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今月の特集は『四つの目』です。
NHKの科学番組には4本の柱があります。その1が、社会的視点から科学や技術の問題を掘り起こすドキュメンタリー番組。その2が、自然界の動植物の生態記録を映像構成した番組。その3が、医学や先端科学をやさしく伝えるスタジオ番組。その4が、ポピュラーサイエンスとも言われる領域で、科学を分かりやすくショーアップした番組です。『四つの目』は、このポピュラーサイエンス番組の先駆けです。
この番組は、夕方6時から青少年向けの科学番組として登場しました。最大の特徴は、スローモーション、コマ撮り、透視、拡大など、特殊な撮影技術を用いて、肉眼では見えない世界を視聴者に見せたところにあります。トンボの羽はどう動いているのか、鳥はどうやって翼をすばやく羽ばたかせているのか、小中学生が抱く疑問に映像が答えてくれました。百聞は一見にしかず。まさにテレビならではの世界です。また、スタジオに集まった小学生が質問をしたり、デカくんとチビくんが疑問をめぐって論争したり、草下英明さんの解説があったりと、スタジオショーとしても楽しめました。
この番組の成功は、『レンズはさぐる』『ウルトラアイ』へと引き継がれ、ゴールデンアワーに家族そろって楽しめる新しい科学番組のジャンルを確立することになりました。

![[第7回]アーカイブス・カフェ座談会
四つの目座談会(1)
お茶の間に科学を](img/feature_1.jpg)
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磯田利昭さん(76歳・ディレクター) 昭和29年入局。福井局、名古屋局を経て、昭和40年から教育局科学産業部で『現代の経営』を担当。その番組終了と同時に『四つの目』を立ち上げた。『四つの目』ではディレクターとして、「ホームラン」「とんぼ」「蒸気機関車」などの回を担当し、その後、デスク、プロデューサーとして関わった。 |
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大澤武文さん(69歳・ディレクター) 昭和36年、科学専門のディレクターとして入局。教育局テレビ教育部を経て、昭和38年から教育局科学産業部。磯田さんとともに『現代の経営』を担当の後、『四つの目』の立ち上げに関わる。「バイオリン」「蝶」「カブトムシ」などの回を担当。 |
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竹内庸さん(74歳・カメラマン) 日大芸術学部の在学中から、東映の教育映画部のカメラマン助手として活躍。昭和38年に入局し、放送業務局映画部撮影課に配属になる。水中撮影を中心に特殊撮影技術を得意とした。『四つの目』では「とんぼ」「食虫植物」などの撮影を担当した。 |
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持丸和朗さん(71歳・ディレクター) 昭和34年入局。編成局映画部、教育局科学産業部、鹿児島局を経て、昭和44年から科学産業部で『四つの目』『科学時代』などを担当。以降、『レンズはさぐる』『ウルトラアイ』を担当し、『ウルトラアイ』の終了後にNHKを退職。日本テレビの『所さんの目がテン!』などを立ち上げ、現在も企画・監修を行っている。 |
── 『四つの目』は、どういうふうに始まったのでしょうか。
大澤 磯田さんと僕が始めたんですよ。
磯田 そうですね。昭和30年代はテレビのエネルギーっていうのもワーッと高まって、昭和39年の東京オリンピックで完全燃焼して、そのあとちょっと一服って言うかなあ、ボーっとしてた時期があるわけですよね。
大澤 そんなときに、部長から「科学産業部も何か新しいことを生み出せ」と、言われたんです。
──なぜ 『四つの目』だったんでしょうか?
磯田 当時、科学万能主義みたいなところがあったんですが、一方で公害が出てきた時代ですよ。イタイイタイ病とか、水俣病とかね。だから、物事を複眼的に、一つの現象をいろんな角度から見ていこうっていうことだったんです。
── 『四つの目』には、「透視の目」「拡大の目」「時間の目」「肉眼」というのがありますけれども、これが決まっていった経緯はなんですか?
磯田 オリンピックなんかの時に、スローモーションとか、逆にコマ撮りとか、そういう撮影方法がずいぶん使われたわけです。で、これはいけるんじゃないかということで「時間の目」として使ったわけですよ。「肉眼の目」「拡大の目」に「時間の目」を加えて3つになるわけだけど、それだけじゃやっぱり物足りない。3次元はポピュラーだ、と。で、もう一発入れて4次元、ということで、「透視の目」ってのが加わったんです。「4」というのにはずいぶんこだわりました。
持丸 見方は4つに限らずいろいろあるわけでしょうけれども、 『四つの目』っていうふうに限定したところが、ものすごくうまいですよね。
『四つの目』ってネーミングももちろんいいし、それから演出論的にも非常にすっきりしたものになった。これは大発明、うん。
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── 『四つの目』は、特撮番組のはしりとして、いろんな技術を駆使していますが、その当時の技術水準はどうだったのですか?
竹内 うーん、あの頃はねえ、テレビ始まって間もないわけでしょ。そうするとねえ、報道関係からとか劇映画あたりの人たちとかが集まってきたわけ。僕自身も、生物専門のプロダクションで助手を2年間やって、それで接写の撮影だの覚えて、NHKの中途採用試験を受けてうまい具合に入れたわけですけど。そういう、いろんなことができる人たちが、いっぱい集まっていたんです。
持丸 当時の 『四つの目』の技術スタッフは、みんなね、新しい技術を生み出していこうとする、その能力はすごかったですよ。一番大変だったのは、「時間の目」のハイスピード撮影。まだフィルムの時代だから。ハイスピードで回しても現像しなきゃなんないから、撮影の現場ではうまくいったかどうかわからない。
大澤 1秒間で4000コマも回るんです。フィルムが、あっという間に終わっちゃうんだよね。
竹内 普通に回すと10分ぐらいかかるやつが、3秒ぐらいで流れていく。
持丸 しかも、フィルムが高かったんですよ。
大澤 フィルムが1本4万円もしたからねえ。
磯田 うん、それを20本ぐらい持ってってね。
竹内 カメラがウゥ〜ン、って音をたてたらもう終わり。
磯田 経理の人が見てたらもう卒倒しちゃうね、あれ(笑)。
竹内 それもさあ、やっぱり現像しないと映ってるかどうかわかんないんだもん。局まで戻って現像してからわかるわけだから。
持丸 ハイスピードカメラの中でフィルムが切れたらすごいんですよ。ふたを開けると中で粉々になっててね、もう開けるのが恐ろしい(笑)。
竹内 そう、すごい高速で回転しているから、全部ガシャガシャにちぎれちゃってね。ブローで全部きれいに掃除して。当時は、もう真っ青だよ。今は笑い話でできるけど。でも、失敗を繰り返す分、成功した時の嬉しさっていうのはもう何物にも代えがたい。ざまあみろ、とかって(笑)。
持丸 何を撮っても「本邦初演」でいばれたからね。
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── 『四つの目』の特撮映像で特に覚えているものを教えてください。
持丸 初期の頃は、例えばチューリップがヒューッと伸びてきて花が咲くのを微速度撮影(30秒に1コマ撮るなどの、いわゆるコマ撮り)で見せるだけでみんな喜んだわけですよ。こっちも大喜び。これは本当、面白かった、当時はね。
竹内 僕が覚えているのはサッカーの釜本邦茂選手(メキシコ五輪で日本に銅メダルをもたらしたエースストライカー)に出てもらった時。サッカーボールに足がぶつかる瞬間をハイスピードで撮影したんだけど、フィルムが高速で流れてって、あっという間になくなっちゃう、そのたった3秒か4秒の間に、足がボールに当たってくれなきゃ撮れない。それで釜本選手に、「じゃ、1、2、3って番号言うから、釜本さん、悪いけど『2』って聞こえたら駆け出して蹴っ飛ばしてください」ってお願いしたんだよね。で、釜本選手っていうのはすごい人だなと思って。一発で撮れたんですよ。現像してみると、ちゃんと足が入って、ボールが、こうへっこんでね、そのへこみが、飛びながら徐々にふくらんで戻ってくる、というふうに撮れていた。嬉しかったねぇ。
磯田 トンボの飛び方を調べたときに、4枚の羽を、前の一対と後ろの一対を使い分けていることがわかりました。知らなかったねえ。前と後ろを互い違いに動かさないと体が平らにならないんだよね。乱気流を作らないように、上の気流と下半分の気流を別に生み出していたんです。これは
『四つの目』のハイスピードカメラの撮影でわかったんですよね。これは本邦初演じゃないかなと思います。
持丸 それから、イヌが水を飲む様子。イヌはどうやると思います?ベロでこう下から上へすくうとみんな思ってるんじゃないですか。ところが撮影してみたら、上から、こう、ベロの下に巻き込んでいた。水を上側から巻き込む感じですね。誰も気づかなかった、そんなことがハイスピードカメラの映像でわかったっていうのがありましたね。当時、ハイスピード撮影っていうのは、ごく一部の研究機関でもね特殊な研究対象にしか使わなかったんです。だから、研究者でもトンボやイヌの本当の生態を見たことがない。こういう番組が介在することによって、一気にいろんな研究者が自分の研究してるテーマについての映像が見られるようになったわけですよ。そういう意味でもねえ、研究者と一緒になって新しい番組を開発しちゃったっていうんですかね。
大澤 第1回の科学放送賞を貰ったのを覚えてるよ。
磯田 当時の、科学評論家がすごくほめてくれた。とにかく「科学」というね、言葉を使ってない、それでいて非常にユニークな科学番組だ、という言い方をしてくれたですよね。
竹内 今、おもしろおかしく見てる科学番組のハシリですよ、元祖ですよ、 『四つの目』は。今はもう民放でも当たり前で、逆にNHKが民放の真似してんじゃないかと思うぐらいに民放さんもいい番組出してるでしょ、科学番組で。あれの本当のハシリはねえ、やっぱりNHKの、学校放送の理科であり、それから
『四つの目』が元祖だと思うね、僕は。
持丸 部分的にはね、当然、学校放送の理科番組っていうのはすごいことをその前からやってるわけですよ。そのパーツを組み立てて、いわゆる番組になったのは
『四つの目』という枠だったと思うんですね。組み立てたところがポイントだと思うんですね。そうすると、その後の番組っていうのは、もう、すぐに出来てくるわけですよ。その後『レンズはさぐる』とか、『ウルトラアイ』とかっていうふうに展開していくわけなんだけど、その番組としての原型ですよね。
つづく


お問い合わせ:NHKアーカイブス
URL: http://www.nhk.or.jp/archives/
7月21日・22日の2日間、川口アーカイブスでは恒例の「アーカイブス夏祭り」を開きました。今回のイベントでは新たな試みとして、普段は公開していないアーカイブスの業務エリアを視聴者にお見せする「保管庫ツアー」を実施しました。
1日2回のツアーに、2日合わせて計72名の方がご参加くださいました。膨大な量のVTRテープやフィルムの中から、利用したい映像を正確に取り出すための様々な機能を備えた「映像保管庫」や、取り出した映像を制作現場である渋谷の放送センターへデジタル回線を使って送り出す「デジタル伝送室」などを、職員が詳しく説明しながら案内しました。
およそ1時間あまりのツアーでしたが、「秘密基地を見ているよう」「貴重な体験をさせてもらった」「放送とは違ったNHKの隠れた努力を知った」など、参加者全員にご満足いただける企画となりました。これからのイベントでも目玉にしていこうと考えています。
![今月の主な放送[アーカイブス関連番組]](../../img/sche_2.gif)
※放送日時、内容は変更する場合があります。最新の番組表はこちら。
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NHKアーカイブス(毎週日曜放送) 9月23日(日)総合/23:40〜1:00 ■ ETV8「わが心のエルサルバドル フリーカメラマンの見た内戦」(45分/1990年) |
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■ ぐるっと海道3万キロ「また いちゃらやぁ キジムナー〜琉球妖怪譚」(29分/1987年) | |||
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あの人に会いたい(毎週日曜放送) 8月30日(日)教育/11:20〜11:30 ■ 谷崎潤一郎(作家) |
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新日本紀行ふたたび(毎週土曜放送) 8月29日(土)総合/11:00〜11:39 ■ 「うた声の聞える島〜香川県小豆島内海町〜」(1974年)より |
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蔵出しエンターテインメント(毎週月〜水曜放送)衛星第2/19:45〜20:32
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![今月のおすすめ[番組公開ライブラリー]](../../img/lib.gif)
※全国のNHK放送局でご覧いただけます。
9月のテーマは「人間と動物」
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「チロンヌップの詩 総集編〜キタキツネの記録〜」 (1976年5月3日放送・39分) |
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NHK特集 「カバのゴッドファーザー」 (1986年5月4日放送・45分) |
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たったひとつの地球 「野生動物のお医者さん」 (1996年12月9日放送・20分) |
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サイエンスZERO 「絶滅危惧(ぐ)種はなぜ増える 忍び寄る化学物質汚染」 (2005年3月5日放送・44分) |

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NHKの番組群のなかで、独特の存在を占めているのが科学番組です。NHKの科学番組の基礎となっているのは学校放送の理科番組で、小・中・高校生それぞれにふさわしい理科の知識を教えることを目的としています。一方で、理科に関心のない人、科学は苦手という人にも、科学をおもしろく見たり聞いたりしてもらおうというのが『四つの目』でした。「チンパンジー」「タマゴ」「バイオリン」「ホームラン」「噴水」「呼吸」など、身の回りのあらゆるものをカメラで分析していきました。この番組の流れは40年以上たった今も「生活科学番組」として受け継がれています。次回は、特殊撮影の苦労や科学する心について話し合います。(N)
発行:2007年9月1日 第12号
〒150-8001 東京都渋谷区神南2-2-1
NHKライツ・アーカイブスセンター
発行人:菅野 栄/編集長:根本佳則
編集:MAXプロジェクト/SOCIALSOFT.INC
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