NHKアーカイブスも震災と無縁ではありませんでした。
川口アーカイブスの建物や機械の一部が破損しましたし、被災地の放送局の応援で何人もの職員が災害報道支援活動に参加しました。
しかし幸いなことに、貴重なアーカイブス保存コンテンツには被害は出ませんでした。
さて、今回の『お宝発見ニュース』、本来なら「大発見〜!!!!!」と、小躍りしたくなるぐらいのニュースなのですが、どのタイミングで、どのような形で発表するか、ずっと悩んでおりました。
これは、大震災が起きたことによる「自粛ムード」によるものではありません。ご提供してくださった方(というより団体)ご自身が被災地に関係しているためです。
タイトルをご覧になれば、何が見つかったかピーンと来た方も多いと思いますが、昭和45年放送の大河ドラマ『樅ノ木は残った』の録画テープが大量に"発掘"されました。
しかも、全52話中、51話分というほぼ完全な形での発掘です(当初は50話分だけという話でしたが、後から再生してみると、"総集編"と箱に書かれていたテープからあと1話分が見つかりました)。
『樅ノ木は残った』は、山本周五郎の原作で、NHKのみならず、何回もドラマ化されている名作です。仙台藩・伊達家のお家騒動をめぐるさまざまな人間模様が描かれており、同じお家騒動を題材にした歌舞伎の演目では"悪役"とされている伊達家国家老・原田甲斐を「幕府の干渉から仙台藩を救ったヒーロー」として描いているのが特徴です。
大河ドラマでは主役の原田甲斐役に平幹二朗、そして当時人気絶頂の女優、栗原小巻・吉永小百合がダブル・ヒロインとして登場し話題となりました。
さて、そんな41年前の大河ドラマがどのように見つかったのでしょうか。
41年前といえば、家庭用のビデオである「ベータマックス」も「VHS」も発売されていないどころか開発の途中でした。
「仙台の近くにある町の郷土資料館で、大河ドラマを録画したらしいビデオテープが大量に見つかった。しかし、今、これを再生できる機械がなくて困っていらっしゃるらしい。相談にのってくれないか?」
上司からこのような電話があったのは2月の初めでした。
その郷土資料館に連絡をとってみたところ、その町とは、主人公である原田甲斐の居城・船岡城があった柴田町で、この大河ドラマのロケ地にもなっていたことが分かりました。
【あ】はさっそく、仙台から25kmほど離れた柴田町に向かい、テープと対面しました。
迎えてくださったのは「しばたの郷土館」副館長の小玉さんです。
- 【あ】
- 「ビデオテープといっても、あまり見かけない形ですね」
- 小玉さん
- 「これは、VHSやベータなどのカセットタイプではなくて、オープンリールタイプですね」
オープンリールタイプのテープでしたら、以前、桐生市の阿部さんからご寄贈のあったテープの中にも何本かありました。たまたま値札がついているのがあったのですが、60分テープで当時1万円ぐらいです。
- 【あ】
- 「これは、どなたか個人の方が録画されていたんでしょうか?」
- 小玉さん
- 「いえ、これは、柴田町のものなんです。町内に電機メーカーの工場があって、そこでビデオデッキやテープを作っていたんです。『地元が大河ドラマの舞台になるなら、その記録用に』ということで、工場が町にデッキとテープを提供してくれましてね。それでこれだけの録画テープが残っていたという訳なんです」
- 【あ】
- 「どこで録画されていたんですか?」
- 小玉さん
- 「この『しばたの郷土館』の前身にあたる観光資料館というのがありまして、そこにデッキを置いていました。機械が寄贈されても、録画は町の職員がやらなければなりません。当時、録画を担当した先輩に話を聞いたのですが、観光資料館は山の上にあり、しかも、大河ドラマは日曜日放送ですよね。休日出勤で山の上まで登るのは大変だったそうですよ」
あまりにも大量のテープは、そのまま持ち帰ることはできず、後日送ってもらうことにして、私は船岡城址公園に向かいました。
公園はちょうど工事中でしたが、「樅ノ木」はしっかり残っていました。(写真参照)
船岡城址公園は「日本の桜100選」にも選ばれる桜の名所です。小玉副館長は「今年の桜が満開になるころまでに、この大河ドラマがアーカイブ化され、町民のみなさんにも公開できると良いのですが…」と、おっしゃっていましたが、テープの修復・コピー作業が行われている真っ最中、東日本大震災が発生しました。
柴田町は内陸部なので津波の被害こそありませんでしたが、「しばたの郷土館」はしばらくの間、近隣住民の避難所となり、資料館としての機能は3月いっぱい、休止されました。
(つづく)
【あ】