歴史への招待

情報/ワイドショードキュメンタリー/教養昭和50年代1970年代1980年代ら-ろ


元祖"歴史エンターテインメント"
"鈴木講談"で大ブレイク


番組ノート

2008年7月18日(金)

 1978(昭和53)年4月、新たな歴史番組が登場する。『歴史への招待』である。

 司会の鈴木健二アナウンサーの名調子で評判だった『歴史への招待』。前身の『日本史探訪』(1970年開始、'76年『新日本史探訪』に改題)が"上品で良質な歴史番組"であったのに対して、子どもや若い女性にも面白がって見てもらえる"教養番組らしからぬ"歴史番組を目指した。

 結果、視聴率は20%近くと夜10時台の教養番組としては驚くべき数字を記録し、今日、民放も含めて数多く制作されている歴史エンターテインメント番組の草分けとなった。

 今回は、その誕生エピソードと作り上げたスタッフたちの奮闘を紹介しよう。

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  歴史がテーマの"情報番組"

 NHKは1978(昭和53)年の番組改定で教養番組の大改定をすることになった。新番組の開発責任者には、『日本史探訪』の第1回放送以来かかわってきたチーフ・プロデューサー(CP)の北山章之助が指名された。

 

 北山は、さまざまなジャンルの番組を検討したが、最終的に歴史をテーマにした"情報番組"を思い立つ。それは、時代が変化し、テレビの視聴者がどんどん情報を求めていると感じていたからだった。北山は当時を振り返って、こう語っている。

(北山)「『日本史探訪』のような、完成度の高い作品性というものは、もう視聴者から求められなくなっていたんですね。それより、もっと情報があるものを視聴者は見るようになってきていた。基本的にテレビは何かというと、それはまさに"情報"であると。それ以外のなにものでもないと考えたわけです」

 こうして生まれた番組では、歴史を現代人の視点で徹底して実証的に解剖した。第2回の「旗本八万騎」では、旗本たちを日本最初の年サラリーマンと位置づけ、資料を駆使して現代のサラリーマンとの共通性を探り話題を呼んだ。

  鈴木健二アナウンサーという"怪物"

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"鈴木講談"と呼ばれた名調子         

 "歴史情報番組"の成功には、こうしたディレクターたちの徹底した取材と共に、司会・鈴木健二アナウンサーの存在が欠かせなかった。

 

 「幕末の全国の石高は3043万5206石2升7合6勺でございました」というような立て板に水の語り口調は"鈴木講談"と呼ばれ、人気になった。鈴木アナは当時、収録5分前にスタッフの前から姿を消し、準備室などで情報を懸命に頭に叩き直したという。そして、本番では一度も失敗がなかったというのは驚異である。

 鈴木アナはディレクターたちが取材した情報をただ伝えるだけではなかった。自分でも取材して、それを本番で付け加えて話した。「そんな情報あったっけ?」と驚くディレクターたちは、鈴木アナの取材に負けられないと、競争心を燃やしてより深い取材をめざし、これが番組のエネルギーになったという。

 時には、忍者や闇市のオヤジなどの衣装を着るなど、コスプレにも励んだ鈴木アナ。このあと『クイズ面白ゼミナール』(1981~88年放送)や『NHK紅白歌合戦』(1983~85年の白組司会)など、NHKの代表的な番組を担当していくが、『歴史への招待』はその才能を発揮する舞台となった。

  スタッフたちは敬意を表して、「鈴木さんへの感謝状」という賞状を作り、番組終了時に手渡した。

  歴史は現代へのメッセージ

 歴史の中には、現代に必要なメッセージや教訓がたくさん残されている ―― 当時のスタッフたちはそう信じ、"犬も歩けば棒に当たる"の精神で、歴史の中に新しい事実とメッセージを見つけていった。

 そんな思いをまとめて、鈴木アナは6年間続いた『歴史への招待』の最終回、番組のエンディングでこう語っている。

(鈴木)「過去の事実は変わることはありません。歴史というものは、現代の人がその事実をどう見るかで、変化をして参ります。化石となった歴史に人間らしい息吹を与えよう。そう思いまして、私ども制作を続けて参りました。
 しかしながら、私を含めまして、スタッフ一同、歴史にはまったくの素人でございました。しかし、それであるが故に、古文書の中のたった一行の正しい解釈を求めて東奔西走して参りました。
 長い間、ご覧頂きましたことを、深く感謝いたします。ありがとうございました。」


 『歴史への招待』は6年間で210本が制作された。日本武尊(ヤマトタケルノミコト)から戦後の闇市、男女共学まで、幅広い時代をテーマにした。
 最もよく登場したのは秀吉だったそうだが、無名の人々の生活や暮らしにも目を向けていた。

 なにより画期的だったのは、歴史を、それまで興味がなかった視聴者にも楽しめるエンターテインメントにしてしまったこと。当時の新聞や雑誌に「NHKらしかぬ面白さ」と評された。

当時の制作者たちが、月刊通信「アーカイブス・カフェ」の座談会で熱く語っている。
 アーカイブス・カフェ 特集『歴史への招待』(前編)



◇放送期間 1978(昭和53)年4月6日~1984(昭和59)年3月7日
 
◇放送時間  1978~80年度 総合テレビ 毎週木曜 22:00~22:30
         1981年度     総合テレビ 毎週土曜 22:00~22:30
         1982~83年度 総合テレビ 毎週水曜 22:00~22:30

番組公開ライブラリーで観られるのじゃ!

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 『歴史への招待』210本のうち39本を、お近くのNHKの番組公開ライブラリーで見ることができる。
 "こんなことが歴史にあったのか"と発見があること、間違いない。

視聴できる番組の検索・お近くの番組公開ライブラリーはこちら


みなさんからの投稿

この番組って「30分」だったんですね。
たった“30分”なのに、なんて密度の濃い時間だったんだろう!って思います。
結構好きだったのは、「昭和(初期)」の事件・出来事を取り上げた回かなぁ。
「“東京音頭”は実は最初は“丸の内音頭”として作られた!」とか、今流行の「雑学クイズ番組」で紹介されそうな題材があったり、あと「エンタツ・アチャコ」を取り上げたり、放送当時かみれば、ほんのちょっと昔の、父や母、祖父母の世代が見たであろう「歴史」を知ることができて、とても楽しかったです。

(更紗)

投稿日2008年07月19日 06:53


『歴史への招待』は、NHKの番組配信サービス「NHKオンデマンド」で見ることができる(有料)。
2009年1月現在、「義経は生きていた?」(1979年放送)など、8本が公開中だ(現在のラインナップは2009年11月30日まで)。
なお、「NHKオンデマンド」のホームページでは、『歴史への招待』の特集記事も掲載中だ(2月13日まで)。こちらもぜひ、ご覧いただきたい。
https://www.nhk-ondemand.jp/share/mosusumeall/backnumber.html

(アカイさん)

投稿日2009年01月26日 18:43


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現在放送中の「梅ちゃん先生」は東京が舞台。
昭和36年からの歴史をたどり「東京」を主な舞台にした“朝ドラ”を振り返ってみよう

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一見さえないけれど、実はNHKのアーカイブス番組のことなら何でも知っている謎のおじさん。

アカイさんが書きつけてきた、番組資料の膨大な数のノート『アカイさんノート』には、みんなが知っている有名な番組から思い出すのに苦労するような番組まで、メモや写真で事細かに記録してあります。

読めば読むほど、番組の様子やその当時のことが思い起こせる『アカイさんノート』。
さあ、みなさんもアカイさんと一緒に、NHKアーカイブスの奥深~い世界をのぞいてみましょう!

愛犬ブースとともにみなさんからの投稿を待っています。


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