フィルム録画機、VTRの登場
テレビが登場した時は、まだVTRがなかった。だから、初期のテレビ放送は、実況中継を売り物にし、スポーツや劇場の生中継、またスタジオでのさまざまな生番組が中心だった。生放送以外の番組は、テレシネ(フィルムをテレビ信号に変換)というフィルム送出物に限られていた。
しかし、必要は発明の母で、テレビ画面を直接フィルムカメラで撮影して、フィルムに録画するというフィルム録画機(キネスコープとかキネレコとも言った)が開発された。1954(昭和29)年10月に歌舞伎座の『蘭平物狂』をキネスコープ録画し初放送した。これは、テレビ放送史上の大事件であった。
実用的なVTRが発表されたのは、'56年4月のアメリカシカゴで開かれた全米放送事業者連盟の大会においてだった。開発したのは、米アンペックス社で、白黒用4ヘッド方式のVTRだった。それはメディア史における事件とさえ言われる反響を巻き起こした。日本には、'58(昭和33)年ごろから入りはじめる。ついにテレビは同じ電子の記憶装置を獲得したのである。そしていまテレビはデジタル時代に入って、ケタ外れに膨大なデジタル記憶装置を持つようになった。
テレビの世界にロングセラー、古典が現れる
NHKアーカイブスが開館した2003年、「テレビ50年」は、テレビ史に時代を画する年になったという気がする。それはテレビの世界にも書籍と同じように、永遠のベストセラー、ロングセラーやスタンダード、あるいは古典などと名づけられる番組群が育ちつつあり、アーカイブス番組が映像文化の中でなくてはならないカテゴリーとしての認知を受けたのではないかということだ。
映像のなかに何が記録されているのか─自分が生きた時代、空気、昔なじみ
時折放送されるアーカイブス番組を見ると、ニュース報道からドラマまでテレビはなんと多様ですごい映像を記録していたことかと驚嘆する。見たなかで特に刺激的だったのは、『新日本紀行』に登場する当時の人々を見たときの感慨だ。三陸海岸南部の素もぐりの漁師たちの顔や鍛え上げた体、子どもたちの顔としぐさ、物言い。京都北山の枝打ち職人など、それは忘れていたまぎれもない当時の日本人そのものであった。
スタジオの山田洋次監督が「いい顔をしてますね。生活者の、土地と仕事に生きた」と幾度も語るのに同感した。「そうだ、このころ日本人はみんなこんな顔と体をしていた」。映像は忘れた時代の風、雰囲気、人々の顔やしぐさから匂いなどまでなんと多様なことを記録していることか。映像に記録されたことばかりでなく、その映像から読み取れることも計り知れない広がりと深さを持つ。映像は社会と人間を記憶するかけがえのない宝庫なのである。
『テレビ50年の大同窓会』と銘うった往年の出演者・関係者の話は興味深かった。『おしん』同窓会(上)。何十年ぶりに見るアーカイブス番組自体が新鮮だった。ニュース報道番組同窓会(下)。




