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あなたが作った曲をあのスターが歌う!
夢がかなう視聴者参加番組
2009年10月16日(木)
『あなたのメロディー』は、1963(昭和38)年から1985(昭和60)年まで、22年間放送された音楽番組。
アマチュアが作詞作曲した作品を、プロの歌手が歌うコンテスト形式で、この番組から北島三郎の「与作」、トワ・エ・モアの「空よ」などのヒット曲も生まれた。
番組は毎回5曲を紹介。この5曲から、スタジオの観客と4人の審査員によって、その日の"アンコール曲"を選ばれた。さらに、このアンコール曲を集めて行う月間コンテスト(隔月)で12曲を選び出し、年間コンテストが開催された。

みんな自分で歌を作りたいはず
1963(昭和38)年、当時、東京都千代田区内幸町にあったNHKホールから、前例のない番組が生放送された。アマチュアが作詞作曲した作品を、その作者の希望する歌手が歌って発表するというものだ。
番組開始当時は、サラリーマンなど大半の家庭にとって、ピアノはなかなか手に届かない高価なものだった。しかし、番組スタッフは「一般の人たちにも、自分で曲を作ってみたいという願望があるのではないか」と着目して、企画を立ち上げた。録音用機材やテープも普及していないため、応募は楽譜によるものであった。
選曲は宝探し
開始当初は、応募作品も数少なかったが、やがて自分の作った歌を、自分の好きなスターに歌ってもらえるという魅力から、じきに応募が殺到するようになった。5人の番組スタッフは、毎週350から400もの応募楽譜の山と対面することになる。
画用紙に1本1本ていねいに五線を引き、ひとつひとつの音符を丹精込めて描いた楽譜。印刷された五線紙に書きなぐった楽譜。中には新聞の折り込み広告の裏に書いたものありと、個性も様々で読みやすい楽譜ばかりではなかったが、アコーディオンとピアノで1曲ずつ音にしながら、作者の意図を読み取る努力を続けた。
若者の気持ちを発露した曲、娘を嫁に出す父親の気持ちの曲、子どもの気持ちを純粋に言葉にした曲・・・演歌あり、フォークあり、ウェスタン、ブルース、マーチありと多種多様の楽曲が寄せられてくる。スタッフは「まるで宝探しのようだ」と、楽譜を手にとっていたという。
あの名曲も『あなたのメロディー』から生まれた!
それでは『あなたのメロディー』から誕生した主な楽曲を紹介しよう。
「与作」歌:北島三郎 作詞・作曲:七沢公典
「空よ」歌:トワ・エ・モア 作詞・作曲:難波寛臣
「海猫」歌:八代亜紀 作詞:高橋直人、作曲:小林学
「盛岡ブルース」歌:青江三奈 作詞・作曲:つのかけ芳克
「嫁っこはいねえか」歌:はしだのりひこ 作詞・作曲:佐々木善則
「お嫁に行くんだね」歌:水原弘 作詞・作曲:林保明
「あんな娘がいいな」歌:ダーク・ダックス 作詞・作曲:水本方治
「コンピューターおばあちゃん」 作詞・作曲:伊藤良一
「デンデン虫のデン子さん」 作詞・作曲:橋本美和子
「ひげなしゴゲジャバル」 作詞・作曲:菊地之枝
「算数チャチャチャ」 作詞・作曲:山口和義
「まあだだよ」 作詞・作曲:持田治男、佐々木道明
「でごいち」 作詞・作曲:平出賢文
「ともだち」 作詞:清水淳一、作曲:清水孝一
「おへそ」 作詞・作曲:佐々木美子
「それ行け3組」 作詞:桑嶋賢二、作曲:中村秀子
現在でこそ、楽器に触れる機会も多く、パソコンのソフトを使えば手軽に曲作りやデモテープ作りできたり、動画投稿サイトで発表できたりする。しかし、番組開始当時は、楽器もあまり普及していなかった。アマチュアの曲作りが珍しい時代に、この企画を立ち上げ、22年間にわたり親しまれた番組を立ち上げたスタッフの発想は驚くばかりである。
番組初期に番組に参加した作曲家の高木東六さんは、驚きとともに次のように記している。
「ぼくは、素人からこんな素晴らしいメロディーが生まれるとは思わなかった。驚くほかない。メロディーを作るという新たなジャンルが、生活の中にひとつ加わったとみるべきであろう。和歌や俳句を作るように」
あなたのメロディー
◇放送期間 1963(昭和38)年3月23日~1985(昭和60)年3月21日
◇放送時間 総合テレビ 土曜 午前7:30~7:59(1963~64年度)
日曜 午前10:00~10:40(1965~68年度)
日曜 午前10:00~10:35(1969年度)
日曜 午前11:00~11:35(1970~84年度)
◇審査員(アドバイザー) 高木東六、服部正、宮川泰、岩城宏之、
湯川れい子、山本直純、星野哲郎、遠藤実、
船村徹、小林亜星、山口洋子、平尾昌晃、
鈴木邦彦、鈴木淳、曾根孝明、石本美由紀、
なかにし礼、荒木とよひさ ほか
◇司会 長谷川肇アナウンサー(1963~64年度)
平岩毅アナウンサー(1965~67年度)
伊藤鐄二アナウンサー(1968~71年度)
奥村浩之アナウンサー(1972~73年度)
小堀信夫アナウンサー(1974~75年度)
谷啓(1976年度)
神津善行(1977~83年度)
山本浩アナウンサー、五十嵐麻利江(1984年度)
















毎回は見ていませんでしたが、思い出したときに家族で楽しんでいた番組のひとつです。「与作」が選ばれたときは丁度見ていて「やっぱりね!」と納得した事を思い出します。
出ていた曲はどれも素晴らしく、当時電子オルガンを習っていて、曲を作る事に興味を持っていた私は「絶対に番組に出る!」と目標は大きくかかげて練習しておりました(笑)。
しかし努力しても才能はなく、結局目標が果たせないまま番組が終わった事を悲しんでいました・・・。
(omame)
投稿日2009年10月16日 19:49
楽曲リストを見ていると、「あなたのメロディー」経由「みんなのうた」で歌われた作品が結構あるなぁ~って思いました。
印象に残ってるのは「算数チャチャチャ」や「それ行け3組」ですね。
「それ行け3組」で♪先生のあだ名はマントヒヒ(笑)の先生がクラスの子の頭をゲンコツでぐりぐりしていたのを思い出しちゃいました。これが歌詞にある♪100ボルトには気をつけろ!なんですね(笑)。
あと、これは私の記憶違いだったらゴメンナサイなんだけど、ダーク・ダックスの「あんな娘がいいな」って紅白でも歌われたけど、その後他局のドラマ(「あんな娘がいいな」ではなく「あの娘がいいな」っていうタイトルでした)のテーマソングになったよなぁ~って。
(更紗)
投稿日2009年10月17日 21:40
谷啓さんの司会で私の作曲した曲が紹介されました。佐川満男さんが歌ってくれたのを思い出しました。その時の映像はないでしょうか?
(ちょうさん)
投稿日2010年04月02日 21:26
>ちょうさん
ご返事が遅れて、ごめんなさい。
NHKアーカイブスに保存されている番組は、「NHKアーカイブス保存検索・NHKクロニクル」(http://archives.nhk.or.jp/chronicle/)で調べることができます。
ここで、『あなたのメロディー』を検索すると、「年間優秀作品コンテスト」(1978年度、1981~1984年度)の計6本と、1981年1月の特集番組1本だけがあることがわかります。
お尋ねの谷啓さん司会の回は、1976年度の放送分なので、NHKアーカイブスに残されていません。残念ですが、ご了承ください。
(アカイさん)
投稿日2010年04月08日 21:26
はじめまして。
NHKにおいては、昭和56年4月に、「放送番組ライブラリー」を発足させ、テレビ番組の完プロVTRテープの原則全面保存に取り組みはじめましたが、この「あなたのメロディー」をはじめとする一部のエンタテイメント番組などは、ライブラリーが発足した昭和56年4月以降放送分においても、番組の性格上の問題や、当時2インチから1インチへVTRが移行する過渡期という、当時の事情などもあったのでしょうか。
レギュラーバージョンの番組については、完プロテープの保存を認めるわけにはいかなかった、という事になるのでしょうかね。
(はちたま)
投稿日2010年04月28日 16:06
>はちたまさん
NHKが番組の保存を組織的、計画的に始めたのは、1981(昭和56)年度のこと。
これは、はちたまさんの投稿のとおり、そして、『ひょっこりひょうたん島』のページ(http://www.nhk.or.jp/archives-blog/2010/04/post_109.html)の投稿欄で、私からご説明したとおりです。
ただし、当初は経費等の都合上、すべての番組が保存されたわけではありません。NHK特集などの大型番組や特集番組、再放送が予定されている番組が優先されました。
そのため、『あなたのメロディー』も、「年間優秀作品コンテスト」とそのほかの特番だけが残されたようです。
(アカイさん)
投稿日2010年04月28日 17:55
この番組に限らず、「連想ゲーム」などのエンタテイメント番組とか、教育、教養系番組をはじめとした、昭和56年~60年ごろの一部のレギュラーテレビ番組が、「放送番組ライブラリー」発足後も完プロテープの保存を認められなかった要因としては、当時の予算面での制約に加え、番組内容が余りにもパターン化しすぎていたとか、この「あなたのメロディー」のように、「視聴者参加番組」の特性がネックにでもなったのでしょうか。保存するには値しないのではと判断されたのではないのでしょうかね。
(はちたま)
投稿日2010年04月29日 13:47
デンデン虫のデンコさん、梅雨の季節には、みんなのうたで見たあのアニメをもう一度見たいのですが駄目でしょうか?
(でんこさん)
投稿日2010年05月03日 21:26
1970年代半ば、私は中学~高校時代によく番組に参加させてもらっていました。
101スタジオに着き、リハーサル中の楽団の音を耳にするとき
最高の感動を覚えました。
自分の書いた一枚の楽譜が分厚い響きとなって流れてくる、
それはもう、言葉にならない大きな感動でした。
年間コンテストにも選んでいただいた曲もあり、
『あなメロ』は、私の青春時代のよき思い出です。
一度でいいから、番組が復活しないかなと願っています。
そしたら、また頑張って応募します!
(おたまじゃくし)
投稿日2010年09月06日 23:00
私は中・高・大の時代にそれぞれ1度ずつ入選し、テレビに3度出演させて頂きとても良い思い出となっています。高木さんや荻昌弘さんなどからアドバイスして頂きました。またあのような番組ができたらなあと思っています。
(健さん)
投稿日2011年03月04日 22:16
一度、アンコール曲に選ばれて、年間の歌集に掲載されました。「チビッ子に送る歌」(歌:デユ―クエイセス)。あの歌集は復刻していただけないですか?
(健さん)
投稿日2011年03月04日 22:26
「あなたのメロディー」の忘れた曲名を探していてここにたどり着きました。曲名、作詞、作曲、歌手のリストがあれば掲載願いたいのですが、一般人の名前はNGでしょうか?せめて曲名と歌手名だけでも掲載していただければ、他の方にも思い出の糸口となるのではないでしょうか?
ちなみに私が探している曲は、岩崎良美さんが歌った曲で、さびの部分で彼女の声域の最も高い部分を使ったものでした。その緊張感を鮮明に覚えています。
アンコール曲に選ばれましたが、月間コンテストでは、さびの部分が低く編曲されたためか、選出されず残念に思いました。
(ogu80000)
投稿日2011年08月31日 02:36
>ogu80000さんへ
岩崎良美さんが歌った曲ですと「ブルーレイン」(昭和56年1月)か「片想い“少女編”」(昭和58年4月)でしょうか?
「ブルーレイン」は昭和55年度の年間優秀作品コンテストでも歌われました。「片想い~」は未編集の音声素材が保存されているようです。
サビに高音…「ブルーレイン」ですかね??
(アカイさん)
投稿日2011年08月31日 11:29
アカイさん 調査ありがとうございます。
「ブルーレイン」だと思います。(月間コンテスト選出ならずは私の記憶違いかと)
昭和56年1月放送を手がかりに未整理のmyビデオを探してみます。
(ogu80000)
投稿日2011年09月03日 00:53
こんにちは。
私も二度出演させていただきました。
一度目は、まだデビューして間もない庄野真代さんに歌っていただきました。谷啓さんの司会でした。
二度目は月間コンテストへ進みましたが、ほとんど評価されず恥ずかしいくらいでした。
当時は家に録画の機械がなく、何の映像も残っていません。
もしやこちらでと思いましたが、毎回のはNHKにも保存されていないんですね。
心の中での想い出として取っておきます。
(ゆんこ)
投稿日2011年09月26日 23:33