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大雨で被災した限界集落 住民が戻らない現実

執筆者砂川侑花(記者)
2023年01月11日 (水)

大雨で被災した限界集落 住民が戻らない現実

青森県内の各地に深刻な爪痕を残した2022年8月の記録的な大雨。
被害が出た外ヶ浜町の三厩藤嶋地区では、被災した住宅の多くが修復も再建もされず残ったままになっています。
取材を進めると、地区を離れる決断をした人が相次いでいることがわかってきました。

限界集落を襲った雨

竜飛崎

三厩藤嶋地区は「龍飛崎」に向かう道の途中にある集落です。
住民の7割が高齢者の、いわゆる「限界集落」で、地区に住む人が10年前より4割あまり減るなど人口減少も進んでいました。そんな地区を襲ったのが8月の大雨です。

大雨で被災

地区を流れる藤嶋川が氾濫。土砂や流木が流れ込むなどして、住宅20軒あまりが被害を受け、7軒が全壊しました。ボランティアの人たちの助けを借りながら、土砂などの撤去作業が行われました。

ようやく建て直すことができた地区での生活

建て直した家

家の修復作業の取材に何度か伺ったのが、伊藤まさこさん(70)の住宅です。土砂が流れ込んで、壁などが壊れたため、町から全壊の認定を受けました。年老いた母を助けようと息子で大工の伊藤英樹さんが仕事を完全に休んで地区に通い、家の改修作業を担っていました。

作業する伊藤さん

気温が下がってきた11月。伊藤さんは、住宅の1階部分で泥のついた壁を張り替えたり、床下から土砂を取り除く作業を行っていました。作業は時間との闘いでした。

伊藤英樹さん
壁や床を外しても土砂ばかり出てきて、作業は大変でした。地元の人たちの協力もあって頑張ることができました。

作業が終わったのは、12月初め。雪が本格的に降る前になんとか作業を終えることができたといいます。
12月4日、地元の人を招いて作業の報告を行いました。まさこさんは安堵した表情を浮かべていました。

伊藤まさこさん
おかげさまで冬になる前に家が完成して、本当に安心しました。息子には感謝ですよ。

ほとんどの住民は地区に戻らず

全壊した住宅7軒のうち、再建できたのは伊藤さんの家だけにとどまっています。残りの6軒は再建に向けた作業は進んでいません。解体作業も行われていない家も多く、土砂や流木が撤去されたことを除けば被災直後と変わらない状態となっています。

被災直後と変わらない家も

暮らしていた住民たちは、どうしているのか。取材を進めると住民の多くが地区での住宅の再建を諦めていることがわかってきました。
同じ町内の公営住宅で暮らしている人もいれば、青森市のほか、遠いところでは群馬県にいる住民もいるというのです。
地区から離れざるを得なくなっている人たちの声を聞くため、町の人などを通じて取材を申し込ました。

地区を離れた人たちの思いは

三浦さん夫婦

話してもいいと返事をくれたのは、いま、青森市の息子家族の家にいるという三浦政春さん(73)・晶子さん(72)夫婦です。
三厩藤嶋地区に40年以上住み、8月の大雨で家が全壊する被害を受けたという三浦さん夫妻。
2人はもともと政春さんの足の治療のための通院や、息子夫婦の子育てを手伝うため、地区にある自宅と青森市の息子家族の家を行き来する生活を続けていました。

被災した家

大雨の際は、青森市内にいたという2人。雨から数日後に地区に戻った際、変わり果てた自宅に言葉を失ったと言います。

三浦政春さん
親戚から「藤嶋の家が大変だ」と電話が入って、まさかとは思っていたけど、家を見た瞬間これはもう解体だなと思った。

三浦晶子さん
泥で家の中に入れなかった。玄関の天井までつかるぐらいだった。冷蔵庫などが横倒しになって、1階にあったものは何も使えなくなってしまった。残ったものはアルバムとか着物ぐらいだ。

2人は近い将来、息子家族の家にある部屋を引き払って三厩藤嶋地区の家で豊かな自然を眺めながら暮らしていく日々を考えていたといいます。

しかし、年齢的にも全壊した自宅を再建するのは難しいと考え、地区での暮らしを諦めることにしました。
住み慣れた地区から離れることになかなか気持ちの整理がつきません。

三浦晶子さん
私たちも年を取って、このあとどうなるかわからない。将来は施設に入るかもしれない。だから自宅を直してまで住むっていうのはちょっと難しかった。その一方で、私は自宅に対して本当に未練がある。もう40年以上住んでいて、何から何まで自分で作り上げてきた家だったから。

2人が気がかりなのは自分たちと同じように、地区を離れざるを得なくなった人たちの境遇です。

三浦政春さん
環境もガラッと変わっちゃったし、何を思ってるかなと思って。時々、夜に涙を流していることが多いんじゃないかなと私は思っている。みんなここを離れたくなかったんだもの。うちがなくなるということは、ふるさとがなくなるっていうことだから。

「地域の力ではどうにもならない」

柳谷さん

今回の災害を機に、地区を離れる人が相次いでいる現状。
地区会長の柳谷龍二さん(70)は今の状況を次のように説明してくれました。

柳谷龍二さん
一日も早く元の生活に戻りたいと地区の人たちは頑張っています。高齢化の影響で、今後の地区での生活の見通しが立たないことから、家の再建を諦めざるを得なくなっている人もいます。そもそも地元に雇用がないので人口が増えていきません。子どもは県外に出て行って、自然に人口が減少して今に至ります。地域の力ではどうにもなりませんね。

一方、町は、公費解体などが終わった2023年以降、地区の活性化に向けた施策を検討するとしています。

限界集落を襲った今回の災害。人口減少がさらに加速する中でどう復興を進めるのか。難しい課題が浮き彫りになっています。

編集後記

私が最初に三厩藤嶋地区を訪れたのは9月はじめ。その後、ほぼ月1回のペースで地区での取材を続けてきました。「けやぐだがら(仲間だから)」と家の完成を祝う落成式に招いてくれた伊藤さん。いまは地区の外で暮らしていますが、今後生まれ育った地区に住みたいと、家を再建する作業に当たっていました。若い人たちがいない中で、地区を建て直そうという伊藤さんの思いには本当に勇気づけられました。
一方で、今回は紹介できなかった地区を離れた人たちの思いを考えると私も複雑な気持ちになりました。県外で暮らすことになった80代の女性は、「今でも地区での生活を夢に見る」と話していました。「ふるさとを大事にしたい」という三厩藤嶋地区の人たちの強い思い。地区の今後をこれからも見つめていきたいです。 (※内容は放送当時(2022年12月)のものです。)

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