DATE: 2009年09月12日 (土)

『エリン こぼれ話--原作者のアニメ監修日誌--』(1)


ご挨拶

こんにちは。『獣の奏者エリン』の原作者の上橋です。
こんなスペースをいただいたので、番組の中では、なかなかお伝えするのがむずかしい「エリンの世界」の裏側のお話を、ぽちぽちと書かせていただこうと思います。
楽しんでいただければ、うれしいです。

第一回 王獣たちの話

全50話の『獣の奏者エリン』も、とうとう35話まで来てしまいました。
はじめて登場したときは、あどけない幼獣(身体はデカイけど)だったリランも、とうとう旦那さんと出会うことができました。
この後、物語は、リランがゆるやかに助走しながら、やがて、一気に羽ばたいて舞い上がるように、少しずつ速度を上げていき、急展開へと向かっていきます。
そこで、「こぼれ話」の第一回目は、この物語にとって、とてもとても大切な生き物である「王獣」について、ちょっと書いてみようと思います。

王獣が、あの姿になったわけ

13話「王獣の谷」で、白銀に輝く王獣の姿がはじめて画面に登場したとき、さあっと鳥肌が立ちました。
もう、ほんとうに声を失くして画面に見入り、見終わったあと、テレビに向かって頭を下げていました。--王獣に、見事に命を与えてくれた監督はじめアニメのスタッフに、ありがとうございました、と思いながら。
私が描いたイメージ・ラフを監督たちにお渡しし、そこからスタッフが「アニメで活きる姿」に仕上げた「王獣三面図」はずいぶん前に頂いていました が、白銀に輝きながら天を滑空し、月下に立つ、畏しき異形のカミのような王獣の姿は、私の予想をはるかに超えた力を発していたからです。

王獣は、狼とワシが一体になったような姿をしていますから、きっと、「え? なにこの姿?」と思った方もおられたことでしょう。
いっそのこと、グリフィンや聖マルコの象徴である翼が生えたライオンのように、四足で翼が生えた生き物として描いていたら、「ファンタジーや神話でよく見る姿の聖獣」ですから、違和感もなかったかもしれません。
でも、私には、蜂のような昆虫ではない獣の姿で、四本足(あるいは手足)があって、翼があるような生き物は、どうしても書くことができなかったので す。--羽ばたいて舞い上がる力をうみだせる強い胸筋をもつ姿を想像したとき、グリフィンや有翼のライオンでは、その「羽ばたきを生み出す筋肉のつきか た」がイメージできなかったからです。
私の中に王獣が生まれたとき、王獣はすでにあの姿をしており、ほかの姿は想像もできませんでした。
私の心の中から生まれた獣を、生まれてきたその姿のままに描いてもらえた--原作者として、これほどありがたいことはあません。
とはいえ、私たちの世界では目にすることのない生き物の姿ですから、動かすのは、まさに「動画の挑戦」(笑)。大変な作業だろうなぁと申しわけなく思っていたりします。

『獣の奏者』のアニメ化の話が舞い込んだとき、いくつか「これだけは、絶対に描いてくださいね」とお願いしたことがあるのですが、そのひとつが、
王獣リランの交合(=交尾)のシーンをちゃんと描いてください、ということでした。

奪われる命、消えていく命、そして、結ばれ、生まれてくる命......生命を巡る、様々なドラマが、この物語の大切な「核」のひとつですから。

35話を観ていただければ、監督たちもNHKさんも、その思いに、真直ぐに応えてくださったことを感じていただけると思います。まったくもって、エリンのスタッフはみなさん、最高っす!!

ちなみに、原作ではリランの交合兆候の体毛の変化は胸元の体毛の色のみなのですが、最初に「リランの設定」(これが、三段変化の絵でした)が送られてきたときは、最終形が「リランちゃん全身ピンク」(!)だったのには、大変驚きました。爆笑しつつ、うろたえた私に、スタッフの皆さんは、細かい説明をしてくだ さって、絶対大丈夫だからと保証してくださいましたが、なるほど映像になってみると、「大丈夫」だったのには感動しました(笑)。

そうそう。王獣の姿のことでは、「ぜったいこうしてくだされ!」とお願いして困らせたことが、もうひとつ。--それは、「もふもふ」にしてください! と、いうことでした。あの太い腿や足は、もちろん筋肉もありますけど、実際は「もふもふ」した毛皮の部分が多いんですヨ。

幼獣献上のこと

リランは、真王ハルミヤの60歳の誕生日に、ダミヤが献上した幼獣です。
勘が鋭い方は、気づいておられたかもしれませんが、「狙われた真王」の回で献上されていた王獣たちは、リランをのぞいて、みな、カザルムにいる王獣 たちと同じような体毛の色--灰色と茶色--でしたよね。あの王獣(成獣)たちは野性の王獣ではなく、放牧場で育った王獣なのです。

リョザ神王国では、真王は、<神々の山脈(アファン・ノア)>の向こうからやってきた、神々の子孫として崇められています。
<真王>は、戦も、血を流すことも嫌う清らかな心をもつ者とされていて、「武力」で人を従わせることを善しとしません。もちろん、他国を侵略したり、征服することも嫌います。
王獣は、その「戦を嫌う<真王>」の象徴ですから、闘蛇のように戦場に駆りだして戦わせるために育てている獣ではないのです。

新しい王族の誕生や、とくに祝うべきとされている年齢を迎える誕生日(たとえば真王ハルミヤの60回目の誕生日)のときなどに、野生の王獣の巣から、まだ幼い王獣を捕まえてきて献上し、その後は、放牧場で大切に育てます。
放牧場で育てられた王獣たちは、真王の権威を示したい式典のときなどに、台車に乗せて連れてこられ、人々のまえに姿を現すことがありますが、深い山奥の峡谷に住む野生の王獣(成獣)は、真王でさえ目にしたことはないのです。
王獣捕獲者たちは、捕獲の技術を代々伝えてきた誇り高い人々で、エクのようなケースは、ごくごく希で、まず野生の王獣が運ばれてくることはありません。
ですから、エリンが、野生の王獣を見たことがある、といったとき、エサルはびっくりしたのでした。
カザルム王獣保護場は、ほかの王獣保護場で育った王獣たちが年老いたときや、病気になったとき、怪我をしたときに運ばれてくる場所で、放牧場育ちの王獣たちが死を迎える場所なのです。

人々がつくってきたシステムの中で、エリンは王獣リランと出会い、様々なことを考えながら歩んできました。

長い歴史のなかで、様々な思惑を秘めて作り上げられてきた「王獣規範」。
絶対に従わねばならない「制度」の仕組みのなかで、エリンがなにを思い、なにを選んで歩んでいくのか......あと15話、見守っていただければ幸せです。

上橋菜穂子

投稿時間:18:50 | カテゴリ:獣の奏者エリン | 固定リンク  | トラックバック(0)
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