聞いて、やっぱり彼にはかなわないなと思って、ショックを覚えた記憶があって…。彼はお年寄りの視点で社会を変えようとし、彼のおかげでアメリカは定年がない。そういうのを見てきて、とても彼にかなわない。彼は文化をつくり、アメリカ社会の老人問題を解決していったんですね。すごい人だなあと思って。追い越そうと思った自分がびっくり、そりゃ無理だろうと(笑)

黒川先生

ロバート・バトラー先生が1番最初に出した論文を読み返してみると、回想法というのは、高齢者の誠実さ・落ち着き・知恵の発展に寄与するということを言ってらっしゃるんですよね。落ち着きとか、誠実さとか、知恵とか、英知とか、そういうものをじっくり受け取る受け皿としての回想法も非常に大事で、年配の方が生き生きとされている姿を見ることによって、あとに続く者が励まされます。年を重ねるって悪くないなと。

最近、年配になるほど幸福感は上がるというデータが多く出てきています。しかし、一般的には年を取るということはつらいことだ、認知症になってしまうかもしれない、どんどん衰えていくんだ、という風にいわれるので、そうではなく、もっと明るい未来像を若い人たちも描く手がかりとしての回想法という位置づけを、是非、大事にして発展させていきたいと思います。

回想法は、これから企業や組織でも活用できるのではと思っています。ある大手企業の社会貢献プロジェクトの一環として、地域の年配の方を会社に呼んで回想法をしたこともありました。100年人生で多くの人は組織に属しているわけで、そこで働く人たちにとっても資する回想法プログラムができたら素晴らしいなと思います。

遠藤先生

若い人のための回想法!黒川さんの話は、発想が5年、10年先を行っていますね。確かに、お年寄りに回想法をすると家族が変わってきます。また、来島先生は高齢者施設の職員が変わるとおっしゃいます。だから、回想法というのはお年寄りのためだけではありません。若い人や、お年寄りの関係者、そういうところにも影響が現れます。

来島先生

黒川先生は100歳まで生きられるんですよね?

黒川先生

いやあ、自分はどうかわからないですけど……そろそろ回想法を受ける側に回ります(笑)。よろしくお願いいたします。

(2018年2月17日)