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「知るは楽しみなり」 鈴木健二アナウンサーの
名調子で始まる日曜夜の人気クイズ番組!
2008年3月24日(金)
『クイズ面白ゼミナール』は、1981(昭和56)年から7年間続き、最高視聴率42.2%を記録(1982年9月12日)した人気クイズ番組である。毎回、鈴木健二アナウンサーのこんな決まり文句で始まった。
「知るは楽しみなりと申しまして、知識をたくさん持つことは人生を楽しくしてくれるものでございます。私は当ゼミナールの主任教授でございます。それでは本日の学生さんを紹介いたします」

番組のスタイルは、大学のゼミという設定で、司会の鈴木健二アナウンサーの「主任教授」が、俳優、歌手、作家、音楽家など各界著名人のゲスト解答者の「学生」に出題し、解答、説明、実証のやりとりで進行。解答者は3人が1組となり、4組が得点を競った。
バラエティに富んだ解説・実証
番組には複雑なルールもなく、出題・解答方法も単純素朴。問題数も、オープニングの「ウソ・ホント」クイズを除けば、40分ほどの番組で10問程度と少なめだが、実験あり、芝居あり、専門家の講義ありと、バラエティーに富んでいた。その構成は、(1)小学校の教科書を中心に出題する「教科書クイズ」、(2)日本史の意外な事実に着目した「歴史クイズ」、(3)日常性や今日性のあるテーマを掘り下げ、専門家のゲスト講師を迎えて出題する「ゼミナール(特集)クイズ」の3部構成だった。
(1)「教科書クイズ」
スタッフ全員が本や教科書を読みあさり、意見を出し合った。例えば、「メダカの正確な姿は?」「母という字の正しい書き順は?」など、小学校の教科書からの出題といえども、大人ですら難しい。そこが番組の狙い。専門家の意見を入れて検討を重ね、問題作成会議で問題を絞った。日本の教科書を中心に、海外の教科書も利用した。 教科書クイズに使う番組名物の「理科実験」は、毎週金曜日の朝、NHK放送センターの廊下の一角で、予備の実験が行われた。ディレクターと小道具担当者、鈴木アナが参加して、10余りの実験を試し、使えるものを選んだ。
(2)「歴史クイズ」
このクイズは、鈴木アナが中心となって問題を作った。鈴木アナは、同じ時期に担当していた人気番組『歴史への招待』(1978~84年)で蓄積した知識と、持ち前の博覧強記をフルに発揮した。例えば、「徳川家康がイライラしたときのクセは?」「商家の娘がお稽古事に精を出した理由は?」など、日本史の片隅にある意外な事実を鈴木流に発掘した。時代とともに人間の生活がどう変わったのか、あるいは変わらない部分は?それはなぜか?という、「人間」への関心がクイズの基本だった。
(3)「ゼミナールクイズ」
経済、科学、文化など日常性や今日性のあるあらゆるテーマを掘り下げ、意外な発見をする特集クイズ。専門家のゲスト講師も迎えてさらに理解を深めた。取り上げたテーマは、「カレーライス」「塩と健康」「日本人と温泉」「消費者物価」「くらしの中のゴミ」「太る人・太らない人」など多岐にわたった。
『クイズ面白ゼミナール』人気問題セレクション
では、どんな問題が出されたか。話題となった問題を紹介する
(正解は、後に)。
[うそ・ほんとクイズより]
(問題1)川中島の合戦は前後5回あった。 うそ? ほんと?
(問題2)京都の三十三間堂は、33間(約60m)ある。 うそ? ほんと?
[ゼミナールクイズより]
(問題3)「もりそば」と「ざるそば」の本来の違いは、のりの有無のほかに何でしょうか?
次の4つより選びなさい。
(1) のりがかかっているか、いないのかの違いだけである。
(2) 使用するそば粉の収穫時期が違う。「ざるそば」は秋にとれる一番おいしいそば粉から作った。
(3) そばをこねる時からつなぎが違う。水でこねるのが「もりそば」。山芋でこねるのが「ざるそば」。
(4) そばつゆが違う。「ざるそば」のつゆは、もりそばのつゆに一口みりんを差し、甘くまろやかに気品をつけた。
(答え)
[うそ・ほんとクイズ]
(問題1) ほんと。
天文22(1553)年から永禄7(1564)年まで前後5回の戦いがあった。信玄、謙信の一騎打ちは第4回戦。
(問題2) うそ。
内陣の柱と柱との間が33あるということで、実際は約120m。
[ゼミナールクイズ]
(問題3) 正解は(4)。
明治時代は、ほとんどの店で一口みりんを差していたが、今は少なくなってきたようだ。また、薬味も違い、「ざる」にはワサビ、「もり」には大根おろしをそえた。さらに、そばの量も「ざる」の方が多めだった。
『クイズ面白ゼミナール』"主任教授" 鈴木健二アナウンサー
5人の助手(女性アシスタント)と9人の若駒グループ(歴史クイズの出演者)を従え、主任教授を務めるのが、鈴木健二アナウンサー。見ている人をグイと引き込んでいく「鈴木節」と呼ばれた語りと、驚異的な記憶力が番組の人気の源だった。
本番前に、台本全てを暗記しているため、彼がスタジオに台本を持ってこないことは、NHK局内では有名な話。それでいて、億単位の数字をソラでいい、年月日、人名、舌をかむような固有名詞も立て板に水のごとくしゃべりまくる。
ちなみに、台本には、「教授・詳しく説明・・・」としか書かれていない。番組必要な情報は、自分で仕入れるというのが鈴木アナのモットー。常々「他人様のくれた資料は50%の知識。あとの50%は自分で調べ、番組を100%にする。それがプロというもの」と語っていた。そんな彼のアナウンス室自席の机上は、800冊の本で埋め尽くされ、「サワルナ!崩れます。積み上げるためには高等技術が必要です」という注意書きが掲げられていた。こうして頭の中にたたき込まれた情報は本番で一挙にぶつけられた。
クイズ番組の"命"とも言うべき問題作り。問題作りを外部の放送作家などに依頼する番組も多いが、『クイズ面白ゼミナール』の場合は、すべてNHK演芸部の番組スタッフが制作した。番組担当ディレクターたちは、チーフ・プロデューサーから「クイズ本からの出題は一切NG。問題は必ずオリジナルで。専門書を読んで問題を作るように」と命じられた。
専門家の取材に走り回ったスタッフたちは、週に1度の「問題作成会議」で、1人20問ずつ提案。集められた200問から20問に絞り、さらにリサーチ、チェックを経て放送に至ったという。このリサーチ、チェックの際の合言葉は「三文献二系統」。1冊の本、1人の専門家にあたるだけではダメで、3冊(以上)の文献に同じことが書いてあり、2人(以上)の専門家が同じことを言って、初めて問題としてOKとなったのだ。
こうしてできあがった問題は、毎回50ページ近くの資料集にまとめられ、鈴木アナはすべてを頭に入れて収録に臨んだ。鈴木アナの語り口とともに、こうしたスタッフの熱意も、数多くのクイズ番組の中で異彩を放っていた理由でもあろう。
◇放送期間 1981(昭和56)年4月9日~1988(昭和63)年4月3日
◇放送時間 総合テレビ 木曜 20:00~20:49 (1981年度)
総合テレビ 日曜 19:20~19:59 (1982年度~)












歴史クイズの最後に、教授が「当ゼミナールのオールスターキャストでございます。」っていうような決め台詞を毎回言うのが楽しかったです。
回答を求めるときの教授の掛け声が「さあ、書きなさい!」っていうのも面白かったなぁ~、エラソ~で(笑)。
当時「今夜は最高!」っていうタモリさんの番組で、「面白ゼミナール」のパロディをやったんだけど、タモリさんが鈴木健二ならぬ“鈴気くばり健二”に扮して、「さあ~、書きなさいっ!!」って叫んだのが笑えました。
鈴木健二さんの「気くばりのすすめ」はベストセラーでしたものね。
教科書クイズと歴史クイズの合間に、出演者(“学生さん”ね!)の皆さんが教科書クイズで披露された正解を自ら確かめたり、寛いだ雰囲気でお団子なんかを食べたりしている様子が映して出されてたのもとてもよかったです。
(更紗)
投稿日2008年03月24日 18:07
あ~そういえば、合間にお団子とか食べてましたね~。母親に「私も食べた~い」とか言うと、「もうごはん食べたでしょ!」とかよく怒られました(笑)。あのころはコンビニとかなかったし、おやつの時間も厳格だったんですよね~。でも太らなくていいかも(笑)
(aki)
投稿日2008年04月01日 01:53
わが家の日曜日の夜は、「面白ゼミナール」「大河ドラマ」というのが定番でした。「面白ゼミナール」の前は、「お笑いオンステージ」だったし、その後は「クイズ百点満点」や「日本人の質問」だったし・・・。また、この時間に家族で楽しめるNHKらしいクイズやバラエティーをやってほしいですね。
(ゆう)
投稿日2008年04月14日 01:05
一番覚えているのが歴史クイズで、次の問題でセットが変わる際にセットの継ぎ目に座っている役者さんが落っこちて笑いを誘う場面が思い浮かばれます。
あと、成績優秀者に贈られる「?」マークのトロフィーも印象に残っています。確か前後左右どこから見ても「?」マークのやつでしたよね。
(クイ坊)
投稿日2008年07月19日 15:30
日本を代表するトリックアートのデザイナー、福田繁雄氏デザインによるトロフィーは、放送当時、多くの反響がありました。
2方向から見て「?」のトロフィーは、優勝チーム3名に贈られました(放送上はキャプテンに大きなトロフィーが贈られましたが、スタジオ裏で、小さなトロフィー(レプリカ)をお渡ししました)。
また、個人賞のトロフィーは2種類ありました。
最多得点賞には、一方からは「?」で、もう一方からは「×」に見えるトロフィーが贈られました。
次点の敢闘賞には、一方からは「?」で、もう一方からは「△」に見えるトロフィーでした。
(アックィ)
投稿日2008年08月12日 10:38
最高視聴率ですが、うっかり見過ごしてしまいましたが、1982年9月12日放送で、42.2%です。
(アックィ)
投稿日2008年08月12日 10:44
>アックィさん
最高視聴率の誤表記についてご指摘ありがとうございます(誤って44.2%になっていました)。
トロフィーについての詳しい解説もありがとうございます。ひょっとして、番組関係者の方でしょうか?
(アカイさん)
投稿日2008年08月12日 15:50
なんで!NHKオンデマントに配信しないんだろーちょー見たいのに(絶対ほか人も思っているはず)有料の意味がないのでは!?
(mitu)
投稿日2009年01月03日 03:06
勉強にもなるし、面白い。もっと見たイッス
((@皿@))
投稿日2009年09月27日 18:11
覚えております。面白くて、自分の知識がどれ程かも試せるし、一応悪くても平均60%、いい時で95%達成してました。
一度本物の教授陣を揃えての時があったことも覚えております。興津要氏が出ておられたのを覚えてます。
あの頃は楽しかったですね
(歴史大好き人間)
投稿日2010年01月23日 15:55
家にも面白ゼミナールを体験できるゲームソフトがあってチョー面白いです。ぜひ2013年(NHK開局60周年)に復活放送をしてほしいなあと思っています。って、そのころ俺は大学生になってるし。
(チキン)
投稿日2010年08月20日 22:59