DATE: 2009年10月10日 (土)

『エリン こぼれ話――原作者のアニメ監修日誌――』(4)

 
第四回 手品師の手の幻惑?


38話「真王ハルミヤ」と39話「闘蛇の襲撃」で、とうとうエリンの運命が決定的に動きはじめました。
命が奪われようとすることを、見過ごすことができなかったエリン。あなたが同じ立場だったら、どう行動したでしょうか。

さて、今回は、「描いているのに、なぜか、見過ごされがちなこと」について書いてみようと思います。

私は、この『獣の奏者エリン』では、脚本を熟読させてもらって、脚本家のみなさんと話し合いをし、重要な部分にはマーカーでチェックをして、コンテをつくるときの参考にしてもらうという作業をしてきました。
なんだかんだと議論を重ねて、セリフに色をつけるもので、シリーズ構成の藤咲さんいわく、「ふつう脚本ってモノクロだけど、エリンの脚本はカラフル!」という状態になっています。
ところが、そうやって、「ここ重要!」マークをつけ、コンテでも注意をして描いていただいている場面やセリフなのに、実際に放送されてからの反響を聞くと、ありゃ? ここは見過ごされてしまったかな? と感じる部分があらわれることがあるのです。

たとえば、38話「真王ハルミヤ」で、王獣リランに近づき過ぎた真王を、リランが威嚇したときに、エリンが「音無し笛を吹かないでください」と飛びだしてしまった理由などは、その典型的なものかもしれません。

王族の目についてしまう危険を冒してまで、エリンがとびだしてしまった、その理由は、「まだ幼いアルの身体が心配だったから」。

まだ赤ちゃんのアルが、音無し笛で硬直させられてしまったら、ショックで死んでしまうかもしれない。それを恐れたエリンは、アルを救うために飛び出したのです。
そのことは、このシーンの直前にエサルが説明していますし、ラストシーンでも、エサルとエリンが話し合うときに、セリフできちんと言っています。

ところが、です。どうやら多くの方々が、エリンが飛びだしてしまった理由を「リランを音無し笛で硬直させたくなかったから」だと感じたらしいのですね。
これは、私には、とてもとても面白い反応に思えました。
わざわざ2回もセリフで語るほど強調していたことが、なぜ、すっとばされてしまうのか?

それはきっと、これまで何度も、リランが音無し笛を吹かれそうになるたびに、エリンが「吹かないでください!」と止めたからなのでしょう。
母のソヨンとの思い出もふくめて、エリンがいかに音無し笛で獣を硬直させるのを嫌っているか、深く心に刻んでくださっているので、この場面でも、そのことがまず頭に浮かんでしまい、「幼いアルの身体を心配した」という事情はその陰になって、心に充分には届かなかったのではないでしょうか。

手品師は片手に人の注意を集め、その隙にもう一方の手で仕掛けをしたりしますが、手品師のように意図してやっていなくても、深く印象に残ってしまっていることや、「つい、そう思ってしまう」思い込みなどが、見せているはずの場面を、霞ませてしまうことがある……。
これは、物語を創り、表現しようとするとき、しっかり心に刻んでおかねばならないことだと、このアニメの制作に関わって学びました。

『獣の奏者エリン』では、たくさんの「事情」が、声高でない、エピソードの底に静かに沈む伏線にとなって、潜んでいます。
これまでゆっくりと積み重ねてきた伏線を監督たちが引き絞り、一気に放っていく様を、どうか楽しみにしていてください。

次回(40話)は、少女ではなく大人になったエリンが、はじめてきちんとイアルとふれあうエピソードが描かれます。
静かな灯りのもとでの、こういうエピソードを大切に描いてくださるところがエリンのスタッフたちの素晴らしいところで、つくづく、私は幸せな原作者だなと思うのであります。

上橋菜穂子

投稿時間:18:50 | カテゴリ:獣の奏者エリン | 固定リンク  | トラックバック(0)

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