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「アブラカダブラ!」のおまじないで
子どもたちを不思議な映像世界へ
2008年9月12日(金)
『魔法のじゅうたん』は、当時最新の特殊撮影技術を駆使して話題を呼んだ、子ども向けバラエティ番組。1961(昭和36)年4月から2年半 、放送された。
司会・黒柳徹子の「アブラカダブラ!」の掛け声とともに、"魔法のじゅうたん"が子どもたちを乗せて空を飛び回るなど、夢あふれる映 像の連続に子どもたちは夢中になった。
CGのない時代、「子どもたちに最高の夢を見せよう」と、スタッフと出演者が一丸となって作られた番組の舞台裏をご紹介しよう。

応募者殺到!日本各地へ空中散歩
番組のメインは、"魔法のじゅうたん"で日本各地を空から観察するコーナー。アラビア風の衣装をまとった黒柳徹子と、ターバンをかぶ ってガウンを羽織った小学生2人が、NHKの屋上から飛び立つところから始まる。
魔法のじゅうたんが空を飛んでいるシーンは、ヘリコプターによる空撮映像にじゅうたんに乗った黒柳徹子と子どもたちの映像をはめこむ 「クロマキー」という合成技術を使用。子どもたちのリクエストをもとに行き先が決められ、黒柳徹子の流れるような案内で、富士山頂の測 候所、大阪城、煙をはく阿蘇山などをあたかも空から楽しむ様子が映し出された。さらに毎回、出演した子どもの通う小学校も上空から映し、校庭では全校児童で人文字を作って魔法のじゅうたんを歓迎した。
出演する小学生は応募者の中から抽選で選ばれたが、本当に空を飛んでいるような様子が人気を集め、応募が殺到した。
使える技術をすべて投入
番組は"空飛ぶじゅうたん"以外にも、さまざまなコーナーがあった。
コミカルな動きで人気だった3人のクラウン(道化師)のコーナー。ここでは、動きが実際より素早く見える「コマ落とし」という撮影技法 が使われた。
司会の黒柳徹子が2人、3人出てきて、息もぴったりにおしゃべりしたり、合唱したり。これは、2回、3回と撮影したものを重ねて合成。今でこそ当たり前の技法だが、当時は斬新な演出だった。
今までにない映像を生み出そうと、NHKの技術スタッフは当時使える技術をすべて投入した。
子どもたちにこそ、一番いいものを
脚本を担当したのは、当時第一線で活躍していた飯沢匡。『おかあさんといっしょ』の初代人形劇『ブーフーウー』(1960〜67年)の脚本でもおなじみの劇作家だ。
「子どもの感覚、かしこさは大人以上だ。子どもたちにこそ、一番いいものを作って見せよう!」。飯沢の方針で、スタッフ、出演者たちは一丸となってアイデアを出し合い、"本物"をめざした。例えばクラウンが活躍するコーナーでは、本場ヨーロッパの道化師の動きを研究するなど、いっさいの妥協はなかったという。
『魔法のじゅうたん』には、司会の黒柳徹子さん以外にも、子ども番組でおなじみの、あの人が出演している。おどける3人のクラウンのうちひときわ長身で目立っているのが、のちに教育テレビ『できるかな』でノッポさんの愛称で親しまれた高見映さん。ただし、クラウンの声は黒柳さんが担当しているので(黒柳さんは3人のクラウンやアニメコーナーの吹き替えなど、ひとりで何役もこなした)、『できるかな』同様、ここでもノッポさんの声を聴くことはできないのである。
このほか、フジテレビ系『ママとあそぼう!ピンポンパン』などで活躍した坂本新兵さんや、フジテレビ系『ひらけ!ポンキッキ』のおにいさんやアニメなど数々の声優として活躍したはせ・さんじさん(はせさん治さんに改名)、さらに準レギュラーでマジシャンの初代・引田天功さんも出演している。みなさん、覚えているかなぁ?
◇放送期間:1961(昭和36)年4月5日〜1963(昭和38)年10月2日
全127回放送
◇放送時間:総合テレビ 毎週水曜 18:00〜18:30
◇作 ・ 構成:飯沢匡
◇司 会:黒柳徹子
◇出演候補:高見映、坂本新兵、辻村真人(以上、3人のクラウン)
はせ・さんじ(はせさん治に改名)ほか
『魔法のじゅうたん』は当時、生放送だったため、放送された番組は「キネレコ」というフィルム録画機で記録された第100回(1963年3月
27日放送分)の1本だけが残されている。番組公開ライブラリーでは、この回を紹介した『NHKアーカイブス』を見ることができる。ぜひ、
当時の子どもたちが夢中になった魔法の世界をご覧いただきたい。












伊丹十三監督の「タンポポ」を見たとき、「魔法のじゅうたん」のクラウン2人、高見映さんと辻村真人さんが食通のホームレス役で出てるのを発見した時は嬉しかったです。
(更紗)
投稿日2008年09月13日 00:07
黒柳さんの掛け声(、、っていうか絶叫?【笑】)、「ア~ブラカダブラ~ッ!!」が耳に残ってるなぁ~。
あと、ピッコロ博士は強烈なキャラでしたね。あれって、アゴに顔を書いてたでしょ。ちょっと不気味だったけど、声は「ブーフーウー」の“おおかみさん”の声の人だったから、親しみがありました。
「NHKの“三大博士”」と言えば、「ピッコロ博士」と「ものしり博士(ケペル先生)」と、あと、ひょうたん島の「博士」(笑)だと、勝手に決めてるんですけど、ピッコロ博士だけ見た目でちょっと損してるなぁ~って思いました(笑)。
(更紗)
投稿日2008年09月13日 07:37
68歳男性です、少年期のラジオドラマは、心の糧でしたがストーリーは思い出せません。「鐘の鳴る丘」ほか昭和20年代のドラマシリーズとテーマソングを聴きたいと思うのですがどうしたらよいでしょうか。
(はしれD51)
投稿日2008年09月27日 09:32
今私たちのブログで、昭和の話がいろいろ出てきています。参加者は昭和18年生まれから29年生まれまで。ちょうど家にTVが入って来ていた頃で、それぞれに見ている番組が違ってます。
黒柳さんの呪文、覚えてましたよ。チチンプイはなかったですかね。空撮、最高の技術だったんですね。急降下してませんでしたか?どきどきしてみていたように思います。
(ぼん)
投稿日2009年02月18日 21:06
昭和33年生まれの私のTVの記憶では、魔法のじゅうたんがおそらく最初だとおもいます。うすぼんやりとした記憶のなかで、じゅうたんが浮いて本当に空を飛んでいる気分に、ワクワクしたのを、おぼえています。
あと、大魔王だったか、人形がカーテンか、幕のなかから現れて、徹子さんとお話している記憶があります。こちらの、人形のこと教えていただけますか?もしかしたら、じゅうたんの番組とは、違う番組だったでしょうか?ずーっと、ずーっと知りたかったんです!宜しくお願いします。
(秘密のアッコちゃん)
投稿日2009年08月01日 00:40
当時でもヘリコの影が映りこんでいて、なあんだ…と思っていました。それでも自分の学校にも来ないかなぁ…とずっと思っていました。歌メリでわが母校6年が出演できて代りに夢が叶いましたけどね。
(にっぱちおやじ)
投稿日2012年04月11日 04:07