『私の秘密』(2)

バラエティ昭和30年代昭和40年代1950年代1960年代ら-ろ


人の数だけ"秘密"あり
12年におよぶ秘密探しの舞台裏


番組ノート

2008年9月5日(金)

 珍しい体験や才能を持った一般の人が次々に登場し、解答者たちがその"秘密"をあてる公開バラエティ『私の秘密』。1955(昭和30)年から12年間続いた人気番組だった。2回目は、制作の舞台裏をご紹介する。

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  企画からわずか1か月で放送開始!

 番組は、当時アメリカで人気だった『MY SECRET』の日本版として企画が持ち込まれた。すぐに、放送劇団の人間を使ってトライアル(試作)を行ったところ、「面白い、これはいける」となって、放送が決定された。
 企画を検討してから放送開始までわずか1か月という早さで、初代司会の高橋圭三アナウンサーは、当時を振り返って、
 「上層部から現場まで、良さそうなもの、できそうなものは直ちにやってしまおうという、家内手工業的なスピードと弾力があった」
と、語っている。

 "秘密"探しはとにかく大変

 「事実は小説より奇なりと申しまして、世の中にはいろいろと変わっためずらしい、貴重な経験をお持ちの方が多いものでございます」―― 高橋圭三アナウンサーの決めゼリフどおり、番組にはまさに〝小説より奇なる事実″が次々と登場した。全601回、12年にわたる放送を続けていくなかで、その"秘密"のネタ探しに苦労も多かった。

 ウサギ年にちなんで"日本一大きなウサギ"に登場してもらおうと、スタッフは全国の動物園や関係各所に問い合わせをした。なかなか驚くようなサイズのウサギが見つからなかったところに、「1m90cmあまりの大ウサギがいる」との話が寄せられ、取材クルーが名古屋に飛んでいってみると、「ウサギ」ではなく「ウナギ」だった・・・。
 何十時間もの漂流の末に救出された船員さんにご出演を願ったが、「船乗りとして不名誉」と断られたこと。さらに、お風呂が大好きという猿にスタジオへ来てもらったものの、リハーサルで湯船に手を入れただけで湯加減が気に入らず、本番直前までスタッフ総出のバケツリレーで湯加減を調整し、本番ではなんとかご入浴いただいた・・・など、放送の裏側ではさまざまなハプニングが巻き起こっていた。

 「対面コーナー」相手探しも苦労の連続

 番組の最後、ゲスト解答者の「対面コーナー」の相手探しも苦労の連続だった。
 ある茶道の家元が出演する際、番組スタッフは「30年以上前に京都駅で発車間際の汽車に飛び乗った際、草履の片方をホームと線路の間に落としてしまった。それをホームで目撃していた見知らぬご婦人が、自分の草履の片方をすばやく脱ぎ、動き出した汽車の窓へ、『道中お困りでしょうから』と言って渡してくれた」という話を聞きつけた。スタッフは、取材に取材を重ねてついにこのご婦人を探し出し、番組で家元とご対面を果たすという感動的なシーンを生み出した。


 今のバラエティから見れば、驚くほど、シンプルなセットに、番組の構成。しかし、その中には、テレビの可能性に賭けた当時の人々のエネルギーが凝縮されている。
 個性豊かな解答者たちがそれを当てるクイズの要素とトークショー的な面白さ、珍しい人やモノを発掘する楽しみ、などなど・・・。『私の秘密』のエッセンスは、現代のバラエティ番組にも、しっかり受け継がれている。



◇放送期間:1955(昭和30)年4月14日~1967(昭和42)年3月27日
        全601回放送
◇放送時間:1955年度 総合テレビ 木曜 20:00~20:30
               (※第1回のみ20:30~21:00)
        1956~63年度 総合テレビ 月曜 19:30~20:00
        1964~66年度 総合テレビ 月曜 20:00~20:30
◇司   会:高橋圭三(初代/1955~61年3月)
        八木治郎(2代目/1961年4月~65年10月)
        長谷川肇(3代目/1965年11月~67年3月)
◇初年度のレギュラー解答者:
        渡辺紳一郎
        (元朝日新聞記者、ラジオ『話の泉』解答者)
        藤浦洸(詩人、ラジオ『話の泉』解答者)
        藤原あき(資生堂美容部長)
◇初年度のゲスト:
        津島恵子、香川京子、岡田茉莉子、青山京子、寿美花代、
        草笛光子、若尾文子、高千穂ひづる、中村メイコ、
        山本富士子、月丘夢路、杉葉子、左幸子、八千草薫、
        高峰秀子、乙羽信子、轟夕紀子、山田五十鈴、江利チエミ、
        上原謙、佐野周二、里見弴、古川緑波、森繁久彌、
        池部良、佐田啓二 ほか

みなさんからの投稿

小中学生のころ「私の秘密」を楽しみによく見ていました。それからかれこれ四十数年の歳月が流れました。
私は趣味で指笛を吹いています。指笛との出会いが、私の記憶では43年前の「私の秘密」のなかで登場されて若い女性が演奏されていた文部省唱歌「ふるさと」でした。
素晴らしい音色に感動しました。そのとき演奏が終わって簡単な吹き方の説明があったのですが、どうにかして音を出したくて何週間も吹き続けたのを覚えています。今では全国でも吹ける人が余り多くなく珍しさも手伝いボランティアでイベントとかで童謡、唱歌を中心に楽しんで吹いています。
43年前というのは確か中学の一年生だったようなおぼろげな記憶で申しあげていますが、ひょっとしてあの指笛の演奏された日時が分かるんじゃなかろうかと思いまして書き込みました。
ネット社会になりまして指笛と入力して検索をして当日の演奏者はほぼ分かりましたが、それが放送された日までは特定できていません。日記もそのころから書き続けているのですが、残念ながら放映日については記入がありません。もしかしたらもっと以前、小学生の東京オリンピックごろまで遡らないといけないのかなと思ったりしています。

(トンコ)

投稿日2008年09月24日 06:08


>トンコさん

お返事がおそくなってしまいました。去年の秋からいろいろ調べておりまして、時間がかかってしまいました。

まず、当時のVTRや台本、出演者の記録などはまったくなく、番組関係者も細かい記憶までは・・・という状態でした。

しかし、いろいろと調べていくうちに、ペギー葉山さんがゲストのときに、指笛音楽演奏家の田村大三氏が指笛を演奏していたという記録が見つかり、そこから当時の番組時刻表を倉庫でかたっぱしから調べてみたのですが、ペギー葉山さんは、「私の秘密」に複数回ゲストでご出演されており、どの日か特定できませんでした。

そこで、全国のNHKの資料庫にある図書記録から田村大三氏に関する書籍を調べてみると、「田村大三指笛音楽六十年」(1994年出版)の中に、スタジオで田村氏と門下生の男女の皆さんがペギー葉山さんの前で指笛を披露している写真と放送日が掲載されていました。

そこで、その本の情報と当時の番組時刻表を照らし合わせた結果、昭和37年5月21日(月)放送の「私の秘密」(八木治郎アナウンサー)がお問い合わせの放送日であるようです。

ご記憶の時期よりも少し前のようですが、いかがでしょうか?

(アカイさん)

投稿日2009年02月19日 13:57


ビックリしました。正直なところ、時々確認していましたがあきらめていました。コメントが2になっていましたので早速開いてみますと信じられなかったです。膨大な資料の中から時間をかけられ、個人的な問い合わせに対して真摯に受け止めて頂いて感謝に耐えません。
中学以降は日記を毎日ではありませんが書き留めていますが、まさか東京オリンピックよりまだ前だったとは驚きです。当時は広島のふるさとに在住していまして、私は小学校の4年生ということになります。
いずれにしましても指笛の演奏された日が特定されたことは私にとりましては、大きな宝です。
今年の春に第26回全国都市緑化おかやまフェアが近くで開催されますが、イベントで吹く予定にしている文部省唱歌「ふるさと」にも46年前の彼女の音色にはまだほど遠いですが思いを込めて演奏したいと思います。それにしましても、NHK様の調査能力には頭が下がる思いです。ほんとうにありがとうございました。

(トンコ)

投稿日2009年02月25日 16:07


番組自体は私が生まれる前だったので全く見た事がありませんが、この前、妻の父と話していたところ、妻の曾祖父が出演したということを聞きました。秘密は「日露戦争の日本海海戦でZ旗を掲げたのは私です。」というものです。もし映像が残っているのであれば一度拝見したいです。

(ダイゴ)

投稿日2010年05月01日 23:24


>ダイゴさん
『私の秘密』は、生放送だったため、フィルム録画機(キネレコ、キネスコープと呼ばれたもの)で番組を記録した4本だけが残されています(放送日は、1958年1月2日、1964年9月28日、1964年11月23日、そして1967年3月27日の最終回)。
この4本を調べましたが、残念ながら、お尋ねの内容はありませんでした。

(アカイさん)

投稿日2010年05月07日 14:21


アカイさん
返事が遅くなり申し訳有りません。
わざわざ探していただきありがとうございます。結果として記録が残っていなかったのは残念ですが、個人的な事に対して調べていただいた事に本当に感謝しております。
ありがとうございました。

(ダイゴ)

投稿日2010年05月24日 22:10


私は縁有って京都園部の生身天満宮という神社へ嫁いでいます。いま神社の公式サイトを立ち上げようと様々な記録をさかのぼって調査を進めています。その中で、主人の祖父が昭和39年(1964年)の「私の秘密」に出演したことが分かりました。「私は武部源蔵の子孫です」というテーマでした。
貴ブログで1964年の記録が2本分残っていると拝見しました。もしかして、祖父の出演分でしょうか?万一そうであれば、ぜひ拝見したいです。
当時NHK様から戴いたという白黒の撮影風景アルバムは手元にありますが、放送を拝見出来たら有難いと思っています。
ぜひお調べ頂きたく唐突に図々しいですが、よろしくお願い申し上げます。

(ゆっこさん)

投稿日2011年03月03日 14:45


>ゆっこさん
現存している1964年9月28日、1964年11月23日の2本について、お問い合わせの「私は武部源蔵の子孫です」のテーマで出題されているか調べました。
残念なことに、お尋ねの内容はありませんでした。

(アカイさん)

投稿日2011年03月24日 14:07


アカイさん
お忙しいところお調べ、お返事頂いてありがとうございました。
少し残念ですが、このような情報たっぷりのサイトに出会えただけでも有難く嬉しく思っています。お礼申し上げます。

我が家である生身天満宮のサイトはただいま公開準備中です。
その中で、「私の秘密」についてご紹介の予定で準備していますのでぜひアップの暁にはご覧になって下さい。
ちなみに、そのご紹介ページから貴ブログにリンク出来るようにさせて頂いてもよろしいでしょうか??

(ゆっこさん)

投稿日2011年03月24日 14:26


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アカイさん

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現在放送中の「梅ちゃん先生」は東京が舞台。
昭和36年からの歴史をたどり「東京」を主な舞台にした“朝ドラ”を振り返ってみよう

アカイさんって誰?
とじる

アカイさんとは?

一見さえないけれど、実はNHKのアーカイブス番組のことなら何でも知っている謎のおじさん。

アカイさんが書きつけてきた、番組資料の膨大な数のノート『アカイさんノート』には、みんなが知っている有名な番組から思い出すのに苦労するような番組まで、メモや写真で事細かに記録してあります。

読めば読むほど、番組の様子やその当時のことが思い起こせる『アカイさんノート』。
さあ、みなさんもアカイさんと一緒に、NHKアーカイブスの奥深~い世界をのぞいてみましょう!

愛犬ブースとともにみなさんからの投稿を待っています。


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