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まことしやかな4人の解説
決めゼリフは 「はい、これホント!」
2009年3月6日(金)
『ゲーム ホントにホント!』は、1975(昭和50)年~81(昭和56)年まで6年間放送された視聴者参加のクイズ番組。4人の"ホントさん"がそれぞれの説を述べ、ハガキの応募で選ばれた4組の回答者が本当のホントを当てる、という形式だった。
問題も視聴者からの投稿をもとに作成されたが、週に1000通を超えるハガキが寄せられるほどの人気を誇った。
一流の演技力で繰り出す、まことしやかなウソ
なんといっても、この番組の見せどころは、4人のホントさんのまことしやかな演説にあった。本当の説を語っているのはたった1人。残り3人の説は、本当のようでまったくのウソ。いかにして、視聴者代表の回答者を迷わせるかは、"ホントさん"の演技力と説得力にかかってくる。
グリーンさん佐野浅夫の決めゼリフ「はい、これホント!」
ブルーさん・浜村淳が軽妙洒脱に自論を語ると、ピンクさん・志穂美悦子や新井春美、五大路子などの女優陣が優しく穏やかに否定する。するとイエローさん・長門勇が大声とオーバーアクションで、荻島真一が2枚目で甘い口調で回答者を惑わせる。最後に、それをたしなめるかのように、グリーンさん・佐野浅夫が真面目な口ぶりで自説を語り、たたみかけるような「はい、これホント!」で締める ―― 個性あふれる4人の流れるようなチームプレーが、人気の理由だった。
当初は回答者の席もまちまち
番組開始当初(昭和50年)、レギュラー回答者の座る席は固定されていなかった。
例えば、初年度の4月は
ブルーさん 9日:浜村淳、 16、23日:高松英郎、 30日:立川清澄
グリーンさん 9日:加藤武、 16、23日:佐野浅夫、 30日:高松英郎
といったように、まちまち。浜村淳も、回によってはイエローさんになることがあった。
これが、昭和53年からブルーさんは浜村淳、グリーンさんは佐野浅夫に固定され、ピンクさんは志穂美悦子、新井春美、五大路子、イエローさんは村野武範、長門勇、荻島真一らが週替わりでつとめていた。
あなたも挑戦! 本当のホントを見抜けるか?
どんな"まことしやかなウソ"の説が展開されたか? ある回を振り返ってみよう。
【問題】
アメリカの大統領官邸というより「ホワイトハウス」の方が私たちにはおなじみですが、この官邸が真っ白に塗られて「ホワイトハウス」と呼ばれるようになったのは、あるエピソードのためです。そのエピソードとは?
<ブルーさんの説> 建築家の名前から
「この官邸は、初代大統領ジョージ・ワシントンの幼なじみで、彼の片腕として活躍した建築家のアーロン・ホワイトが設計しました。そのため、すでに建築中から『ホワイトハウス』と呼ばれていましたが、完成後、いっそのこと白く塗ってしまおうというわけで、文字通り白い建物にしてしまったのです」
<レッドさんの説> 衛生局の規則で
「19世紀はじめのアメリカでは、清潔さを保つため、公共の建物はすべて白く塗らなければならない、という衛生局の規則があったので、『ホワイトハウス』になったのです」
<イエローさんの説> 建物の内部を涼しくするため
「大統領ジョージ・ワシントンはとても暑がりで、太陽の熱を反射し、少しでも建物の内部を涼しくさせようと、全体を白く塗ったため、『ホワイトハウス』となったわけなのです」
<グリーンさんの説> 火災の焼け焦げをペンキで隠した
「ナポレオン戦争の最中、イギリスはアメリカに宣戦布告し、一時、首都ワシントンがイギリス軍に占領されました。大統領官邸も一部焼き討ちにあいましたが、その後改築するとき、焼け焦げたあとを白いペンキで塗りなおしたことから、『ホワイトハウス』となったのです」
【正解】
グリーンさんが、ホントです。
大統領官邸は、1792年、初代大統領ジョージ・ワシントンが場所を選定して定礎式を行い、設計はジェームズ・ホーバンが担当しました。
1814年、イギリス軍の兵火により、議事堂とともに大半を焼失しましたが、翌年に改装されて白亜の建物となりました。なお、ホワイトハウスが公式名称となったのは、第26代ルーズベルト大統領が、便せんに「ホワイトハウス」と書いて以来です。
問題は、毎週1000通を超える視聴者からのハガキをもとに作成されたが、制作スタッフの一番の苦労は、なんといっても、正解以外のウソの説をいかに本当のように作り上げるか、だったという。いかにもホントらしい3つのウソをでっち上げることで、初めてホントさんの演技力も生かされたのだ。なお、1等賞の回答者には、『ゲーム ホントにホント?』のロゴ入り置時計が渡されたが、それ以外の回答者にも参加賞としてアルバムが贈られていた。思えば当時、民放の視聴者参加番組でも参加者がアルバムをもらうシーンを目にすることも多かった。思い出を残す家庭用機器はカメラが主流で、アルバム自体も高価な時代だったことを象徴しているようである。
◇放送期間:1975(昭和50)年4月9日~1981(昭和56)年3月13日
◇放送時間:総合テレビ 水曜 20:00~20:29(1975年度)
金曜 19:30~19:59(1976~1980年度)
◇出演:浜村淳、佐野浅夫、土田早苗、田坂都、新井春美(現・新井晴み)、
五大路子、志穂美悦子、高松英郎、根上淳、長門勇、加藤武、立川清澄、
寺田農、村野武範、荻島真一ほか
◇司会:相川浩アナウンサー(1975年度)
中江陽三アナウンサー(1976~1980年度)













問題で憶えてるのは、「フィギュアスケートのジャンプの種類でホントはどれ?」というので、今だったら真央ちゃん人気で結構知られてると思うんだけど、“トリプル・サルコウ”をそのときは“トリプル・サルコ”って言ってたみたいで、ウソの答えが「トリプル・イヌコ」だったんです(笑)。
たぶんあとの2つは“キジ”かなんかだったんでしょうね。
あと、「三善英史(みよし・えいじ)さんのヒット曲「雨」の中の歌詞はどれ?」っていうので、「“傘の花が咲く”土曜の昼下がり」なんだけど、「どんな、土曜の昼下がりなのか」が問題でした。ウソの回答は憶えてないんだけど、NHKがこういう特定の歌手の方の歌を設問にするのが珍しいなぁ~って思って、なんとなく憶えてますねぇ。
高松さんとか根上さんという、どっちかっていうと強面(こわもて)で、悪役っぽいイメージの方が、こういうくだけたクイズ番組のレギュラーになるっていうのが、とても新鮮でしたね。
相川アナも、中江アナも、洒脱で、自然なユーモアで、スタジオ全体が和んでいるのが画面から伝わってくる番組でしたね。
水曜日放送の頃は、「ホントにホント」の次が「世界史漫遊」で、この番組も大好きでした。
(更紗)
投稿日2009年03月06日 17:21
>更紗さん
ご覧いただいていた『バラエティー世界史漫遊』は、『ゲーム ホントにホント?』と同じ日に始まり、半年間、水曜夜の20:30~20:55に放送されたスタジオバラエティーですね。
「ベーブ・ルース」や「サンドイッチ伯爵」など、歴史上の人物をテーマに、そのライフワークやエピソードなどの史実を忠実に追いながら、パロディー・コントや音楽で楽しく紹介して人気の番組でした。
(アカイさん)
投稿日2009年03月06日 18:12
「ホントにホント」う~ん浜村淳さんと佐野浅夫さんの記憶が少し残っています。「はい、これホント!」ですね。
ただ、後の「クイズ日本人の質問」とゴチャ混ぜになっているようです。「日本人の質問」も回答者の皆さんの個性ある回答が面白く、どれも本当のようで、正解を知ってびっくりした事がたくさんあります。
更紗さんの言われていた「世界史漫遊」はしっかり記憶がありますよ。長門勇さんの「シラノ・ド・ベルジュラック」や、エンディングの「生きるものの歌」など覚えています。
(omame)
投稿日2009年03月07日 11:45
投稿したあとで気付いたのが、三善英史さんの「雨」の歌詞の設問が「傘の花が咲く」の部分だったのか、「土曜の昼下がり」のところだったのか、今ひとつ確信がないんですよね。でも、この歌が出題されたのは確かです、「ハイ、これホント!」(笑)。
あと、何代目かの坂東三津五郎さんが変わった短歌を作られたっていう問題で、“数字”を文字にあてはめて短歌を作ったっていうのが正解なんだけど、途中まで憶えてるのが、「五二七九 二八二 三九百 七九三三四、、」で、これを「いつになく 庭に咲く桃 なく寂し」って詠んだそうで、面白いなぁ~って、これはすごく印象に残ってます。
残念なのは、あとの部分(下の句?)がわかんないことです。
検索すればわかるんだろうけど、めんどくさいので、そのうち調べます(笑)。
(更紗)
投稿日2009年03月09日 18:35
小学校六年生のときに、父と一緒に出たことがあります。
最近になって写真が出て来たので、アーカイブスにあればと思い検索したのですが、残念ながら残っていないようです。
写真を見ると、ブルーさんが根上氏でグリーンさんが佐野氏の様なんですが、ピンクの「村松」さん、イエローの「立川」さんのお顔がどうしても思い出せません。
自己紹介で「野球が得意」と言ってしまったのにセカンドベースの位置の問題を間違えてしまい恥かしかったのを覚えています。
参加賞は、確かウクレレでした。
(hiko)
投稿日2010年10月31日 19:17