No.017
2014.07.25
ドラマ
山田洋次監督のテレビ初脚本ドラマ『遺族』
今回の「発掘ニュース」は1年ほど前、埼玉県川口市にあるNHKアーカイブスで見つかったフィルムのお話です。
こちらがそのフィルム。
3つの缶に入っていたのは、3本の16ミリフィルムです。
アーカイブスのデータベースには登録されず保管庫の片隅にあるのが発見されました。
「ドラマ 遺族」と書かれたタイトルを最初に見た時には、何か大きな事件か事故を描いたドラマだろうか…というのが第一印象でした。
映像を見はじめると…白黒です。
あれ?!ドラマではないのかな?と思ってしまうオープニング。なぜならインタビューから始まったのです。
若者たちにマイクを向けて聞いた質問のやりとりはというと…
アナウンサー「特攻隊っていうのを聞いたことあるでしょ?」
若い女性「ええ、あります。」
アナウンサー「どう思いますか?」
若い女性「どうって分からないです、全然」
アナウンサー「特攻隊で亡くなった人たちについてはどう思いますか?」
若い男性「どう思うって、あまり利口じゃないと思います。」
放送日は1961(昭和36)年8月16日、終戦の日の翌日。このフィルムは特攻隊のことを取り上げた番組であることが推測できました。続いて…
重厚な音楽とともにタイトル『遺族』。
そして脚本・山田洋次の文字!あの「男はつらいよ」の山田洋次監督?!すぐに山田洋次さんの歴史を調べ始めました。すると、1961年は山田さんが映画監督としてデビューした年であることが分かりました。そして…!どうやらこの番組は、山田洋次さんテレビ最初の仕事らしいことが判明!もしかして大発掘?!とドキドキしながら映像を見続けました。
テーマ音楽の後、ドラマが始まりました。
舞台は鹿児島県の知覧、“特攻隊”の出撃基地となっていた場所です。飛行機もろとも敵の艦船に体当たり攻撃をする部隊です。
主人公は陸軍の報道班に所属していた高田俊夫(北村和夫)。
命を落とすことを前提にした作戦…何人もの特攻隊員を見送り続けた高田は、ある青年の最後の数日間、良き話し相手となります。家族のことや、愛する女性がいたことを打ち明ける青年…。
出撃前夜、高田は青年から日記を預かります。自分が亡くなったあと母親に届けてほしいというのです。
出撃の日、高田は彼の母親に日記を手渡すことを約束し見送ります。
しかし、高田は青年の遺族を見つけられず、日記を届けられないまま15年がたってしまいます。時代は高度経済成長期。世の中では戦争の記憶は薄れつつありました。
ようやく遺族を捜しだし日記を手渡した高田。母親は息子が生きているのではないかとあきらめきれずにいました。母親が高田に差し出したのは、一枚の新聞の切り抜き。
息子と同姓同名の男が詐欺の疑いで逮捕されたという記事…。この男が息子ではないかというのです。年齢も違いそんなことはあり得ないという高田に対し、「いろいろな事情で連絡できないのではないのでは…よそ様から見ればおかしいことと思われるかもしれませんが…」と母親。
遺族にとって戦争は過去のものになっていないと感じた高田は、こう語ります。
「私はそれが特攻隊の遺族の人びとに、いや、遠く南や北の国で骨を埋めた何十万の兵士の遺族の人びとに通じる気持ちなのだろうと考えた。」
ドラマの途中には、実際に特攻隊で家族を亡くして15年がたった“遺族”のインタビューが入っています。夫が出撃した女性の言葉に胸が痛みました。
「悲しみというのは薄紙をはぐように薄らいでいくものだそうですけれども、傷跡の方はいっそう深くなるような気がします。」
このドラマが発掘されたことを受けて、今年1月、首都圏ローカルの『特報首都圏』という番組で「発見 幻のドラマ 山田洋次が語る“戦争”」と題して特集されました。山田監督は、インタビューの中で制作当時の話や現在の思いを語ってくださいました。その一部をご紹介します。
「僕にとっては監督デビュー前ですし、ドラマの脚本を書くのも初めてだったのに、ずいぶん大胆な脚本だという印象はあります。
高木俊朗さんの『遺族』というすばらしいノンフィクションがあったから、それに基づいて作りました。人物の名前は変えてありますが全部実話です。」
「劇中にも出てきますが、特攻隊の攻撃がいかに確率の低い、ひどい作戦だったかというデータも調べました。当時、“一機一艦”と言っていたけれど1000機出て行って敵艦10隻も沈まなかったのですから。」
「僕たちを最後に、この国から“戦争”というものが消えていくことになるんだろうね。戦争はこんなに恐ろしいものだって、学校でちゃんと教えられているとは思えない。それに日本人の被害もひどかったけれども、日本人は加害者でもあるわけだから、それはちゃんと教えなきゃいけないんじゃないのかな。
戦争の体験を今、一生懸命語り残さなきゃいけないという気持ちにかられるんです。僕たちの世代の誰もが思っていることじゃないのかな。」
来月15日は終戦の日。ドラマ「遺族」が放送されてから53年になります。
山田監督の言葉にもある「語り残す」こと。『遺族』のようなドラマをアーカイブスでしっかりと残し、皆さんに見ていただく機会を持てるよう努力する。そのことが私たちのプロジェクトに出来ることだと感じました。