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長年の歴史に"幕"も 「地域ねぶた」どうつなぐ?

執筆者吉永智哉(記者)
2022年08月08日 (月)

長年の歴史に"幕"も 「地域ねぶた」どうつなぐ?

3年ぶりに青森の夏に戻ってきたねぶた祭。その前後、約2か月にわたって
青森市内各地で町内会などが小規模なねぶた=「地域ねぶた」を運行します。
地元の人たちによる地元の人たちのための夏祭りです。

子どもたちが幼い頃から親しみ、参加もできることから「ねぶた文化の下支えとなっている」とされていますが、新型コロナウイルスと人口減少によって、いま岐路に立たされています。

70年の歴史に幕を下ろした「地域ねぶた」

青森駅の西側にある篠田地区。
7月中旬には、子どもたちが集まって囃子の練習会が開かれていました。

囃子の練習

この地区の「地域ねぶた」も、新型コロナの影響で2年続けて中止になっていて、3年ぶりの開催に向けて、子どもたちはリズムよく太鼓をたたくなど思いを込めて練習を続けていました。

その光景を複雑な思いで見つめていたのが、40年以上、「地域ねぶた」を率いてきた髙杉忠詔さん(77)です。

篠田町会ねぶた実行委員会 髙杉忠詔会長
いろんな条件がクリアできなくなって、ことしで“地域ねぶた”の運行を最後にすることにしました。
仲間の中には43年、ずっと“地域ねぶた”を続けてきてくれている連中もいて、体力的にきつくなってきた。

担い手の高齢化などを理由に「地域ねぶた」の運行をやめるというのです。
最後に制作したねぶたのテーマは病気などの災いを払うとされる神の「鍾馗」です。新型コロナの1日も早い終息を祈って、髙杉さんたちが1か月ほどかけて完成させました。

古いねぶたの写真たち

この篠田地区で「地域ねぶた」の運行が始まったのは70年前にさかのぼるといいます。髙杉さんに案内された町会の施設の一室には、歴代のねぶたの写真がずらりと並べられていました。

「私がここにいます」といって髙杉さんが指し示した“昭和27年の篠田ねぶた”と記された白黒写真には子どもの頃の髙杉さんが写っていました。

昭和27年の篠田ねぶたの写真に写る髙杉さん

この頃からねぶたに魅せられていたという髙杉さん。
30代となった40年ほど前から、同じ世代の仲間たちと地域ねぶたの制作・運行を担うようになりました。夏になればねぶたに関わる暮らしを続けてきましたが、いまや祭りの担い手の多くは70代。
ここ数年は後継者をずっと探してきましたが見つかりません。

篠田町会ねぶた実行委員会 髙杉忠詔会長
ほかの団体も抱えている問題がいよいよ私たちの所にも来てしまった。地域にも若い人たちがいなくなる。
だからいったん幕を閉じなければいけないのかなと。
篠田町会から70年という歴史のある“ねぶた”がなくなるということを悲しんでもらいたい。

篠田ねぶた運行の様子

青森ねぶた祭が開幕を迎える2日前の7月31日、「篠田ねぶた」の最後の運行です。子どもたちが中心の囃子方とともに髙杉さんたちが作った「ねぶた」が街の小さな通りを練り歩きました。

その様子を見ていた地元の人たちに聞いてみると「え、ことしで最後なの?」という声や「孫まで3代で見守ってきました。本当にさみしい」という声が聞かれました。

篠田町会ねぶた実行委員会 髙杉忠詔会長
非常に残念で、楽しんでくれた人に申し訳ないという気持ちです。また“ねぶた”をやりたいという人が出てくれば全面的にサポートしたい。

最後のねぶたの明かりが消えた篠田地区。
「ねぶた」がしまわれるのを待っていたかのように、雨が降り始めました。

運行を終えて、しまわれるねぶた

「地域ねぶた」どうつなぐ?

ことし青森市内では約30団体が「地域ねぶた」を運行する予定です。

ことし青森市内では約30団体が「地域ねぶた」を運行する予定です。
コロナ禍前は、毎年60団体前後が運行していましたが、おととしはゼロ、去年は10団体でした。新型コロナは「地域ねぶた」を継承していくことにも影を落としているのです。

加えて、高齢化と人口減少で篠田地区のように「ねぶた」の運行をやめる団体も出てきています。では、「地域ねぶた」を継承していくことにはどんな意味があるのでしょうか。ねぶた文化を研究する青森公立大学・佐々木てる教授はこんな風に話しています。

青森公立大学 佐々木てる教授
“地域ねぶた”は地域の人と人とをつなぐ役割を担っている。全国から人が見に来るような芸術的な作品を生み出す青森ねぶた祭のレベルの高さは地域ねぶたの下支えがあってこそだと思う。
いまは新型コロナによる中断から復活できるかどうかと同時に後継者不足を解決するために新しいアイデアが出てくるかどうかの過渡期になっている。

“外の力”で“ねぶた”復活!?

“外の力”で“ねぶた”復活!?

揺らぐ「地域ねぶた」。再び盛り上げるにはどうすればいいのか探っていると、“地域の外”の力を生かして「地域ねぶた」を復活させた地区があることを知ります。
山あいにある高田地区では7月上旬に「地域ねぶた」が運行されました。
ここでは担い手不足などから、20年余り前にねぶたの運行が途絶えましたが5年前から再び運行されているんです。

後藤公司さん

「地域ねぶた」の復活に大きな役割を果たしたのが、この地区にある縄文遺跡=小牧野遺跡の管理を担う後藤公司さん(46)です。

後藤さんは高田地区の住民ではありませんが「ねぶた」を復活させて地域を元気にしたいと考え、「地域ねぶた」復活に向けて取り組んできました。

高田ねぶた実行委員会 後藤公司事務局長
高田ねぶたが一つの起点として街作りを進めたい。
人口は減少していますが高田地区には元気な人も多いので、私たちもフォローして一緒にやっていきたい。

制作中の竹のねぶた

後藤さんは途絶えていた「ねぶた」の制作も再開しようと青森ねぶた祭の大型ねぶたを手がけるねぶた師に制作を依頼しました。
骨組みには竹を使い、ろうそくの明かりを灯すという昔ながらの「ねぶた」を復活させることにしました。
ねぶた師の竹浪比呂央さんはすぐに後藤さんの依頼を引き受けたといいます。

ねぶた師 竹浪比呂央さん
原点に立ち返って、“昔のねぶたはこうだったのかな”と考える機会にもなり、間違いなく大型ねぶたを制作する上で大きなエネルギーになっている。

囃子や

後藤さんは担い手不足の解消に向けて、地区の外から、地元の人たちに指導する踊り手の「ハネト」やお囃子を演奏する人たちに来てもらうようにしました。
こうして「地域ねぶた」が復活したことを、運行のとりまとめ役、地区の連合町会長も歓迎しています。

高田地区連合町会長 髙坂次男さん
復活した最初のころは祭りに参加する人の8割以上が“外から”だったが、復活から5年が過ぎて地区の中にも少しずつ祭りの担い手になる人が増えてきた。

ろうそくねぶたの運行

高田地区では、ことしもろうそくの明かりがともされた昔ながらのねぶたが練り歩きました。
その様子を見つめる地元のお年寄りの目には涙も見られました。

ねぶた炎上

最後は「ねぶた」を燃やして締めくくります。
闇夜に燃えゆく「ねぶた」を見ようと多くの人が訪れました。
地元の子どもたちに感想を聞いてみると「これ以上楽しいということがないぐらい楽しかった」とか「すごいの一言しかない」という声が。
きっと子どもたちの心には、ふるさとの夏の思い出として、この「地域ねぶた」がいつまでも残っていくのではないかと思います。

高田ねぶた実行委員会 後藤公司事務局長
“ねぶた”に参加する子どもたちや地元の人がどんどん増えてきているので、これからもその輪を広げていきたい。
“地域ねぶた”が100年1000年と続いてほしい。

取材後記

大型ねぶたが練り歩く青森ねぶた祭。青森放送局での勤務を始めて3年目にようやく見ることができました。地域の人たちが中心となって行われる「地域ねぶた」は、新型コロナの影響で、スポンサーもあり規模も大きい青森ねぶた祭よりも厳しい状況に置かれているのではないかと感じて取材を始めました。
実際、篠田地区のねぶたは、70年という伝統があるもののことしで幕を下ろしました。ねぶたの明かりが消え、夏の風物詩がひっそりと消えゆくことに私も寂しさを感じました。この夏は失われつつある文化をどう守っていくのかという難しい宿題について考えていきたいと思っています。

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