『エリン こぼれ話――原作者のアニメ監修日誌――』(8)
第8回 静かな物語
躍動感あふれる動きこそ、アニメの面白さ、醍醐味だとすると、44話「アクン・メ・チャイ」は、その正反対の回だったかもしれません。
神山監督がつくってくださったアニメ『精霊の守り人』の中でも、「刀鍛冶」という、ほとんど動きのない、会話だけの、それでいて異常に緊迫感と盛り上がりのある、正に名工の逸品のような回がありましたが、『獣の奏者エリン』の中で、この「アクン・メ・チャイ」は、私が心底すごい、と思った回のひとつです。
こういう回が成功するかどうかは、脚本と演出、そして、声優さんたちの演技の力にかかっています。
今回については、もう、そのことをくどくど語る必要はないですね。きっと、観てくださった方は、それを感じとってくださっているはずですから。
大きな権力をもつダミヤに対して、なんの力も持たないエリンが仕掛けた起死回生の一手は、「霧の民」に対して人々がもっている偏見を利用する、という手でした。
「霧の民」は超能力など持たない、ごくふつうの人間です。
ただ、アファン・ノアの彼方で起きた悲劇を記憶しているということと、王獣や闘蛇が音にどう反応するかを技術として知っていること、医学的な知識が豊富であることが、他の人々と違う点ですが、決して魔法使いでも、超能力者でもありません。
アニメの放送がはじまったとき、とても面白かったのが、多くの人たちが、エリンが母から受け継いだ特殊な超能力で獣を操る話だろう、と予想しておられたことでした。
そういう話はよくありますから、こういう予想が出てくるのは当たり前のことなのかもしれません。
実は、私が描きたかったのは、「多くの人が、こうだろうと予測してしまう思い込み」が、どんな力を持ってしまうのか、ということでした。
霧とともに現れる、ふしぎな異民族。噂。イメージ。そして、自分たちとは違う瞳の色――そういうものが、かもしだしてしまう誤解と偏見に、生まれたときから悩まされ続けてきたエリンが、その偏見と思い込みを逆手にとって利用することを思いつく……今回の話は、そういうことを描いたエピソードなのです。
王獣規範に秘められた意図も、「大罪」の意味も知りながら、エリンがこれまで自分の意思を貫いてきたのは、この時点までならまだ、エリンひとりが死ねば、災いに至る道を断ち切れるからです。
今回明らかになったように、王獣を操ることは、一朝一夕にできることではありません。これまで王獣に携わってきた人々(音無し笛を使ったことがある人々)は、決して、王獣と心を通わすことはできないのですから。
ダミヤは、王獣規範に隠された意図も、音無し笛の意味も知りません。真王が亡くなったいま、それらを知っているのは、エサルとイアルだけ。
王獣と心を通わせてきた方法の細やかな部分はすべて、エリンひとりしか知らないことで、その知識とともに自分が死ねば、災いは防げる。それがわかっていたからこそ、エリンは、これまで自分の意思を貫いてきたのです。
魔力も超能力ももたぬ、私たちと同じ、たったひとりの人に過ぎないエリンが、この先どう歩いていくのか、あと6話、どうぞ見守ってください。
次回は、イアルが、大きな危機に直面します。
鈴村さん@イアル VS 石田さん@ダミヤの豪華な対決です。
お楽しみに。
上橋菜穂子



