『エリン こぼれ話――原作者のアニメ監修日誌――』(5)
第五回 ハルミヤの旅
私は真王ハルミヤが、とても好きです。
できることなら、彼女のように穏やかで、ゆったりと温かく、それでいて、背をぴしっと伸ばして、厳しくあるべきところは、自分に厳しくあれる、そういう人になりたいものだと思います。
王獣リランに、不用意に近づき過ぎたりして、「このバアちゃん究極のKYじゃないか?」と感じられた方もおられたかもしれませんね。
でも、ちょっと想像してみて欲しいのです。 「神々の血をひいている神聖な者」として育てられ、ただの一度も、それを疑ったことはなかった人が、どんな気もちで生きていくかを。
王獣は、真王を守るとされる聖なる獣。――たとえ警戒して、うなっていようとも、「王獣が、真王である自分を襲うはずがない」と、彼女は心から信じていたのです。
生まれてはじめて「王宮の外」に出た真王ハルミヤの目には、すべてのことが美しく、驚きに満ちて映ったことでしょう。
そして、この旅の果てに、彼女は、とうとう、自分が「神々の子孫」ではなく、それどころか、大罪を犯して、故郷から追放された女性の子孫であったことを知るのです。
生まれてからずっと信じていたことが、一挙に崩れ去った――それでもなお、「真王」という位にある者として生きなければならない――それが、どれほどつらく、大変なことであるか、ぜひ、想像してみてください。
そのつらさをハルミヤは飲みこみ、すべてをわかった上で、国の統合と「戦を嫌う、清らかな心」の要である真王でいようと決意したのでした。
ハルミヤが、そういう人であることを、そばで彼女を守りつづけたイアルはよく知っていました。だからこそ、イアルは、彼女を、心から敬愛していたのでした。
彼女に罪があるとするなら、それは、「知っていること」があまりにも少な過ぎた、ということでしょうね。
でも、自分が知っていることが「少な過ぎる」と気づくのは、意外に難しいことだと思いませんか。 彼女が、自分の血筋に秘められていた真実を知らなかったのは、まだ幼い頃、サイ・ガムルが仕掛けた放火による暗殺計画で、真実を伝えてきた祖母と母を失ってしまったからで、決して、彼女の罪ではありません。
それでも、為政者が無知であることは、それだけで、大きな災いを生んでしまうのです。
ハルミヤは、「知らなかったこと」によって、多くの代償を支払うことになってしまったわけですが、代償を支払うのが、彼女ひとりでは済まないところが、為政者であることの恐ろしさなのです。
この『獣の奏者』で描かれているリョザ神王国の社会は、身分階層があることを当然と考えている社会です。
そういう社会で、たったひとりの平民に過ぎないエリンが、考えて考えて、考え抜いた末に、こうすべきと思った道を歩んでいくのが、いかに難しいことか……。
これから、物語は急展開していきます。
魔力も、魔法の力も持たない、ひとりの人間であるエリンが、どう歩んでいくか、どうぞ見守ってください。
ところで、この41話のアフレコの後、ハルミヤを演じてくださった谷育子さんと渋谷駅までご一緒するという、幸運に恵まれました。
谷さんは、ムーミンママや、『宮廷女官チャングム』の皇后役など数多くの役を演じてこられた名優で、アフレコのときも、ほとんど一発で、誰もが思わず「うまい!」と、唸ってしまう演技をなさいます。 ぴん、と伸びた背にバックパックを背負って、しゃきしゃき歩き、にこにこと穏やかに話してくださる谷さんは、まさしく、ハルミヤそのものでした。
それにしても、『獣の奏者エリン』には、本当に、豪華な声優さんが登場してくださっていますね。 エリンのおじいさんは、なんと『サザエさん』の磯野波平や『未来少年コナン』のダイス船長役を演じてこられた、あの永井一郎さんで、子どもの頃、『未来少年コナン』に熱中していた身としては、ダイス船長の声で「上橋先生!」と呼んでいただいたときには、夢を見ているような気がしたものです。(笑)
次回放送の『セィミヤの涙』では、この物語のもうひとつの軸、セィミヤとシュナンの恋が描かれます。
高橋美佳子ちゃん@セィミヤと、花輪英司さん@シュナンの、政治的なことには大人でも恋にはうぶなふたりの危ういやり取りは、おふたりがあまりにも上手すぎて、アフレコ・ルームで聞いていても、なんとも悩ましかったのでありました。……お楽しみに(笑)。
上橋菜穂子



