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目次 特集した番組 アーカイブス・カフェ座談会 NHKアーカイブスからのお知らせ 著作権Q&A

特集した番組

四つの目(2)
ポピュラーサイエンスの確立
昭和41年3月23日〜昭和47年3月30日

はじめに

 今月の特集は『四つの目』の後編です。
 『四つの目』は、昭和41年3月23日に放送記念日祭特集として初登場し、4月7日から41年度の新番組(木曜午後6時)としてスタートしました。当初は、アイデアはいいのだがとても続かないのではないかと危ぶむ声もあがったそうですが、日本初の映像を撮るのだという旺盛なチャレンジ精神と技術開発によって、あっという間に人気番組となりました。それまで目に見えなかったものが見える。これは当時の子どもたちだけでなく、すべての視聴者にとって大きな魅力でした。
 この番組を支えたのは撮影機材の進歩でした。この頃、特撮の需要はどんどん増し、NHKは、アニメーション、顕微鏡、コマ撮りといった特殊撮影機材を重点的に配備していきました。番組制作現場の要望が新しい機材を生み出し、新しい機材がまた新しい番組演出を生み出す、といった具合です。
 『四つの目』は昭和47年3月まで6年間にわたって放送され、次の『レンズはさぐる』にバトンタッチしました。この番組も、特殊撮影を駆使した番組作りで、引き続き人気を博しました。そして、昭和53年の『ウルトラアイ』でゴールデンアワーに進出し、家族そろって楽しめる科学番組が定着することになったのです。現在の『ためしてガッテン』まで40年も続く「生活科学番組」の系譜はまだまだ途切れることはありません。

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アーカイブス・カフェ座談会


[第7回]アーカイブス・カフェ座談会
四つの目座談会(2)
科学的なものの見方を養う

参加者紹介
今回は、『四つの目』の初期に制作・撮影を担当された方々です。
磯田利昭さん 磯田利昭さん(76歳・ディレクター)
昭和29年入局。福井局、名古屋局を経て、昭和40年から教育局科学産業部で『現代の経営』を担当。その番組終了と同時に『四つの目』を立ち上げた。『四つの目』ではディレクターとして、「ホームラン」「とんぼ」「蒸気機関車」などの回を担当し、その後、デスク、プロデューサーとして関わった。
大澤武文さん 大澤武文さん(69歳・ディレクター)
昭和36年、科学専門のディレクターとして入局。教育局テレビ教育部を経て、昭和38年から教育局科学産業部。磯田さんとともに『現代の経営』を担当の後、『四つの目』の立ち上げに関わる。「バイオリン」「蝶」「カブトムシ」などの回を担当。
竹内庸さん 竹内庸さん(74歳・カメラマン)
日大芸術学部の在学中から、東映の教育映画部のカメラマン助手として活躍。昭和38年に入局し、放送業務局映画部撮影課に配属になる。水中撮影を中心に特殊撮影技術を得意とした。『四つの目』では「とんぼ」「食虫植物」などの撮影を担当した。
持丸和朗さん 持丸和朗さん(71歳・ディレクター)
昭和34年入局。編成局映画部、教育局科学産業部、鹿児島局を経て、昭和44年から科学産業部で『四つの目』『科学時代』などを担当。以降、『レンズはさぐる』『ウルトラアイ』を担当し、『ウルトラアイ』の終了後にNHKを退職。日本テレビの『所さんの目がテン!』などを立ち上げ、現在も企画・監修を行っている。

工夫する楽しさ

持丸 カメラマンの工夫には、本当、いろいろ感心することがありましたね。
竹内 欲しい道具がなくても、じゃあ工夫しようっていう意識がとても強かったですね。例えば、小さなものを狙って移動撮影をしたい時にね、本当は微動台っていう装置にカメラを載せるときれいに細かい撮影ができるんだけど、当時はそんなものはないし、しょうがないからテーブルの上にタオルを置いてそこにカメラ乗せて引っ張ったりとかね…。そうするとディレクターは喜んで、「お、タケちゃん、いいよ、それ!それ、使おう!」ってね。そう言われると張り合いが出るんですよ。だからそういう手作りの工夫がすごく楽しかったですね。
持丸 四つの目のひとつ、「時間の目」のハイスピード撮影では、ものすごい光量が要るわけですよ。明かりを当てると、被写体が焦げてくるんですよね。煙が出てくる。
竹内 シラミの撮影で、画面のこっちからシラミを歩かせるでしょ。で、光をパッパッて当てたら…途中でパタッ(と死んでしまう)。
持丸 で、そういう時はねえ、またこれ、工夫なんだけど、丸いフラスコあるでしょ、あれに水を詰めて、フラスコ越しにビーム(明かり)を当てるんですよ。すると、フラスコのレンズ効果でビームが絞れるし、同時に水を通すから赤外線がカットされて冷たい光になるんです。
──工夫も科学的ですね。「時間の目」以外にも苦労したのは?
磯田 やっぱり「透視の目」っていうのが一番しんどかったね。
大澤 NHKには、撮影できる仕掛けは何もないんだから(笑)。それで、「透視の目」のレントゲンの撮影は、東京逓信病院に協力してもらったんです。
持丸 あそこは、本当によく協力してくれましたね。妙なことでもやってくれましたよ、嫌な顔もしないで。



みんな、科学っていうと
堅いものというイメージでしょ。
だけど、『四つの目』は
科学的なものの見方で
物を噛み砕いてね、
面白おかしく見せて、
子どもも大人も喜んだ。
そんな番組っていうのは
これが初めてだと思いますよ。


大澤 イルカを持って行ったこともありました。イルカの骨の様子をレントゲンで撮ったんです。呼吸の仕方や、イルカのジャンプの秘密と骨格の関係をみたりするのに。
磯田 そのレントゲンだって、もちろん病院が作業やってる時はダメですから、夜中です。で、先生方もサービスですからね。勤務じゃないんだから。真夜中、いや、朝までやりましたよ。
大澤 NHKにはソフトエックスっていうのもあったね。X線の機械が。
持丸 僕らはそれで撮影するの、うまかったですよ。
磯田 普通の人間用のレントゲンだとX線が強すぎるんだけど、ソフトエックスだと弱いので、半端な映像が撮れるんですよ。それが、小鳥なんかの骨格を撮るのにいいんですね。
竹内 例えばヤマネ(山鼠・小型哺乳類)なんていうのが、だんだん暖かくなってきて(冬眠から覚めて)心臓が動き始めます、なんてあるでしょ。ああいうのは、ソフトエックスじゃないと撮れないんですよ。中の心臓がだんだん動き始めるとかね。
持丸 最初はオペレーターがいたんですけど、途中で予算削減でいなくなっちゃって…(笑)できるディレクターが自分でやれ、と。だからねえ、僕らは結局それを覚えて自分でやりましたけど、大変だったですよ。

理科系か、文科系か

──皆さん、こういう専門分野を特にやっていたとか、こういう分野は絶対やりたいという思いがあったのですか?
磯田 ディレクターっていうのはね、意外と、大学で専攻してきたことが番組作りの世界には通用しないんですよ。だから科学番組っていうのもね、理科系オンリーだったら番組にならないと思うんです。理科系のそういう専門的思考をする人と、文科系の発想のできる人との組み合わせだと思うんですね。
竹内 それ、言いたかった。大学時代、文科系で演劇活動やってた人とかが、昆虫の世界を撮るでしょ。面白いし、評判いいんですよ。だけどね、大学時代に生物専門で、お父さんも学者だったみたいな人が、一緒に仕事してもね、素晴らしい瞬間を狙うんだけど、番組は面白くないんだよ。
持丸 当時ね、人間の4分割法っていうのが、結構流行ったんですよ。文科系文科人間とか、理科系理科人間とか、そういうふうにやると組み合わせが4通りになるじゃないですか。そういう分け方で言うと、理科系文科人間ないしは文科系理科人間ていうふうに異種文化の組み合わせの人が一番いいんだよね、多分。



百聞は一見にしかず 見てうれしい、知ってうれしい番組を


ポピュラーサイエンスの系譜


志を持った番組を

──『四つの目』という番組に関わっていま思うことは何でしょうか。
持丸 『四つの目』は6年続いたんだけど、その6年間はどんどん技術開発していった時期でしょう。だから、『四つの目』がうまくいってですね、そのあと『レンズはさぐる』と続いて、科学というテーマがゴールデンアワーで売り物になることに気が付いたわけです。その元を作ったのがこの番組なんですよ。
竹内 みんな、科学っていうと堅いものというイメージでしょ。だけど、『四つの目』は科学的なものの見方で物を噛み砕いてね、面白おかしく見せて、子どもも大人も喜んだ。そんな番組っていうのはこれが初めてだと思いますよ。
磯田 今までにない新しいものをやってみようじゃないか、という馬力というか、エネルギーがあったと思いますね。それが今、だんだんなくなってきちゃった。番組として完成度というか、格好のつけ方というか、そういう細かいテクニックを使ってまとまってきてるんだと思いますけれども、番組のエネルギーっていうのは、ちょっと衰えてきてるんじゃないかなと思いますねえ。
大澤 今の人たちには、新しい演出を考えて欲しいね。今ある番組と違う発想でものを見て、それで考えて欲しいね。民放とだんだん似たものが出て、NHKらしさがだんだんなくなってきたっていう気がします。
持丸 そういう意味でも、『四つの目』は、ポピュラーサイエンスのスタートとして最高だと思うんですよ。それが、今はいつの間にか、科学番組が健康と食べ物に特化してしまっている。だんだん数字(視聴率)を取りやすいところに特化してきてしまったんじゃないかな。もっともっと、こう、ポピュラーサイエンスの本筋をしっかり守って欲しい。その番組を見ることによって即座に得をしなくてもいいんですよ。『四つの目』でやってきたような、サイエンティフィックな目を養うってことは、明日それでどうなるってもんじゃあないんですが、長い目で見ればものすごく得なことなんですよ。“志を持った番組”これが大事だと思う。そういう志だけは今も大事にして欲しいですね。

おわり

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NHKアーカイブスからのお知らせ

「制作者といっしょに番組を見る会」
 お問い合わせ:NHKアーカイブス
 URL: http://www.nhk.or.jp/archives/

 9月8日、川口アーカイブスで「制作者といっしょに番組を見る会」を開催しました。今回上映したのは「NHKスペシャル ワーキングプアU〜努力すれば抜け出せますか〜」です。参加者は60人、中高年の方々が目立ちましたが、20代の参加もあり世代を通じての関心の高さがうかがえました。
 番組上映後、チーフ・プロデューサーと2人のディレクターが、番組に取り組んだ経緯や取材の舞台裏について話をしました。その中での、「500人ほどの人に取材し、その中から番組に出ていただいた方々には、勇気と覚悟を持ってカメラの前にすべてをさらけ出してもらいました」、「登場するそれぞれの家族のことを思って、番組を見てもらえたらありがたい」、「空き缶拾いで生計を立てている老夫婦が、かつての仕事に今も誇りをもって生きていることは救いでした」などの話は、参加者のみなさんに重みを持って受け止められたようでした。

今月の主な放送[アーカイブス関連番組]

※放送日時、内容は変更する場合があります。最新の番組表はこちら

ETV特集「ヒューマンドキュメントシリーズ 外人部隊のYUICHIROへ」 NHKアーカイブス(毎週日曜放送)
10月21日(日)総合/23:40〜1:00
ETV特集「ヒューマンドキュメントシリーズ 外人部隊のYUICHIROへ」(44分/1998年)
人間列島「みちのくの椰子の葉陰で」 人間列島「みちのくの椰子の葉陰で」(29分/1971年)
飯田深雪(料理研究家・アートフラワー創始者) あの人に会いたい(毎週日曜放送)
10月7日(日)教育/11:20〜11:30
飯田深雪(料理研究家・アートフラワー創始者)
「南部潜水夫〜岩手県種市町〜」(1974年)より 新日本紀行ふたたび(毎週土曜放送)
10月27日(土)総合/11:00〜11:34
「南部潜水夫〜岩手県種市町〜」(1974年)より
蔵出しエンターテインメント(毎週月〜水曜放送)衛星第2/19:45〜20:32
ビッグショー(毎週月曜放送)
10月1日  遠藤実 演歌の旅人(1977)
10月8日・15日・22日 番組休止
10月29日 田端義夫
今夜もギターとふたり連れ(1977)
名人劇場(毎週水曜放送)10月は植木等さん
10月3日  愉快にオンステージ 植木等VS堺正章 平成無責任コント(1991)
10月10日 歌謡リクエストショー(1991)
10月17日 番組休止
10月24日 番組休止
10月31日 テントでセッション 植木等(2001)

今月のおすすめ[番組公開ライブラリー]

※全国のNHK放送局でご覧いただけます。

10月のテーマは「鉄路への憧憬」

「蒸気機関車 C-62」 土曜スペシャル
「蒸気機関車 C-62」
(1971年8月7日放送・43分)
「幻の弾丸列車 東京発北京行 昭和15年」 歴史への招待
「幻の弾丸列車 東京発北京行 昭和15年」
(1982年1月23日放送・30分)
「執念が生んだ新幹線〜老友90歳・飛行機が姿を変えた〜」 プロジェクトX
「執念が生んだ新幹線〜老友90歳・飛行機が姿を変えた〜」
(2000年5月9日放送・43分)
「シルクロード―絲綢之路―第9集 天山を貫く〜南彊鉄道〜」 NHK特集
「シルクロード―絲綢之路―第9集 天山を貫く〜南彊鉄道〜」
(1980年12月1日放送・49分)

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著作権Q&A

Q:太宰治氏の「走れメロス」原作のドラマを制作したいと思います。ご遺族の許諾や出版社への連絡は必要でしょうか?


A:太宰氏は1948年に亡くなっていますので、著作権の保護期間(著作者の死後50年)はすでに切れています。したがって権利継承者(ご遺族)の許諾は必要ありません。また、出版社には著作権はありませんので連絡をする必要はありません。

 著作物の保護期間は、原則として、著作物の創作時点から著作者の死後50年の間と定められ、保護期間が切れたものは自由に使うことができます。ただし、保護期間が切れても原則氏名表示は必要ですし、著作者が生きていたとしたならば、その名誉を傷つけるような使用方法については著作権法で禁止されていますのでご注意ください。
 なお、著作権の保護期間については、映画の著作物(公表後70年)など例外も多くありますので、詳しくは著作権担当までご相談ください。

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編集後記

 『四つの目』が放送された昭和40年代は、子ども向け番組が活況を呈した時期で、夕方5時台から6時台には『ひょっこりひょうたん島(人形劇)』『こどもニュース』『次郎物語(ドラマ)』など、心に残る番組がたくさん並びました。『四つの目』の制作には大学や病院の先生、科学の専門家など多くの方々の協力が欠かせませんでした。現在の『ためしてガッテン』も同様に、多くの専門家の方たちに支えていただいていますが、その中には『四つの目』を見て育ったという方も少なくないそうです。さて、次回の特集は『スタジオ102』です。新しいニュース番組を切り開いた制作者たちの座談会です。(N)

発行:2007年10月1日 第13号
〒150-8001 東京都渋谷区神南2-2-1
NHKライツ・アーカイブスセンター
発行人:菅野 栄/編集長:根本佳則
編集:MAXプロジェクト/SOCIALSOFT.INC

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