DATE: 2009年10月03日 (土)

『エリン こぼれ話――原作者のアニメ監修日誌――』(3)

 
第三回 イアルが竪琴職人の息子になったわけ

38話「真王ハルミヤ」で、真王の護衛としてカザルムへ訪れたイアル。
じつは、原作では、イアルとエリンはここで初めて出会います。
真王やダミヤなどの華やかな人々から一歩離れて、静かにたたずむイアルを、エリンは、冬の木立のようだと感じ、イアルもまた、エリンに、静けさと孤独の影をみるのです。

原作のイアルは、竪琴師の息子ではなく、指物師の息子で、エリンと出会うのも互いに大人になってから。
講演やトークショウをしていると、よく、
「なぜ、アニメではイアルが竪琴師の息子になっちゃったんですか? どうして、子ども時代のエリンと出会わせたのですか?」
という質問をいただくのですが、その答えは、これこそ、「原作のままにアニメ化してはならないツボ」のひとつだから、なのです。

文章で人物を描くときは、その人の「思い」を書くことができます。
エリンがイアルをどう思ったのか。イアルがエリンをどう思ったか――それを、彼らの心の内側に入って書くことができるのです。
その書き方が巧みであれば、読者は、いつしかふたりになりきって、互いのことを感じることができます。

しかし、アニメでは、人の「思い」を言葉にして、長々語らせるわけにはいきません。
たとえば、原作に忠実に、38話ではじめてエリンと会わせたら、いま、視聴者が感じてくださっているような、「ふたりの間にある心の機微」は、まず感じてもらえないでしょう。

では、どうすればいいか? ――方法はいくつもあるのだと思いますが、やはり効果的なのは、「エピソードをつくる」という方法です。

『夜明けの鳥』から少しずつ、イアルがどんな過去を抱え、どんな思いで生きてきたかを、ひとつひとつエピソードをつくって丹念に描いていき、そこに、少女時代から成長していくエリンとの接点をつくる――そうすることで、スタッフたちは、見る人の心の中に「人として呼吸しているイアルとエリン」をしっかりと宿らせてくれました。

イアルを、指物師の息子ではなく、竪琴師の息子にしましょう、というアイディアが、藤咲さんや監督から出てきたときは、思わず膝を打ったものです。実に巧い方法だなぁと。
一年間50回もの時間をもらってはいますが、じっくり描くには、時間はいくらあっても足りません。イアルを竪琴師の息子にしたことで、自然にエリンとの接点が生まれ、彼らの関係を無理なく描けるようになったのです。

余談ですが、アフレコ・ルームに居て、声優さんたちの生の演技を聞くことができるというのは、原作者の役得のひとつであります(笑)。
これ以降、イアルとエリンの関係は急速に変化していくのですが、イアル@鈴村さんの静かで深みのある、それでいて、どこかに甘さのある声でのエリンとのやりとり、ぜひ、楽しみにしていてください。

上橋菜穂子

投稿時間:18:50 | カテゴリ:獣の奏者エリン | 固定リンク  | トラックバック(0)

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