アカイさんノート: 2008/03/17

できるかな

 NHKの子ども番組には2種類ある。ひとつは、子どもが家庭で見ることを想定した番組で、『おかあさんといっしょ』がその代表格。もうひとつが、学校や幼稚園・保育所などで見られることを想定した教育番組だ。 『できるかな』は、後者の幼稚園・保育所向けで、1970(昭和45)年4月8日から1990(平成2)年3月6日までの20年間、教育テレビで放送された造形教育番組だ。

 先生用の番組利用テキストが発行されるのも、学校や幼稚園向け教育番組の特徴のひとつだが、1972年のテキストには番組のねらいが次のように書かれている。
 
 この番組は子どもたちの表現意欲を刺激して、より幅広い自由な造形活動に発展する、手がかりとなることをねらいとしています。番組の刺激によって、幼児の心を開放し、新しいイメージを表現してほしいのです。(「幼稚園・保育所の時間 昭和47年度1学期」より)
 

 この頃の『できるかな』は、絵の「描き方」や工作の「技法」を教え込もうというのではなく、子どもたちを「わたしも描きたい!ぼくも作りたい!」という思いにさせることをねらいにしていた。

 番組の内容は、主人公のノッポさんが、身近な素材を使っていろんなもの(服、海、お化け、ロボット、乗り物、動物、家など)を作って、人形のゴン太くんを驚かせたり、それで一緒に遊んだりするというもの。前半は仕組みが分かるような基本的なものを作り、中盤は「ごっこ」遊び、テレビらしい大仕掛けの作品を作ってエンディングへ駆けていくという構成がベースになっていた。

 

出演者

 「ノッポさん」(高見映)
身長181cm、とても背が高い工作のお兄さん。チューリップハット、サスペンダー、そしてパンタロンがお決まりの衣装だった。決して言葉を口に出さず、華麗なタップダンス風のステップを踏みながら、身近な素材でいろいろなものを作り出した。当時の担当ディレクターは「高見さんは、決して工作は得意な人ではなかった。いい程度の不器用さが、見ている子どもの親近感につながったのかも知れないね」と語っている。

「ゴン太」(操作:井村淳)
 『できるかな』2代目の人形キャラクター。「けものでもなく、人でもない」不思議な生き物。時にはノッポさんに意地悪をしたりもするが、いつもいっしょにいるノッポさんの大事なパートナー。デザインは、番組の構成作家・山元護久と造形指導・枝常弘によるもの。「ゴン太」という名前は山元の命名で、大阪弁で「やんちゃ坊主」を意味する「ごんた」に由来する。独特の「ウゴウゴ」という鳴き声は、濡らした棒をこすって音を出す片皮の太鼓型ラテン楽器クイーカを用いて出していた。
 初代の人形キャラクターは、特に名前を持たない箱の上に腰掛けた形の「こどもたちが共同製作で作りあげたような感じの、ロボットとも怪獣ともつかないおかしなおかしな人形」(テキスト「幼稚園・保育所の時間 昭和45年度2学期」より)だった。

 

「おしゃべり」(初代:つかせのりこ 2代目:かずきかずみ)
画面には映らず、声だけが聞こえてくる存在。テレビを見ている子どもに対する解説、ノッポさんの通訳、ゴン太くんの通訳、劇中劇の登場人物の声、見ている子どもたちの気持ちの代弁といろんな役を演じた。その元気なおしゃべりぶりは、子どもたちに大ウケだった。

 

『できるかな』にノッポさんはいなかった?!

 だれもが『できるかな』=「ノッポさんとゴン太くん」と連想するほどおなじみのコンビだが、実は『できるかな』のスタート1年目には、ノッポさんもゴン太くんも番組に登場していない。

 『できるかな』の前身番組は、1967(昭和42)年から放送された『なにしてあそぼう』(~1970(昭和45)年)である。この『なにしてあそぼう』のキャラクターが高見映さん演じるノッポさん。そのときから言葉は全く使わず(口笛はふいた)、くまの「ムウくん」と絵を描いたり、工作したりする番組だった。 しかし、保育現場から多かった「絵の描き方や工作の仕方を子どもに教えられる番組を」というリクエストにも応える形で、『なにしてあそぼう』は4年で終了し、新番組『できるかな』が誕生する。

 新番組『できるかな』の1年目は、大人のお兄さん、お姉さんが演じる5人の男の子、女の子が共同で絵を描いたり工作したりする番組になった。けんかしたり失敗したりする中で、自然に絵画製作に必要なことを子どもの心の中にしみこませるのがねらいだった。 保育現場の意向も取り入れたつもりだったが、最初の1年間は試行錯誤続きとなる。残念ながら、結果としては現場の支持も十分得られなかったそうだ。そして、番組開始から1年で早速リニューアルが行われた。

 翌1971(昭和46)年のリニューアルで、ノッポさんが再び幼児向け造形教育番組に戻ってきた。その後、ゴン太くんが1974(昭和49)年に登場し、ここにだれもが知っている『できるかな』名コンビが誕生する。以降、1990(平成2)年3月に終了するまで、ふたりが番組の長い歴史を刻んでいく。


 最終回は、1990(平成2)年3月6日放送の「変身」。それは衝撃的な最終回になった。それまで20年間(『なにしてあそぼう』も加えると24年間)、無言を貫いてきたノッポさんが、番組の最後で遂に言葉を口にしたのだ。

 

「あーあ、しゃべっちゃった。今日は特別なんです。長い間ね、みんなと友達でいましたけど、『できるかな』は、4月から『ともだちいっぱい』という新しい番組と替わります」

 

 ノッポさんは自らの口で『できるかな』の番組放送終了を伝えると、後番組の『ともだちいっぱい』シリーズの『つくってあそぼ』に出演する「ワクワクさん」と「ゴロリ」を紹介し、引き継ぎのプレゼントとして、ワクワクさんと一緒に切り紙で星を作ったのだった。

 ノッポさんこと高見映さんが、その著書『ノッポさんがしゃべった日』やその後のインタビューなどで語ったところによれば、最後のセリフは全部アドリブだったそうだ。最終回を迎えたということと合わせ、当時その反響は大きく、街を歩く高見さんを見て、いきなり大の大人が泣き出したこともあったという。この回を幼稚園や保育所のテレビで見たときの衝撃を今も忘れられない人は、きっとたくさんいることだろう。
 当時見逃したという人は、ぜひ番組公開ライブラリーで自分の目(耳?)で確かめてほしい。

 『できるかな』の放送期間は20年間と長かったこともあって、ノッポさんとゴン太くんは、世代を越えて親しまれた。放送終了後もNHKをはじめ民放の番組にも出演したので、みなさんもいろんなところでふたりを見かけたことがあるのではないかな?


◇放送期間 1970(昭和45)年4月8日~1990(平成2)年3月6日
◇放送時間 教育テレビ 火曜 10:30~10:45 
◇ノッポさん 高見映
◇ゴン太 井村淳
◇おしゃべり つかせのりこ(初代) かずきかずみ(2代目)
◇構成 山元護久 蓬莱泰三
◇音楽 岩代浩一 小六禮次郎
◇造形指導 枝常弘 加藤晃 肥田収 八木紘一郎


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みなさんからの投稿

  • ノッポさんは「できるかな」だけじゃなく、90年代は、手話・パソコン・英語を教える番組にも出演していました。
    それらの番組をぜひ再放送してほしいです。

    ゆうちゃん|投稿日2015年08月17日 11:41

  • 1年目のお兄さん、お姉さんが大好きでした。
    元気はつらつのお兄さんたちは幼い私の憧れでした。^^
    あっという間に終わってしまい、時が経つにつれ「もしかして夢だったのかなぁ」と思うくらいに…。
    大人になり、頭の片隅の記憶を掘り起こすようにネットで検索した結果、ここにたどり着きました。
    そんな経緯があったのですね。
    ちょっと残念ですが、ノッポさんとゴン太くんは多くの世代の子供たちの最高の友だちなりましたね。

    こんな少数意見の子供もいたことをお知らせしたくてコメントさせていただきました。
    5人のお兄さんとお姉さん、夢じゃあなかったんだ…よかった。^^
    ありがとうございます。

    なお母さん|投稿日2014年01月08日 21:20

  • ごん太くん大好きです。
    昨日の再放送も録画しました(^-^)v 永久保存版にします。
    ごん太くんまた何かの番組で是非参加してほしいです。ごん太くんの企画を是非。楽しみにしています。

    まるこ|投稿日2009年05月09日 13:44

  • せっかく再放送してくれるんだったら、最終回じゃなく、つかせのりこさんの時のが見たかったです。ちょっと残念。

    チョコラさん|投稿日2009年05月08日 20:30

  • まさに、できるかなで育ちました。
    記憶が曖昧なのですが、夕方4時05分からの再放送
    を見ていたと思います。
    音楽はやっぱり「チャープス」の初代が印象に残って
    いまして、ライブラリーで映像を見た時には、
    思わず涙が出てしまいました。
    オープニングとエンデイングの時間が、かなり長かった
    のですね…。

    かぶとむし|投稿日2009年05月08日 19:14

  • >カセイジンさん
    念のために再度、アーカイブスに保存されている番組を見たり、当時の制作担当者に尋ねたり、NHKの公式記録を確認したりしましたが、やはり、“おしゃべり”の2代目は「かずきかずみ」さんでした。

    アカイさん|投稿日2009年05月08日 15:28

  • 二代目おしゃべりさんが、「かずきかずみ」となっていますが、「小宮和枝」の間違いでは、ないでしょうか?

    カセイジン|投稿日2009年05月07日 17:07

  • 観てましたよぉ。懐かしい。
    ゴン太くんの「ウゴウゴっ」って声を真似してました。

    masa|投稿日2009年02月14日 13:51

  • 『できるかな』の音楽担当者、そしてテーマソングと番組内での歌を歌っていた人たちの変遷を調べてみたよ。
     
    1983年3月まで
    音楽 岩代浩一
    うた チャープス/由起真
     
    1983年4月-1985年3月
    音楽 小六禮次郎
    うた 沙麗人
     
    1985年4月以降
    音楽 小六禮次郎
    うた みちるとピーカブー
     
    おなじみのテーマソング、作詞は番組構成の山元護久、作曲は岩代浩一だ。
    詞とメロディは変わりないが、歌うグループが変わるごとにアレンジは変えていて、omameさんが一番好きだったというチャープスのときは、サックスとトランペットが入り、そしてなにより「ダバダバダバダバ」というスキャットが印象的なクロスオーバー風のイカしたアレンジだったね。このチャープスが歌う期間が一番長かったので、このアレンジを思い起こす人も多いことだろう。

    アカイさん|投稿日2008年03月18日 21:00

  • 大人になってからも、これは機会があれば必ず見ていました。「ものを作る」という番組内容が好きだったからでしょうね。
    主題歌というか、歌を歌っていらした方には、「ステージ101」のメンバーだったチャープスがおられましたよね。このときの主題歌が一番好きです。
    自分が子供の頃も見ていたような記憶があります。番組ノートにあるくまの「ムウくん」は見たことがあるんですよ。内容までは覚えていませんが。
    「できるかな」の最終回はしっかりと見ていました。子供はまだ赤ちゃんだったので、結局は親の私が必死で見ていました(笑)。

    omame|投稿日2008年03月18日 18:05