テレビが
ジャックされた日
日本人がテレビに長時間釘づけになったひとつは、
1972(昭和47)年のあさま山荘事件中継であっただろう。
10時間を超えるNHKの中継の平均視聴率が50.8%。
国民の多くが1日中テレビを見ているという空前絶後の
テレビ体験が起こった。テレビもまた事件にジャックされた。犯人たちが機動隊に発砲し、犯人めがけて催涙弾が打ち込まれ、放水車が水を浴びせた。クレーンにつり下げられた大きな鉄球が山荘を壊しはじめた。機動隊が午後6時前、屋根裏から山荘に突入。人質は無事救出され、連合赤軍幹部5人が逮捕された。警察官2人が犯人に撃たれて死亡した。

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テレビ進化論06
国民の視線を釘づけにしたあさま山荘事件

次に何が起こるか

いったん人々の関心のある出来事が起こると、その出来事がどう展開するかを伝えるのはテレビの独壇場である。

そのことを鮮烈に伝えたのは、1970(昭和45)年の連合赤軍による日航機よど号ハイジャック事件であり、'72年の浅間山荘の人質救出作戦の中継だった。

10時間20分の長時間中継

'72年2月19日、あさま山荘事件は厳冬の軽井沢で起きた。連合赤軍が山荘の管理人の妻を人質にとって山荘に立てこもった事件である。

テレビは連日大がかりな報道をした。事件から10日目の28日午前10時、警察側は人質の救出作戦を開始。その日の軽井沢の気温は氷点下10度。犯人の銃弾、機動隊の催涙弾、建物を破壊するクレーン車の鉄球……。

NHKは午前9時40分から10時間20分にわたってこの救出作戦を長時間放送した。この間の平均視聴率は50.8%、犯人逮捕・人質救出場面を含む午後6時から7時の1時間は66.5%に達した。NHKと民放を合わせたテレビの最高視聴率は、犯人逮捕直後の午後6時26分に89.7%に達した。

現場でリポートした船久保晟一記者によれば「前夜の取材では、警察幹部は始めれば1時間と自信満々」で、放送計画もそれが前提だった。しかし、犯人たちの頑強な抵抗で予想は大幅に外れ、時間がズルズルと過ぎ、歴史的な長時間中継となった。

同じ時期、ニクソン大統領が中国を訪問中

この時期アメリカのニクソン大統領が、2月21日から27日の日程で中国を訪問していた。ニクソン大統領の訪中をテレビに流そうと、アメリカは移動地球局を中国に持ち込み、多数の放送関係者が訪中していた。

テレビ中継を続行すべきか、中断すべきか

国内にも国会をはじめ重要ニュースがあったが、それらはこの事件でかすんでしまった(第4次防衛力整備計画の予算先取り問題を巡って、国会が紛糾していた)。NHKも現在進行中の事件にカメラを据えたままであった。

実は、この歴史的なテレビ中継のニュースセンターのディレクター席に、筆者は数時間座っていた。正午のニュースも飛ばして現場の中継を続行していた。

鮮明に記憶しているのは、午後パタパタというスリッパの音と「おまえらいつまで中継しているんだ」という怒声だ。声の主は、後にNHK会長になる島桂次(当時の政治経済番組部長)である。この現在進行形のニュースを中断すべきか、続行すべきかの迷いが現場にもあった。

島の意見が通ったのかどうか知らないが、その後午後2時過ぎに1度、短いニュースを挟んだ(午後2時11分から衆院予算委員会のニュースを5分40秒)。ある意味では、テレビもまた国民が強く関心を持つ事件によって、ジャックされていたのだ。

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