アーカイブスの3つめの役割は、「公開」である。そのために設置されたのが川口の「NHKアーカイブス」をはじめ、全国のNHK放送局に整備された「番組公開ライブラリー」である。過去の番組をもう一度見たいという要望に応え、NHKの代表的な番組を無料で視聴してもらう施設である。この項では、日本に放送番組のライブラリーが設置され、発展してきた歴史と意義をみていく。
欧米の放送番組の公開は、1970年代から始まった
海外で放送番組のライブラリーはどのように整備されてきたのだろうか。アメリカでは、放送は民間企業による自由競争で発達してきたことから、過去の放送番組も営利を目的とした保存・活用という考え方が中心であった。しかし、1975年に3大ネットワークの一つ、CBSの会長だったウィリアム・ペイリーによってニューヨークに「放送博物館」が整備されてからは、放送番組が重要な文化遺産であるという認識が高まった。「放送博物館」では、歴史的意義がある番組の収集・保存と一般公開に取り組み、テレビ、ラジオ合わせておよそ14万番組の公開を実施している。公開番組の利用は、館内での視聴に限られているが、一般の人々が容易に接することができる。
一方、国家が文化政策を推し進めているフランスでは、放送番組の保存にも国が積極的に関与し、1974年に設立された国立視聴覚研究所(INA)が一元的に行っている。90年代以降、保存されている番組は、学術目的の利用が可能になった。修士レベル以上で教授等の推薦を受けた研究者が、放送番組の研究を目的に館内で無料視聴できる。この制度により、フランスでは放送番組の研究発表が、近年充実しているという。
1980年代に日本でもライブラリーの必要性高まる
日本では一般の人たちが利用できるライブラリー施設は、なかなか整備されなかった。既にみてきたようにNHKの組織的な番組の保存がスタートしたのが1981(昭和56)年度である。保存についての意識が希薄だった時代に、ライブラリーの必要性は議論されなかった。
必要性が論じられるきっかけとなったのは、1983年にNHKが放送した『ブラウン管の一万日─テレビは何を映してきたか』である。この番組では、テレビ放送開始30周年を記念して、NHKと民放が制作してきたテレビ番組の名作を数多く紹介した。ところが、制作の過程で放送史上に残る有名な番組が保存されていないことがわかってきた。
TBSの名作ドラマ『私は貝になりたい』(1958年)は、前半はVTRに収録し、後半は生で放送した。従って、後半は保存されていなくて当然だったが、幸い大阪の放送局が研究用にVTRに録画していて残っていることがわかった。藤田まこと主演の人気コメディー『てなもんや三度笠』(朝日放送制作、1962年〜68年)も放送局には、保存がなく、担当のディレクターが個人的に録画していた。
こうしたテレビ番組の保存の現状に加えて、『ブラウン管の一万日』が放送されてみると、テレビ番組が戦後日本を記録してきた時代の証言者であるという認識が放送界に広まった。そして、放送文化の発展のために国民が利用できるライブラリーの必要性が次第に主張されるようになった。
川崎にライブラリーが日本で初めて設置
その先べんを切ったのが神奈川県川崎市である。1988年11月に開館した「市民ミュージアム」に日本で初めてビデオライブラリーが設けられた。川崎市は、1981年から地域文化の振興を目的にNHKや民放各局が、地域社会の抱える課題をテーマに制作したテレビドキュメンタリーを対象に「地方の時代賞」映像コンクールを実施していた。
しかし、コンクールは3日間程度、作品を視聴できる人は限られている。参加作品を保存しライブラリー化したいという声が自然と生まれてきた。NHKも保存しているすべての「日本ニュース」を提供するなど積極的に協力した。公開番組のリストをみると、1980年代から90年代にかけて地域社会が直面してきた環境・福祉・人権など様々な課題が浮かび上がってくる。「地方の時代」といわれた1980年代に、一つの自治体が、ドキュメンタリーは現代の社会問題の変遷を知る資料であるという観点に立って、ライブラリーを設立した意義は大きい。
国も必要性を認め、横浜に「放送ライブラリー」設置
時を同じくして、国でも公共の番組ライブラリーの検討が始まった。郵政省(当時)では、1988年6月に放送事業者や研究者などをメンバーに「放送ライブラリーに関する調査研究会」を設置した。研究会は、「国民的財産である放送番組について、組織的・継続的に収集、保存し、一般の利用に供する社会的システムとして、放送ライブラリーの早急な設立が望まれる」という報告をまとめた。
この報告を受けた89年の放送法の一部改正によって、放送番組の収集・保存・公開の事業を行う制度が定められた。国が放送の公共性に着目して一般の人達が利用できるライブラリー設置の必要性を認めた意味は大きかった。NHKや民間放送が拠出した基金をもとに1991年10月に神奈川県横浜市に「放送ライブラリー」が設置された。NHKと民放各局から番組の提供を受け、一般に公開する本格的な施設がオープンした。
公開番組の数は、テレビ、ラジオ、コマーシャル合わせて14394本に達している。そのうち、NHKから提供し公開されている番組数は4366本で、協力している放送事業者の中で最も多い。(2007年10月現在)
公開番組は多彩で、ドキュメンタリーやドラマを始め、教育番組、歌番組、バラエティー、ワイドショーなど多岐にわたっている。横浜市の中心部という立地条件の良さもあり、毎年10万人を超える来館者がある。
「川崎市市民ミュージアム」のビデオライブラリー(1988年撮影)
開設当初は、1000本のニュース・番組が公開され30のブースが整備された。
提供:川崎市市民ミュージアム
横浜の「放送ライブラリー」館内の様子
10代の来館者が多い。地元の小学生の団体見学や修学旅行生の利用が増えているためという。



