DATE: 2009年09月19日 (土)

『エリン こぼれ話――原作者のアニメ監修日誌――』(2)

 
第二回 ユーヤンは、なぜ関西弁か

こんにちは。『獣の奏者エリン』の原作者の上橋です。
今回で、とうとうエリンたちも卒舎。共に過ごした仲間とも離れ離れです。
車や電車があるわけではなく、遠い故郷にもどってしまえば、なかなか会うこともできなくなりますから、私たちの卒業式より、別れはつらいことでしょう。
でも、エリンにとって、ユーヤンたちと過ごした年月は、宝物として一生胸の底に輝きつづけることになります。

ところで、ユーヤンが、初めて登場したとき、 「なんで、ユーヤンは関西弁なの?」と思われた方も多いようなので、今回は、その理由をお話しますね。
ユーヤンが関西弁をしゃべることには、実は、大切な理由がふたつあるのです。

理由、その1

私は物語を書くとき、実在の人物をモデルにすることは、まずありません。その、ただひとつの例外が「ユーヤン」で、実は彼女、私の親友の「ユウチャン」がモデルなのです。
ユウチャンは、仲間内では、「一家に一台ユウチャン!」と愛されている、明るくて、おおらかで、気もちのいい人です。大学で教える研究者で、アメリカ留学もしている人なのですが……むちゃくちゃな、勘違い&早とちり大王なのですよ。

「ユウチャンの話」その1

ある居酒屋に行ったときのこと。
ユウチャンはメニューを見るなり、私の手をつかみ、
「上ちゃん! この店おもろいでぇ! アルファー鯖(さば)ちゅうのがあるわ!」
と、叫びました。
「あるふぁー・さば??」と思ってメニューをしげしげ見ると、……「〆鯖(しめさば)」と書いてありました。

「ユウチャンの話」その2

また、ある居酒屋に行ったときのこと(なんか、飲んでばっかりみたいですが)、アジの生き作りが出てきました。
私はトカゲでもカンガルーでも食べますけれど、身体は刺身になっているのに、頭も尻尾もぴくぴく動いている生き作りだけは大の苦手(……どうも、かわいそうな気がして)。
それをよく知っている優しいユウチャンは、いきなり箸を両手に持って立ち上がるや、
「だいじょうぶや、上ちゃん! いま、私が殺したるけんな!」と叫び、アジのエラのあたりに、箸を、ぶっちがいに、ぶっ刺したのでした。
すでに死んでいるアジを、マジに殺そうとしているユウチャンに、私たちは声を失くし、それを見ていた店員さんも、どうしていいのかわからん、という顔で、「すんません。それ、唐揚にしてきます」とお皿を持っていってしまったのでした。……このとき、ユウチャンは、軽く30歳を過ぎておりました。

物語を書いているとき、私は、その物語の中に入りこんでしまっています。
幼い頃に母を亡くし、やさしいジョウンおじさんとも別れて、カザルムで新しい生活を始めなくてはならないエリンがかわいそうで、なんとか楽しい日々になって欲しいと思っていたとき、突然、心の中にユウチャンが現れて、「エリンちゃん、だいじょうぶや! 私が一緒にいるから、がんばりや~!」と、がっしり抱きしめてくれたのでした。
その瞬間、ふしぎなことに、ほっと心が楽になったのです。
私はエリンが好きです。できることなら、幸せに生きて、心から爆笑するときもあって欲しい。
そういう気もちを、丸ごと、気さくなユウチャンが温かい手で包んでくれたのでした。
そのとき、私の中にユーヤンが生まれ、エリンをたすけてくれる、よき親友として歩みはじめたのです。

理由その2

もう気づいておられるかもしれませんが、『獣の奏者エリン』の世界は、地域ごとに文化のちがいがある世界です。
お母さんのソヨンと大公領にあるアケ村で暮らしていたとき、エリンはお箸で、お米のご飯を食べていましたが、真王領に流れ着いて、ジョウンと暮しはじめてからは、小麦粉で作ったファコという無発酵のパンのようなものを食べています。
「お米じゃない……」と、エリンがつぶやいたとき、ジョウンは心の中で、「ああ、この子は大公領から流れついたな」と感じていたのです。(それを、あえてセリフにしなかった演出方法を、私は、心から、うまいなぁと思いました。)
地域によって食文化がちがい、言葉づかいもちがう。「霧の民(アーリョ)」もいれば、「大公領民(ワジャク)」も「真王領民(ホロン)」もいる。さらに、地域ごとに、さまざまな文化の違いがある。……エリンが住んでいる世界は、そういう世界なのです。
ユーヤンは、そういう「地域の文化」を軽々と背負って現れてくれたのでした。

上橋菜穂子

投稿時間:18:50 | カテゴリ:獣の奏者エリン | 固定リンク  | トラックバック(0)
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