アカイさんノート: 2013/05/23

生活情報をお届け!
『おはようジャーナル』

『おはようジャーナル』
キャスターの古屋アナウンサー(左)、山根基世アナウンサー(右)

1984(昭和59)年から7年にわたって放送された朝の情報番組『おはようジャーナル』。昭和から平成へと時代が移り変わるなか、バブル景気まっただ中の日本を主婦目線で切り取った同番組を改めて振り返る。 

番組の顔 

 連続テレビ小説放送終了後、平日の午前8時30分から生放送されていた朝の情報番組『おはようジャーナル』。放送は1984(昭和59)年4月から1991(平成3)年3月までの7年間にわたった。暮らしの情報から社会問題までさまざまなテーマを取り上げた同番組で初代メインキャスターを務めたのは、当時30代半ばだった古屋和雄アナウンサー。

古屋アナは企画段階から番組に参加しており、そこから誕生したのが番組のキャッチフレーズ“きずな、揺れてませんか”だった。「キャスターというのは、あくまでも番組をつくっていくスタッフのひとりだと思っています」と古屋アナ。「番組を通して、現代人の心の問題や人間関係のあり方を考えていきたい」とも話していた。(グラフNHKより)

 1990(平成2)年4月、古屋アナに替わりメインキャスターとなったのは町永俊雄アナウンサー。親しみやすい司会で後継番組となる『くらしのジャーナル』でも司会を務めた。

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町永俊雄アナウンサー

 

多彩なコーナー

 『おはようジャーナル』は5分間のニュースで始まり、次に日替わりでさまざまなテーマを取り上げたメインコーナー、曜日ごとに変わる多彩な企画、最後に「さわやかシェイプアップ」という内容で構成されていた。

月曜と水曜はほぼ全編をメインコーナーで占めていたが、火曜日は全国各地で作られた手作りの名産品を訪ねる小さな旅番組「手作り拝見とびっきり」、木曜日は宮本隆治アナウンサーや葛西聖司アナウンサーが首都圏の新風俗やタウン情報を伝える「どんどんズームイン」を放送。また、金曜日はメインコーナーに代わってスタジオに旬の著名人を招くインタビュー「ちょっといい朝」の後、さまざまな地域の人々の生き方、教育、産業など暮らしに関わる問題をリポートする地方局制作のコーナーが設けられていた。

曜日ごとに変わるコーナーの内容やタイトルは視聴者のニーズに合わせて何度か刷新され「われらはつらつ新夫婦」や「トーキョー達人図鑑」、「くらしのセンスアップ」なども登場した。

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『おはようジャーナル』さわやかシェイプアップ

 

家庭目線で社会現象をとらえる

 メインコーナーでは「いじめ」、「体罰」、「単身赴任」、「豊田商事の悪徳商法」など、よりビビッドに社会に迫るテーマを取り上げてきた。これらのコーナーは20〜30人の番組ディレクターがそれぞれに自分のテーマを追い、ほぼ毎月1回分の放送内容を担当。企画から、調査、予備取材、出演交渉、ロケーション、構成案、台本作り、ビデオ編集、本番から放送後の視聴者対応までを1人で受け持ったため仕事内容はハードだったが、時事性、実用性、話題性をともなった多種多様な企画の番組化につながったといえる。

 こうした企画の多くは単発で放送されたが、内容によってはシリーズとして数日間連続で放送されるものも。なかでも「戦争を知っていますか? 〜子どもたちへのメッセージ〜」は戦争体験者が自らの過酷な経験を子どもたちに伝える内容で、番組がスタートした1984(昭和59)年から1989(平成元)年まで毎年8月に放送されていた。

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『おはようジャーナル』

1966(昭和41)年に始まった『こんにちは奥さん』から続く、朝の情報番組。

生放送でお送りするスタジオ部分と、中継や収録を交えた多彩なコーナーで構成されるが、いずれも時代に見合った新鮮な話題を取り上げ放送してきた。昭和から平成へと時代が移るバブル期に放送されていたのが今回取り上げた『おはようジャーナル』。家庭の目線で社会現象を取り上げ、話題となった。

その流れをくむ『あさイチ』も放送4年目に突入! 明るく親しみやすいキャラクターの有働由美子アナウンサーと井ノ原快彦(V6)さんのコンビで日常の素朴な疑問から健康情報、社会問題まで幅広いテーマでお伝えしている。

『おはようジャーナル』
放送期間:1984(昭和59)年4月〜1991(平成3)年3月